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第一章 王国編第一部(初等部)

エピソード? アリアサイド4 十一歳の夏の終わりの真実?

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「クライヴ君、フィーネ入ってもいいかしら?」

 一瞬の沈黙の後、クライヴ君が部屋に入って良いと返事をした。

(何でフィーネを連れてきたのよ……クライヴ君だけならイーサン皇子の事でフォローしに来たので話を合わせて欲しいとお願いできるのに…………フィーネがいると流石にそれはマズイわ)

 私の頭の中はクライヴ君達への注意と、クライヴ君とイーサン皇子の関係性を隠しながらお父様とアランお兄様への言い訳を考えていた。
 ある程度は考えが纏まっているので後はクライヴ君の出方次第ね。

「それでは失礼しまッ! ……しますわ」

(えっ!)

 まさかこんな所で出会えるとは……私は二度見したが間違いはない!

(ベレッタ……イタリアンデザインならではの流麗なフォルム……それに射撃中にスライドが破断して射手が怪我しないように改良されたモデルね)

 私が珍しく固まった表情をしていたので、フィーネが心配して声をかけてくれた。

「アリア? とても急いで来てくれたけど大丈夫?」

「えぇ、フィーネありがとう。そ、それよりも変わったお部屋ですね? 見たことない装飾品が沢山ありますので……」

(何故なの? この世界にハンドガンがあるの? しかも保存状態も良いベレッタが…………クライヴ君は何者? どこで手に入れたの? 魔法が使えない帝国だから銃器製造に辿り着いた? いやそれならベレッタがあるはずがないわ……もっと原始的な物のはずだわ…………)

 私は高揚する気持ちを抑えてクライヴ君と話をするも、どうしても意識がある一点に向いてしまう。  
 いつもの私らしくない言葉が詰まったり、心ここに在らずという心境になっていた…………

(とりあえず、どうやってクライヴ君が手に入れたのか聞いてみないと!)

「クライヴ君、あのベレッ……置物は一体どういった物なのですか? 私初めて見る物ですので……」

 私の質問に対してクライヴ君は少し困ったように説明をしてくれた。

「あぁ、そうなんですよアリア様。僕も初めて見たのでつい購入しちゃいました。見ての通りこの部屋は僕の趣味の部屋と言うか……みんなからはクライヴの感性は分からないって言われるんですよ。絵画のセンスの無さ、変な物ばかり集める等、散々な言われ様です……」
 
(初めて見たから買った…………アレがどんな物かを知らない? という事かしら、しかしそれならどうして嫌な質問をされたと言いたそうな苦い表情をしているのかしら…………)

「もし、もしもの話ですよ! 私がこの装飾品の中で気に入った物があったとしたら、クライヴ君は私に売ってくれますか?」

(これで譲ってくれるようならベレッタがどんな物かわかっていない…………譲らないならハンドガンの存在を知っていると言う事ね! 私がこの世界でずっと探していても見つからなかった銃器を……)

 クライヴ君は少し考え込んだ後、真面目な顔で私に質問した。

「アリア様……それはフィーネの友達のアリア様としてのお願いでしょうか? それとも侯爵家令嬢としてのお願いでしょうか? 後者なら従うしかありませんが、前者なら自分が気に入って購入したコレクション達なので……素直にどうぞとは言えないです」

(あっ…………権力を振りかざしてとかではないの……ただ今の私に必要な物で、また危険な物でもあるから私が持っていた方が安全だと思ったの…………)

 私は知らず知らずの内に自分の欲望の為にクライヴ君を脅していた事に気づき、私が一番嫌な権力を振りかざす事をしてしまったと後悔した。
 そしてクライヴ君に頭を下げて謝った。

「すみません、そんなつもりじゃなくて…………
 皆さんが屋根から落ちるのでは思って、身体が無意識に動いていました。
 フィーネが屋根から落ちると思い気が動転していて、そしたら目の前の部屋からクライヴ君とフィーネの足音が聞こえたので……
 少し安心したはずなんですが……それでもやはり色々と困惑しているようです…………」
 
 私は苦しい言い訳をしたが、クライヴ君は勘づかれているようだ。私がベレッタに興味を持っている事を…………

 そんな事に触れずクライヴ君はバルコニーから屋根に上がる事が出来てそこだけ平なスペースを作っていて座れるそうだ。相変わらずこの世界の住人としては最先端と言うか変わり者の発想だ。

 そして私達は不自然な笑みを浮かべながらお互いベレッタについての話題に触れる事はしなかった。
 何というか……狐と狸の化かし合いね……

 クライヴ君との心理戦? に少し神経をすり減らしたいたところでフィーネは私に声をかけてくれた。

「ねぇねぇ、アリアも一緒に花火を見ようよ! 屋根から見ると綺麗だよ」

 すごく嬉しそうに誘ってくれて心が痛むが……侯爵令嬢としての振る舞いが……それにお父様達に余計な心配をかけてしまうわ。

「フィーネ、あの、本当に申し訳ないけど、お父様とアランお兄様を待たせているから、みんなが無事なのが分かったから……帰らないと行けないの……」

 そして私はクライヴ君達に会釈をして馬車に向かった。

(どうしたら………………神様からいただいた私の特殊能力を使う為にはベレッタは必要だわ……でもどうやって)

 馬車に戻るとお父様とアランお兄様に怒られたが、友達が屋根から落ちると勘違いしてとにかく助けないと思い勝手に足が動いていたと説明したが、 次からは気をつけるようにと軽めの説教を受けた…………結局家に帰ってからお母様からかなり怒られる事になった。
 お母様に怒られて思ったのだが、相変わらずお父様は私に優し過ぎるわ。

 そして私の十一歳を迎える年は、この世界に銃器についての情報がないか商人達に聞き込みつつ、毒薬と中和剤の開発を勤しんでいた。
 まさか温室でこんな事をしているとは誰も思っていないだろう…………ここ数年で表面上は温室だが、地下室に行ける隠し扉を内緒で付けてもらい、そこは私専用の実験室になっている。被験者はもちろん私で行っていた。
 こう見えても私は意外と毒等の耐性があった。
前の世界で培った努力のおかげなのかしら……
 ちなみにお父様達には知識を広げる為に様々な植物を育てたいと了承は得ており、お母様にもアロマオイルを定期的に渡しているので疑いを持たれる事なく自由にさせてもらっている。
 
 そして王立学院中等部入学後を見据えて色々なお稽古の先生が厳しくしていく発言があったが…………勉強、裁縫、マナー、ダンス等を先生並み、もしくは先生以上に完璧にこなせるので…………

「私じゃアリア様の講師は務まりません。もっと良い家庭教師の元で学んだ方がよろしいかと思いますす。正直私ではアリア様に教える事が何一つありませんでした」

 これで全てのお稽古の先生が辞めていく事になった。でも私としては、様々な本を読み何とか銃器の手掛かりを得られないか調べたり、毒薬や中和剤を作ったり、剣術の稽古をする時間に費やす事となった。

(貴族令嬢としてどうかと思うが、こっちの方が将来の役に立つと思うから大歓迎だわ)

 そんな日々を過ごして夏が過ぎ去った……
 しかし、銃器に関するかなり古い御伽噺のような資料が見つかった。オカルト的な内容でかなり怪しいが、藁にもすがる思いで読んでみた。
 やはり……ドワーフの技術により、弓矢よりも速い武器が存在していたらしい。著者は稲妻の魔法を矢に込めて放っていたと書いているが…………当たりなのかハズレなのかなんとも言えない。
 ここのところずっと屋敷に篭っていたので、久しぶりに街に行く事にした。
 営業していないと思うけど念のためにハピスマに寄って、その後は武器屋でホルスター作りね。

 私はいつものように馬車に乗り、北通り貴族通りを下っていく、もうすっかり季節は秋を迎えようとしているが、まだまだ暑い日々が続いていた。
 私は馬車内の熱気を追い払うように少し窓を開けた。その時助けを呼ぶ声が聞こえたような気がした……

「すみません! ここで馬車を停めてください!」

 私の突然の言葉に護衛の方達は驚いていた。

「お嬢様? どうされましたか? 何か我々に至らぬ所があったのでしょうか……」

「違うわ! 先程助けを呼ぶ声が聞こえましたので馬車を停めて欲しかったのです!」

「えっ? そのような声は我々には聞こえなかったのですが……鳥の鳴き声と聞き間違えたのではないでしょうか?」

 馬車の外にいた護衛の方達も不思議そうな顔をしている。

「では念の為に、馬車を停めていただき、護衛も三名程ついて来てくれませんか?」

「はぁ…………」

 護衛の方達は侯爵令嬢の気まぐれか悪戯かと思ったのか、頭にクエスチョンマークが付いていそうな返事が返って来た。

「多分、ここのお店から聞こえたような…………少し静かにして下さい! 這いずるような音がして聞こえます! 不審者かもしれませんので皆さん気を引き締めて下さい」

「えっ?」

 多分三名の護衛は【何でそんな事がわかるんですか?】と言いたそうな顔をしていた。
 ………………前の世界から染み付いた癖のようなものです……

 私達は音のする方へゆっくりと近づいた。そして這いずる音はハピスマの庭の方から聞こえていた。
 私はゆっくりと壁から庭のほうへ覗くとそこにはクライヴ君が倒れていた。

「重傷者一名います! 私が駆け寄りますので、すぐに周りに不審者がいないか確認お願いします」

 そう言って私はクライヴ君の元に駆け寄った。
 外傷は無いが明らかに様子のおかしいクライヴ君の息遣い、表情の青白さ、身体の震えがあり、状況はあまり宜しくないようだわ!

「クライヴどうしたの! フィーネ達は!」

 私は仲間達がどこに居るのか聞いたが、クライヴ君の右手の指の色がいつもとは違い黒ずんだ紫色に変色していて、手首の方に色が広がろうとしていた……
 
 (これは毒ね……早くしないと!)

「アリアさ……すみ……せん……身体が…………」

 クライヴ君は何とか言葉を振り絞ろうとしているが、短い言葉で返事ができる質問をしないとクライヴ君の負担になるわ。
 私は急いで自分のドレスのポケットと持ってきているカバンから中和剤の小瓶を数種類取り出しながらもう一度クライヴ君に質問した。

「症状は言える? 思い当たる原因は?」

 症状はかなり進んでいて危険な状態だが、私は表情を変える事なく優しく心配かけないような声かけをした。

「ミッ……タ……マウス」

 クライヴ君の精一杯の返事にすぐに小瓶の中からミッタールマウスに噛まれた時用の少し副作用のキツイ解毒剤を取り出した。

「ミッタールマウスの毒に特化した解毒剤よ。飲める?」

 私がそう言うと、クライヴ君は何とかうなずき震えるように口を開けていたが、僅かに口が開く程度だった。
 私はクライヴ君の背中を支えて少しだけ身体を斜めに傾けるようにして解毒剤を飲ました。

「お嬢様!」

 私が膝枕をして水筒の水を飲ませて、その後も様子を見ている姿から護衛の方達は目を見開いて驚いている。
 淑女としてはあるまじき行為かも知れませんが、今はクライヴ君の治療の為そんな事はどうでも良いの!
 
(やっぱり、副作用が強く出て来たわね)
 
 クライヴ君の様子を見ると、苦悶を浮かべながら吹き出るような汗をかいていた。
 カバンの中からこの前裁縫の講師と一緒に作ったハンカチでクライヴの君の額の汗を拭いた。
 
(もう大丈夫だわ。右手の変色が戻っているわ。
…………こうして見ると天才とか個性的とか言われているクライヴ君だけど今は平民の普通の男の子として生きているのよね……その歳でよくここまで頑張って来れたんだね)
 
 ふと私は母性本能をくすぐられたのかクライヴ君に優しい笑みを浮かべていた。
 クライヴ君も穏やかな表情になり、薬の副作用で徐々に瞼が重くなっているようだわ。

「ミッタールマウスの牙の毒は遅効性なのよ。どうしてここまでほっといたの? 身体の異変は感じていたでしょ。確かにミッタールマウスの毒は飲み込んでも胃で溶けて毒の効力がなくなると言われているけど、噛まれると噛まれた所によっては危険よ。
 噛まれた所より心臓に近い所を圧迫して、身体の中心に毒が流れないようしてから、四十八時間以内に吸い出す必要があるから、次からは気をつけるのよ」

 私はもう大丈夫と判断して、クライヴ君へ心配も込めて説教をしていた。

(多分眠たくて半分ぐらいは記憶しないと思うけど……)

「すみませんが護衛の一人は学生寮の方にクライヴ君の事を伝えてくれませんか? それと迎えを寄越すように伝えて下さい。容態が悪化した時の対応を考えるとしばらくは動けないと思うので私がここに居ます。護衛は二人で大丈夫です」
 
 私は次に行う事を護衛の方達に指示して、フィーネ達が来るまではしばらくはここでクライヴ君の様子を見る事にした。

(もう! フィーネに心配ばかりかけないでよね!)

 事情を知るとフィーネは泣くだろう……そして自分を責めるかも知れない……クライヴ君の前では強気な女の子だが、私の前ではごく普通の女の子だから……

「はぁ……良かった……死な……なくて」

 クライヴ君が眠たそうな声でそう言った。
 私としては解毒剤が間に合わなければどうなっていたことやらと苦笑を浮かべていた。

「ふふっ……もう大丈夫よ。副作用で眠たくなるから起きたらいつもの部屋にいると思うわ」

 私は優しく声をかけるが、クライヴ君はうつらうつらと眠気に襲われて夢の世界に行こうとしたその瞬間!

「あ、りが……とう…………アネッ…………サ」
 
「え?…………どうして…………」
 
 私はクライヴ君の一言で、走馬灯のように八歳の時の誘拐事件の情景や感情が頭の中を流れていた。
 気付けば私の目尻から一粒の雫が頬をつたっていた…………

「なんで…………クライヴ君が知ってるの……それとも私の聞き間違い?」

 今の私では情報量が多くなり正常に考える事が出来ない。むしろ動揺して頭が働かない……
 
(クライヴ君の限りなく黒に近い、帝国皇子疑惑。そして亡命の理由……そして私を見てアネッサと言ったような…………)

 突然私の胸の奥で溢れるような感情が流れて涙が止まらなくなった。
 それを見た護衛の方達はアタフタして調子が優れないのでは、この平民に何か言われたのではと的外れな事を言っていた。
 
(もしこの胸の奥で溢れそうな感情が私が思っている感情なら…………フィーネに何て伝えたら良いのよ……クライヴ君)
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