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第一章 王国編第一部(初等部)

エピソード119 秋過ぎて冬、そして再会

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「う~~~ん…………」

「クライヴ、授業中だよ? 眉間に皺寄せてどうしたの?」

 隣に座っているモーガンが心配そうにオレに声をかけた。

 そう、ただ今授業の真っ最中!
 ここ数日は初等部卒業後に最低限の知識が身につくようにと読み書きと計算重視の授業となっている。
 要はオレにとっては真面目に授業を受けているが、どうしても頭の中ではハッピースマイルポテイトンの経営について考え込み、そちらに時間を費やしてしまう。

 もちろん頭を悩ますには理由がある。
 先日の早めにフライドポテトが完売したので、店を閉めた後にみんなにレモネードを試飲してもら
う事となり、一応説明でエールビールでは無い事だけを伝えた。
 試飲後にみんなからの反応が返ってこなかったので、オレは恐る恐る感想を聞くと……

「何じゃこれ? 甘さと爽やかさが凄えのぉ! レモンと蜂蜜の近代革命じゃ!」

 ショーンがどこぞの評論家の様になってしまいポンコツ化してしまった。具体的な感想を聞きたかったんだけど…………

「何と言う事だい……クッ! ぼくの負けだクライヴ! 完敗だよ。もうぼくにはレモンと蜂蜜を語る事はないだろう…………」

 リアナもどうしたのかポンコツ化してしまった。もしかしたら騎士あるあるなのか? 
 と言うか今までレモンと蜂蜜を語るリアナを見た事ないんだが…………

「ふふ~ん。やっぱり美味しいわ。 アンタにしては上出来よ!」

 通常運行のいつもの上からフィーネさんは飲んだことあるので、知ったかぶりとドヤ顔が半端なかった…………

「なるほど……レモンと蜂蜜かぁ、酸味を甘さで和らげてレモンの香りが残る様にしていてよく考えられているね。それにその魔道具による不思議な水を入れる事でシュワシュワとエールに似ているが酔わない。尚且つ身体に無害な飲料なんだね。どのような原理なのかさっぱり分からないけど、クライヴの才能にはいつも驚かされるよ」

 良かった……モーガンは少し驚いているが、考え込む様にしながら感想を述べてくれた。

「これって売れるかな? お店のコップと言うかショッパーニ商会のコップ専用の飲料として売り、他のドリンクの倍の値段でコップ一杯銅貨二枚。ちなみに商品名はレモネードとかどうかな?」

「「「「絶対売れる!」」」」

 珍しいと言うか見た事も飲んだ事も無いので、三十杯分の樽で足りるのかとみんなから心配されたが、いきなりのレモンと蜂蜜の大量注文はショッパーニ商会が追いつかない。
 ゆくゆく売れ行きを見ながら増やせば良いだろう。
 後は人手問題……そちらは二週間前に手を打ったので、この週末には来るだろう。

 不安と期待を胸に抱きながら授業を聞いていた。

「あぁ……今日はクライヴ様が憂を帯びた目をしていますわぁ。どうしましょうこの胸のトキメキを」

「モーガン様が心配してらっしゃるのね。もうそれだけで今日一日頑張れる様な気がするわ」

「あの二人から後光がさして眩し過ぎるわ。もう私は目を開けてられないわ」

 うん……毎度の事ながら女子三人衆カオスはいつも通り元気だった……

 そして週末の金曜日。
 授業が終わりすぐに下校をしたオレは、何故かフィーネに捕まってしまい一緒に王都の入り口で人を待っていた……と言うかフィーネがどうしてもと付いて来た。
 待つ事一時間半……夕方になろうと建物が赤く染まり始めた頃、南の方角から乗り合いの馬車がやってきた。

「ハァ……もう疲れた……クライヴ早くしてよ」

(何をどう早くすればいいのだろう)

 フィーネの意味不明な発言は置いといて、確かに長い時間待っていたのでさすがに疲れていた。

 「とりあえず再会後はカフェで休もう」

 オレはそんな事をフィーネと喋りながら馬車の方へ歩いて行った。
 そして扉に近づき降りてくる人を一人一人確認していた。
 そしてついに!

「ヘイ! ヨー! 長旅の世界! で再び再会! 扉には健気に待つブラザー! 隣には儚げに咲くフラワー! この想いは誰の者でもないのさオレは! この王都ではまだ何者でも無いのがオレだ! だがよく考えてみなブラザー! 鶏は死ぬと募金の羽残す! では人は何を残す? そう名を残す! イェイ、カモン!」

………………違う……これじゃ無い…………

 いつの間にか神父野郎は。かなりダボダボな神父平服キャソックに改良されていた。
 もう一度言おう! オレが待っていたのはこれじゃ無い!
 凄く白い歯をキラキラさせて満面な笑顔でハグしてくるが……これじゃ無い!
 隣のフィーネはドン引きを超えて、神父野郎に対して近づくなと言いたそうな冷めた目を向けていた。

 そして、最後にやっと降りて来た。

「久しぶりの王都は遠いのぉ。おぉクライヴとお嬢ちゃんか……フィーネちゃんじゃったかの?」

 そう! オレは白髪混じりのオールバックを後ろで結んだ優しい顔つきの初老の男性……ヒューゴを待っていた。
 ヒューゴは左肩にかけていた皮袋を一度下ろして、中身を探してオレに小さな皮袋を手渡した。

「シェリダン子爵様からのクライヴ分のお小遣いじゃよ。まぁ売上の約十分の一ぐらいじゃ」

 オレは中身を確認すると小金貨三枚が入っていた……

(えっ? シェリダン子爵領の収入凄すぎるだろ!)

 今のオレには金貨四枚弱の資金があり、日本円にして四百万円近く……平民の十一歳の子どもが持つにはあり得ない額だ……
 それにハッピースマイルポテイトンの利益で一人当たり毎月小金貨一枚……これからレモネードを販売するともっと伸びるはずだ。そして冒険者協会の依頼による副収入…………このまま問題なければ余裕で来年で高等部までの入学金を達成できる。
 そこで人手不足解消の為にヒューゴを雇う事にした。勿論それだけでは無く、ランパード辺境伯様やサンダース辺境伯様が王都の屋敷に来られた際に色々と情報共有をしてもらう為だ。
 住む家についてはショッパーニさんに相談済みで、店舗近くの小さな平屋の空き物件を、日頃お世話になっていると言われて無料で購入して貰った。
 最初は遠慮したが、ショッパーニさんの真剣な表情で押し切られた。

「私はクライヴ殿との出会いに感謝しており、クライヴ殿の未来に投資したいのです」

 さすが商売人だ……これからもショッパーニ商会とは長い付き合いになるだろう。

 ヒューゴが問題なく王都で住める段取りをしてからヒューゴを呼んだはずだが、余計な者が付いてきた。

「ヘイヘイヘイ! シャレオツなこの店! 王都のブラザーのショップ! 唐突なこのオレ! 一人王都をぶらつきショック! イェイ、イェイ、ヨー! カモンヒア!」

 神父野郎はガン無視で置き去りにして、オレ達はヒューゴに王都を案内した。

「イェイ、イェイ、ブラザー! その衝動的な決断、行動にこのオレも驚くブラザーの世界観! だが賞賛も決して賛同もあれど、この世界には正解や不正解は無いさ! イェイ!」

 何か言っている神父野郎の声が徐々に遠く離れていき、オレ達はカフェで休憩がてらに住居の事や仕事の話等をする事にした。
 
「クライヴ。学院はどうじゃ。真面目にしているのか?」

「クライヴ君は真面目ですよ。学業だけでなく、お店の経営や冒険者としても頑張っているんですよ」
 
 何故かフィーネが得意げな顔をして答えて、そんなフィーネをヒューゴは微笑ましく見ていた。

「クライヴ。冒険者と言ったかのぉ。それは討伐依頼は引き受けているのか?」

「そうなんです。この前なんかクライヴ君がミッタールマウスの毒で大変だったんです」

 何故かフィーネが嬉しそうに答える。
 しかし、【毒】と【大変だった】という二つのワードがヒューゴには引っかかってしまった。

「まだまだ修行が足りん様じゃのう! お店で働かない日はわしの所に来なさい! 鍛え直してやるわい!」

 フィーネの余計な一言で憂鬱になりつつも、オレ達はハッピースマイルポテイトンに行き、店舗内外を説明していた。
 そしてショパンさんにお願いした十七時過ぎにみんなが集まったので、オレはヒューゴを紹介した。
 一応ヒューゴには警備兼ホール担当をしてもらう事にして、もう一人のホール担当はモーガンにしてもらい、厨房はいつものオレとショーン、会計はショパンさんにお願いして、会計と厨房の補助でリアナに入ってもらう。
 フィーネは庭担当とホールの補助をしてもらう事を決めた。
 そして明日の第二土曜日の営業に向けてオレ達は準備を進めた。
 
 そして、朝九時……お決まりの様にあの方馬車が停まってフライドポテトを八十個のテイクアウトの大量注文が入った。オレとショーンはリアナに補助に入ってもらいフライドポテトをひたすら揚げた…………八十個を無事に作り上げて、オレとショーンとリアナは親指を突き立ててグーサインをした。
 うれしい悲鳴だが、この苦しみをアリア様と護衛一同は知らないだろう……この後はクールな顔でいつものテラス席でフライドポテトを食べるのだろう…………

「ふぇぇー!」

(何か可愛い小動物の声が聞こえたぞ…………)

「アリア様、どうされましたかそのような声をあげて!」

 オレは少しだけ厨房から顔を出して、アリア様を見ると何度もレモネードの樽を見ていた。
  どうやらアリア様は物珍しさからなのか興味を持っているようだ。
 そしてショパンさんがアリア様に商品説明を行なった。

「こちらはレモネードと言う飲み物でして、シュワシュワとした不思議な飲み心地とレモンの香」

「えっ! レモネード!」

 アリア様はショパンさんの説明を遮るように驚いて大きな声が出ていた。

「アリア様。あまり目立ち過ぎるのはどうかと思いますので、ここは我々が対応いたします。さぁテラス席へどうぞ」

 護衛の方も余裕のない様子でアリア様を誘導していた。

 そしてアリア様はテラス席でレモネードをひと口飲み、ご満悦な表情を浮かべていた。

(意外と新しい物好き? それとも炭酸飲料の刺激にハマった?)
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