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第一章 王国編第二部(中等部)

エピソード168 戦闘祭り 姑息

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「うおぉ! こっちじゃ!」

 自分に注意を向けるように、声をあげて突進するショーンは、盾を構えながら槍を振り回す。
 単調な攻撃で躱されているが、囮役としてはまずまずの成果だった。

「クライヴ、君はそちらの先輩を任せたよ。ぼくはこちらを引き受けよう」

 リアナは木剣を両手で握りしめたまま、ショーンに向かって走っていく。
 するとショーンが木の大盾を地面に突き刺して、離さないようにとその大盾を掴んでいた。
 リアナは一度ショーンに頷き、その盾を足場に大きく飛び上がる。
 凛としたリアナが空を駆ける姿は何とも美しく、予想外のその動きに先輩達は見入っていた。
 
「先輩、そいつに気を取られとるとワシにやられるじゃろうが!」

 その隙を逃さず、大盾を手放したショーンが両手で槍を持ち、一撃、二撃と薙ぎ払う。
 一撃目で先輩は木剣を弾かれて、右斜め前にバランスを崩して手が地面に着くと、二撃目でガラ空きの背中にズシリと打撃が入る。

「ウッ!」
 
 先輩の背中の防具から光が放たれて一人脱落した。

「申し訳ないですが、これで終わりにさせていただきます」

 リアナは着地と同時にしゃがみ込んだ姿勢から跳び上がるように木剣を右から左にかけて切り上げた。

「グワッ!」

 何とかリアナの攻撃を受け止めた先輩は木剣を外側に弾かれて胸がガラ空きになる。
 そのガラ空きの胸にリアナの流れるような左袈裟斬りが直撃する。

「うわぁー!」

 そして防具の胸部が光り出し、二人目が脱落した。

「させるかー!」

「…………クッ」

 この組のリーダーと思われる先輩が木槍でトンマージ君を攻め立てる。
 エルザ様もトンマージ君の助太刀に入ろうとするも先輩の槍捌きに間合いを取れず攻めあぐねていた。
 
「くらえ!」

「…………なっ!」
 
 ピカーーン!

 リアナが二人目を撃破して喜んだのも束の間、右サイドの攻防では先輩の攻撃により、トンマージ君の腕の防具が光った……

「よくもやってくれたわね」

 しかし、思っていたよりもトンマージ君に苦戦した先輩は、エルザ様の攻撃に疲労を隠せない。
 エルザ様が木剣の間合いに入り込んで繰り出す攻撃に、先輩はなんとか防御している様子だった。

 だがエルザ様の大振りな横切りを躱されて形勢が逆転した……

「よし! こちらの番だ!」

 先輩は斜め方向の薙ぎ払いを繰り出し、何とか防ぐエルザ様。

「「エルザ!」」

 ショーンとリアナがエルザの元に駆け寄ろうとするが、それを制したのはエルザ様だった。

「大丈夫よ! 私だってやれるわ」

 次に放った先輩の振り下ろしの攻撃を防いだエルザ様だが、腹部がガラ空きだった。
 そこに先輩が身体を駒のように回転させた横切りが加速して襲ってくる。

 しかし、エルザ様は上半身を後方に仰反ってギリギリの所で躱す…………と同時にバク転をしながら槍を蹴り上げる。

「なっ!」

 横切りを放つ先輩の攻撃に見事にピンポイントで合わせたカウンターにより、槍は大きく空に舞い上がっていた。
 そしてすぐにエルザ様は先輩の懐に駆け寄り腹部に一撃を入れて、三人目が脱落した。

(ちょっ! 三組強過ぎだろ! しかもオレ達の二組もトンマージ君がやられて三人になったし、ショーン達と闘うと負けるかもしれないなぁ。それにジェイミー先輩達もいるし……まぁ先輩達の組がどれだけ人数がいるかによって戦況は変わるけど)

 オレは三組トリオを見てそんな事を考えていると、先輩チームの一番後方にいた魔法使いの先輩がファイヤーボールを唱え、何故かオレに向かって放たれていた。

「「「「クライヴ!」」」」
「クライヴ君!」

 みんながオレに声をかけて心配をしてくれた。
 また、ショーンは盾を持ちオレを守ろうと走り出したが、放たれたファイヤーボールはどんどん加速する。

(これ時速何キロぐらいだ? 百キロは出てるんじゃないか?)

 オレは膝をガクガク震えさせながらファイヤーボールの速度を分析していた。
 
「とりあえず【身体強化】をかけさせてもらいます」

 そう一人呟き、【身体強化】を下半身に部分的にかける。
 イメージはお尻や太ももの付け根から足の裏まで深部に魔法が行き渡るのをイメージする。
 普段は魔力が身体に流れるのをイメージ出来ないが、【身体強化】をかける時だけは筋肉に膜を覆う感覚が感じられる。
 この数年この感覚をトレーニングした事で、こうして部分的に【身体強化】をかける事が上達していった。

(【身体強化】も後少しで十秒の壁を越えれそうだなぁ)

 そしてオレは奥にいる魔法使いの先輩を一旦おいといて、目の前の木剣を持つ先輩に向かっていく。
 フィーネに後は任せて。

「フィーネ! 後方の先輩よろしく!」

「分かったわよ!」

「クライヴ! ボクも忘れないでね。氷の地面アイステール

 モーガンの魔法により、魔法使いの先輩は転びそうになりバランスを崩す。
 その無防備な状態な先輩の腕と胸と腹部に木の矢が当たる。

「うわー!」

 ピカーン!

 四人目が脱落し、残すところ後一人。

 オレは目の前の先輩に居合い切りのような要領で片手で左から右に左胴斬りを放った。
 先輩は、オレが間合いに入り込むスピードに驚きながらも何とか木剣を右腹部の近くで垂直に構えて左胴斬りを防いだ。

「そう簡単にはいかない……ですよね」

「クソー! みんなやられたがお前だけでも道連れだ!」

 オレは【身体強化】を解除して先輩と鍔迫り合いを行う。
 
(あっ多分【身体強化】を解除するタイミング間違えた。すんごい脚がプルプルする……)

 ゆくゆくの事を考えて【身体強化】を解除して温存したオレだが、僅かだが疲労が出ていたようだ……
 お陰で鍔迫り合いでは先輩に分があった。
 オレは鍔迫り合いから後方に弾き飛ばされ、その隙を先輩は見逃さなかった。
 先輩は一歩踏み込み袈裟斬りを放つ。
 オレは何とか防いだが片膝をつく体勢となった。
 
「アンタ! 何やってんのよ!」

「痛ぇ!」

 ピカーン

 まさかのフィーネの援護射撃で先輩の腕の防具が光り出して、オレが活躍する事なく呆気ない幕切となった……

(すいませんフィーネに後方の先輩は任せた! とかカッコつけて…………情けなくて本当にすみません。ありがとうございますフィーネさん……)

 オレは心の中でフィーネに最大限の感謝をしたが、そんな事は口には出せない。

「フィーネ助かったよ」

 オレが笑顔でフィーネにそう言うと、フィーネさんのツンの芽が出てきた。

「はぁー? アンタ本当に手がかかるんだから! アタシが助けないとやられていたわよ! 何であんな先輩にアンタが負けるのよ…………心配だ……たん…………からね」

 最後の方が聞こえないが、途中からほんのりと顔が赤くなるフィーネさんを見て大体お察しがついた。

「アンタ何ニヤニヤしてんのよ! その顔がムカつくわ! こっち見ないで!」

 相変わらずのフィーネ節が炸裂した…………


 そんな事がありながらもオレ達は無事先輩達に勝利して、ショーン達と今後について話し合う事となった。

「クライヴ情けねぇがぁ。ワシも守れんかったけぇなんとも言えんが、男としてそれじゃおえまーいけないだろう

「まぁまぁクライヴは、まだ本気じゃないという事だよ。ぼく達との闘いに向けて力を温存しているという事だよね」

 戦闘祭りにお似合いな二人が熱い熱量でオレに話しかける。

「そんな事よりもボク達の今後について話し合わないかい?」

「そうよ。私達三組もサッソ君がいなくなって……なんかモースト君のところに行くと言ってたし…………何か起こさないか心配なのよ」

 エルザ様は指を顎に触れて首を傾げていた。

「ちょっと待って! 足音が聞こえたわ!」

 フィーネセンサーに誰かが引っかかったようだ。
 そして次の瞬間、オレ達の足元に何かが飛んでくる。
 
 シューー

 それは丸い球体でなにか白い煙を吐いていた。

「クックック……油断は禁物だよ……」

 そこには、赤髪のソフトモヒカンに両腕にタトゥーだらけの血のような赤い目の男性が、クスリでもやっているかのような挙動不審な様子でオレ達を見ていた。

「ヘクター君!」

 エルザ様がそう呼ぶと、ヘクターと呼ばれた人物は身体を震わせながら狂気に満ちた目でオレを睨みつける。

「平民のくせにあの方に近づくヤツは殺してやる……」

(おーい! 物騒だぞ! 戦闘祭りだろ? これは学祭のイベントだろ? ヤバいよあの人!)

 そして数秒時間が経過して徐々に身体が重たくなってきた……というか痺れて身体の感覚がおかしくなり、力が入らない!

「フフフフフフフ…………そろそろ毒が回ってきたかな? ただの痺れ薬だよ……偽ブタが動けなくなるくらいのね……クックック」

「ナイスだよヘクター君。卑しい平民どもに天罰を与えないとね。慈悲深き私が神の代わりに成敗してくれよう」

「おっしゃる通りですモースト様!」

 その場に現れたのは、モーストとサッソだった。
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