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第一章 王国編第二部(中等部)

エピソード142 刹那よりも

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 まさかの新たに現れたオオトカゲにより、前衛と後衛の距離が離れてしまい陣形が乱れた。
 そこをつくようにオオトカゲはサイドアタックを仕掛けてきた。
 まるでリーゼントカゲの指示で頃合いを見て出現したように……
オオトカゲは近くにいるオレには目もくれずフィーネに向かって一直線に走り出している。
 このままではフィーネが……

「モーガン! フィーネを!」
 
「【氷の地面アイステール】! そこだ!」

 モーガンの魔法によりフィーネを狙っていたオオトカゲは盛大に転倒し後頭部を強打して軽い気絶を起こしていた。
 その隙にフィーネがオオトカゲの顔に矢を放ち、モーガンが細剣を抜き、オオトカゲの腹部を深く突き刺した。

「ギョェェー!」

 オオトカゲの断末魔とともにピクリとも動かなくなったが、まさかの伏兵にオレ達の疲労は大きかった。

「モーガンいけそうか?」

「はぁはぁ、魔法はちょっと無理かな……クライヴ達は?」

 モーガンは大粒の汗を拭い息を切らしながら言った。

(オレもダメージはそこそこ残っている……後はリアナ達か)

「オレは背中が痛くて息がし辛い程度だよ。リアナ達は?」

 オレがリアナ達に聞くとリアナとショーンは平気そうに答えていた。

「ぼくは殆どダメージはないよ師匠から教わった受身のおかげでね」

「ワシも大丈夫じゃけど…………槍が臭え」

 ショーンは違う意味でダメージを負っていた……

(うん、オレとモーガン以外大丈夫そうだなぁ)

「モーガン、その……後は魔法無しってことだよな」

 オレの【クロノス】頼りじゃ無いかと、恐る恐るモーガンに聞いてみると……

「うん、そうだね。後はクライヴの力だけが頼りだね」

(ですよね)

 真顔のモーガンに嫌とは言えなかった…………

「さあ陣形を整えようか。微弱ながらボクも手伝わせてもらうよ」

 そう言うとモーガンは前衛の真ん中にいるショーンの近くに移動した。
 オレが左で、リアナが右 そして後ろにフィーネの布陣となった。
 モーガンなりの考えだろう。相手のリーゼントカゲは左目を怪我したので左側が見えにくく、そこにチームのエースのリアナを置く。
 しかしそれは罠で最終的にオレで決めろという事だろう……

(荷が重い……)

 そしてフィーネがリーゼントカゲの顔に矢を放つのを合図にオレ達は全員同時に動き出した!
 まずは中央のモーガンとショーンにより、リーゼントカゲの間合いギリギリから槍や細剣で挑発するもリーゼントカゲは反応を示さない……

(見た目以上に頭の良いヤツだ……)

 モーガンがリスクを背負ってリーゼントカゲの間合いに入り、いつでも避けれるように細剣を構える!

(ちょっ! 無茶しやがって!)

 オレは急いで、フィーネに合図して、皮袋にしまってあるスイカ……じゃなくてハントチェンジを投げてもらった。
 そして後方から飛んでくるハントチェンジを凝視して、その球体の茶色の面がオレ側に近づいた時!
 オレはモーガンの少し前にの辺りを目掛けてハントチェンジを蹴った。
 すると地面に触れた瞬間モーガンを守るように半円で長さは八メートル、高さは四メートルの頑丈な土壁が出ていた。

「へ?」
「な、なんじゃこりゃ?」
「フッハッハ! クライヴにはまた驚かされたよ」

 モーガンの気の抜けた声とショーン達の驚く声が木霊する。
 リーゼントカゲも既にモーガンへ前足の爪を振り下ろしている最中だが、突如現れた巨大な土壁に弾かれていた。

(思ったよりも頑丈だなぁ)

 オレはどこか他人事のように冷静に分析していたが、リーゼントカゲは突如現れた土壁に動揺していた。
 オレは分析に注意を向けていたので、この絶好の機会に飛び出すタイミングを失った……

 そしてそんなオレの代わりにリアナが隙を突きリーゼントカゲの左脇腹目指して片手で細剣を握りしめて走っていた。
 完全にリーゼントカゲの死角をつくリアナの好判断だ!

 しかし!
  ニヤッ!

 リーゼントカゲは一瞬だけ不敵な笑みを浮かべた事にショーンが気づき、ショーンはリアナに向かって走り出して叫んだ!

「リアナ罠じゃ! そいつ笑うとるんじゃ!」

 その言葉を聞き、オレもリアナの方へ走っていくがここから【クロノス】と【身体強化】をしても間に合うかどうかだ。

 リーゼントカゲは身体をぐるりと左側に捻り、土壁により弾かれた右足の爪を思いっきり斜めに振り下ろした。
 既の所で細剣で受け止めたリアナだが、リーゼントカゲの力の前にピキピキと細剣は音を立てている!

 パキン!

 完全にリアナの細剣が砕かれて、その爪がリアナの身体を捉えようとしていたその時!

「うぉりゃぁぁ!」

 ショーンが真横からリアナを抱きしめるようにタックルして、何とか二人は攻撃を避けることができた。

「大丈夫かリアナ!」

「あ……ああ」

 ショーンはリアナの無事を確認しているようだが、二人に怪我がなくオレ達も安堵した。

「ギリギリのところじゃったのリアナ。どうしたんじゃリアナ? どこか痛むのか?」

 「キャァァ!」

 パチン!

「き、貴様! そそそ、その手をどけないか!」

 何故かビンタされているショーンと真っ赤な顔のリアナ…………ショーンの両手はがっしりとリアナの女性の膨らみの部分を掴んでいた。

「な、わざとじゃねぇわ! それに鎧じゃからセーフじゃろが!」

「そう言う問題では無い!」

 パシン!

 ショーンの余計な一言でもう一つ乾いた音が響いた…………

(ショーン良かったな! ラッキースケベ!)

 絶対にこのタイミングで発動して欲しくないラッキースケベだったが、何故かオレは不遇なショーンを祝福せずにはいられなかった為、オレは心の中でショーンを祝福した……

「クライヴこっちの世界に戻ってきて! ボク達とフィーネでいけそうかな?」

 そんな邪な事を考えていたオレだったがモーガンの言葉で現実に帰ってきた。
 そしてモーガンに覚悟を決めて返事する。

「怖いし、モーガンを危険に晒すけど、モーガンがリアナの代わりに注意を惹きつけてくれたら何とかなりそうかな、お腹が見えれば後は任せてくれ」

「リアナの代わりって……難しい注文だね」

 モーガンはやれやれと言いたそうな表情をしてリーゼントカゲの間合いのギリギリまで詰め寄った。

 リーゼントカゲの間合いに入りると今までにはない攻撃の尻尾での薙ぎ払いをしてくる!
 モーガンは冷静にバックステップで避ける!
 そしてリーゼントカゲが前を向くまでの僅かな隙を狙い、モーガンが細剣を持ち走り出す!
 リーゼントカゲが前を向いた時には既に眼前にモーガンが飛んでいた!

「くらえ!」

 リーゼントカゲの顔目掛けて放った突きは…………リーゼントカゲの驚異的なスピードで左頬に擦り傷程度しか負わす事で精一杯だったが、身体を起こしてモーガンを掴もうとしている!

「クライヴ任せたよ」

 そしてモーガンは自分の身の危険も心配せず、ニヤリと笑い一言呟く。

「モーガン! 後は任せろ! 【クロノス】」

そこはオレだけが動く事を許された百分の一秒の緩やかな刻の世界。
 この限られた刻の世界もオレの成長により三秒間保つ事が可能になっていた。
 更にオレは【身体強化】を追加でかけ、モーガンにに注意を向けているリーゼントカゲの腹部目掛けて、大きく十字に斬り、そして追加で奥まで深く突き刺した!
 最後に所定の位置に着く…………

 そして時間がいつものように動き出した。

「ギョエェェァァァァ!」

 断末魔をあげるリーゼントカゲ…………

「えっ? ちょっ? クライヴ?」

 そしてモーガンに驚かれながらも、オレはリーゼントカゲから十五メートル離れた所で、リーゼントカゲの最後を見守っていた…………
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