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第一章 王国編第二部(中等部)

エピソード134 色々考えたけど無理でした

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「ふざけるなよ! この平民が!」

 【身体強化】によって強く握り過ぎたのか、手の跡が付いている男子生徒がオレに向かった言った。

(いやいや……そう言う貴方も貴族ではないでしょ……同じ平民じゃん…………)

「事情がわからないんですけど女性の髪を引っ張るのはどうかと思いますよ」

「なに! 一年生の分際でオレ様に口答えするつもりか!」

 (そうそう! この生徒一年上だった)

 そんな事を考えていると、ますます先輩は顔を真っ赤にした怒り出した。

「初等部の時にジュースをかけても、ずっと涼しい顔しやがって! その顔がムカつくんだよ」

(涼しかったよ! て言うかそんな子どもの悪戯にいちいち怒る程暇じゃないんだよ。ハッピースマイルポテイトンの計画とか色々あったんだよ!)


「はぁ……それはすみません……」

 オレはなんて言えば良いのか分からずとりあえず謝ったのだが、余計に顔が険しくなったような気がする……

「ペップもういい! そこの平民! 何故私の邪魔をするつもりだい。そこの薄汚い平民が私にぶつかり私の華麗な服を汚したのだぞ! 弁償してもらうのは当然ではないのかい? この純金と宝石を散りばめられたシルクフォックスの生地で作られた私の為のオーダーメイドの制服を!」

(シルクフォックス? なんかこの前図鑑で見た希少価値の高い素材ばかりの獣で、中々お目にかかれないヤツ! 確かにそれなら高そうだなぁ。本当に金貨二枚するみたいだなぁ……)

「わ、わ、私は、そ、そんな、モースト様に失礼な事をしてしまいましたが、あ、あまりにも大金過ぎて、両親に頼んでも、とてもじゃあ、ありませんが、お支払いする事が、で、出来ません……な、何か、他の事で償う事はできないでしょうか?」

 クラリネさんは涙を流しながら謝罪をしているが、モーストはその様子を冷めた目で見ていた。

「もう良いよ。後はご両親とお話しさせてもらうよ。貴方の娘は貴族である私の服を汚して弁償もしないってね」

「そ、そんな……………………」

 クラリネさんは表情を失い、真っ青な顔をして項垂れていた…………

(目立っちゃいけないし、貴族からの仕返しも怖いし、そもそもマクウィリアズ王国の貴族と関わるのは極力控えたい! でも、そんなことより! コイツらが、権力を縦にしてクラリネさんを泣かしやがって!)

 危険だと分かっているが理屈ではなく身体が先に動いた。

――カラン――

「ほらモースト君。金貨二枚だよ。これで足りるよね。これだけ貯めるのを親の脛をかじらずにやってごらん。貴族子息ではなく十二歳の少年として貯めてごらん。出来ないよね君には。モースト君はそんな事をクラリネさんに言っているんだよ」

 オレはコツコツ貯めていた金貨二枚をモーストの足元へ投げて、優しくも強い口調でモーストに言い放った。
 モーストは悔しそうな顔をして歯を食いしばって睨んできた。
 そして取り巻きのペップとカーンがオレを睨みつけて罵声を放った。

「てめぇ! モースト様にそんな口聞いてただじゃおかねぇぞ!」

「モースト様! オレはアイツと同じクラスなんでモースト様に歯向かうとどうなるかをしっかり分からせときます!」

 するとモーストが二人を制して、髪をかき上げながら不敵な笑みを浮かべてオレに話しかけた。

「済まないね。私も彼らも取り乱したようでお恥ずかしい。確かに金貨二枚受け取ったよ。これで私も特に文句を言う事もないよ。クライヴ君に感謝しないとね」

 そう言ってモーストはその場を去った。
 後を追うようにカーンとペップもついて行った……

(定番の悪役アンド雑魚キャラだな……いや、そもそも貴族の子は平民に対してあんなものかもしれないな……)

「ク……クライヴ君…………ごめんなさい!」

 騒動が終わったと思って安堵していたらクラリネさんは真っ青な顔のまま取り返しがつかないと言いたげな表情をしていた。

「モ、モ、モースト様は伯爵家の御子息だから、クライヴ君に迷惑どころじゃないぐらい凄く迷惑をかけてしまって……本当にごめんなさい!」

 震えながら謝るクラリネさんを見て、オレは大丈夫だとアピールした。

「これで標的はクラリネさんからオレに移ったわけでしょ。オレなら色々と大丈夫だからポテト屋だけでなくて一応初級冒険者だから自分の身ぐらい多少は守れるから」

「……ありがとう……」

 クラリネさんは少しだけ表情が緩んで、何とか混乱している思考を活用して短く感謝の言葉を伝えてくれた。

(それだけで充分だよ)

 その後廊下で見て見ぬ振りをしていたギャラリー達がオレとモースト達のやり取りを終えて盛り上がりだした。

「何あの子。イケメン過ぎ!」

「見ていて気持ち良かった! 貴族に一泡吹かせてやったぜ!」

「卑怯よね。女の子にひどい事する人って最低!」

(…………オレから言わせてもらうと傍観者も加害者に加担していると思われるよ…………何で先輩方は止めに入らない! 学院は平民も貴族も平等ではないのか!)

 オレはそんなギャラリー達の雑音に反応せずクラリネさんに手を差し伸べた。
 クラリネさんはオレの手を取り立ち上がり、少し照れくさそうな表情でお辞儀をした。

「クーラーイーヴ! 何クラリネを泣かせてんのよ! アンタ人として恥ずかしくないの?」

 全く一部始終も知らないツンさんフィーネが突然現れた。
 今にもオレを殴りかかりそうな雰囲気だが、そこは何とかクラリネさんが事情を説明して事なきを得た…………
 オレは誤解が解けた事に胸を撫で下ろして、ふっと廊下の奥を見ると、そこには少しだけ口角が上がって微笑んでいるであろうアリア様と一瞬目が合い、そしてアリア様はウィンディー王女とともに奥に消えていった…………

(もしかしてフィーネを呼んだのって…………気のせいだよな? と言うかアリア様のあの微笑みは何だったんだ? 貴族に喧嘩を売って後悔しているオレへの憐れみか?)

 そして予想通りと言うか、多分十中八九は裏でモーストが絡んでいるであろうカーン達の数々な嫌がらせ……いや脅迫に近い……
 そんな事件に悩まされ、精神年齢が高くても正直なところ堪える日々が続くとは、この時のオレは全く知る由もなかった…………
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