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第一章 王国編第一部(初等部)

エピソード? リアナサイド 後編その一

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 王立学院分校初等部二年の夏にぼくは念願の初級冒険者になれた。
 ここまでは長い道のりのはずだが……思い出すとあっという間に過ぎていった忙しない毎日のように思える。
 そう言えば……ウィンゲート侯爵家の御子息を助けてから時計の針が早く進んでいるように感じるぐらい様々な出来事を体験した……………………

 オオトカゲを退治して薬草採取の依頼達成報告の為に王都に向かっていた時にオーク達に襲われている貴族の馬車を見つけた。
 クライヴはオークに気づかれて、馬車の救出に向かうと言い、ぼく達に王都に行って助けを呼んでくれと伝言を残した。
 ぼくは怪我をして尚救出に向かうクライヴの背中を見て、本能でクライヴを追って走り出した。
 一瞬クライヴが本当の騎士のように見えた。
 ぼくもクライヴのようになりたい!
 貴族の馬車に居たのはウィンゲート侯爵家の御子息の……名前はたしか…………アラン様だったような気がする。場所の中にはもう一人女性の使用人がいて、アラン様と一緒に怯えていた。
 理由を聞くと護衛はほとんど壊滅状態で、まともに動けるのは一人だけの状態で殺されると諦めていたらしい。
 クライヴはアラン様達にオークに気づかれないように王都に向かうように言って、アラン様達を守る為に護衛の方とともに時間を稼ぐと伝えた。
 そしてぼく達は護衛の方と一緒にオークと闘う事になった。
 
 クライヴは先程のオオトカゲとの闘いで負傷をしている……ここはぼくが頑張らないと!
 幸いにもオークは怪我を負っているようだ!
 ここはぼくが!
 しかし後方からクライヴが呼び止めてられて、ぼくは助けが来るまで時間稼ぎをする事にした……クライヴがオークを倒せるようなら、ぼくが隙を作ると伝えたぼくは……クライヴの方を振り返る事なくオークに向かっていった。
 フフッ……クライヴならオークを倒せるかもしれないな……そんな事をつい考えて表情が緩んでしまう。本当に彼なら……奇跡を起こすかもしれない。

「ここから先は通さない!」

 ぼくは長剣を持ちオークの正面に立ったが、オークは子ども相手に油断しているようだった。
 ぼくは油断しているオークの隙を見逃さずオークの攻撃を避け、オークの死角から鼻を目掛けて全力で突き刺した。

「ブヒイィ!」

 半分ぐらいは刺さっただろう。

「子どもだからって油断は大敵だよ」

「やるな嬢ちゃん!」

 護衛兵の方が思っている以上にぼく達は動けている事に驚いている様子だった。

 そこからオークは怒りに身を任せるように斧や槍を出鱈目に振り回してきた。動作は単調だがリーチの違う武器が素早く振り回される為、迂闊に近づけない……が離れていれば当たる事はない。
 その一瞬の判断が甘かった…………

「リアナ避けろ!」

 クライヴの声と同時に、オークが物凄い速さで斧をぼくに投げてきた!
 クッ! まさか投擲とは! 

 ぼくは急いで長剣で防ごうと構えたが間に合いそうにない…………………………
 その時……大きな金属音が聞こえた。

「お嬢ちゃん大丈夫だぜ」

 護衛兵の方がぼくを盾で守ってくれた……その代償として盾がくの字に曲がって使い物にならなくなっていた……

「ありがとうございます」

「次は油断すんなよ嬢ちゃん」

 かなり状況が悪い……まだ王都からの助けは来ないだろう…………
 アラン様達だけでも無事に逃げれてたら良いが……

 ぼくも現状から少し諦めていたのだろう。
 その時にクライヴが近くに来た。

「リアナ! 一瞬でいいからオークの顔面に一撃を入れたい!」

 えっ? 大怪我をしている君が? 絶対無理な事だが……何故かクライヴならと信じてしまう自分がいて、ぼくは笑いが込み上げて来た。

「フフ、難しい注文だな」

 もう一度クライヴの方を見ると、何故この状況で大怪我のクライヴがオーク相手に勝てると確信した目をしているのだろう。
 
「クライヴ……君に命を託すよ」

 これはぼくの本心の言葉だ。
 この命をクライヴに託して、ぼくはクライヴの為にオークの注意を惹きつけた。
 オークの槍での薙ぎ払いをしゃがみ込んで躱し……
 ぼくはカウンターで起き上がりながらオークの左脚を斬り上げたが、ぼくの力では表面の皮に少し傷が入る程度しか付けれなかった……
 オークは左右の手に槍を持って突きを繰り出してくるが、ぼくは張り詰めた緊張の中で糸が切れないように攻撃を避ける事に集中していた。
 とにかく現状を打破しなければ!
 ぼくはオークの突きが少し大きくなったの逃さず、左目を目掛けて細剣を投げつけた。
 しかしそれもオークが持っていた左手の槍で弾かれた…………がこの一瞬で隙を作る!

 ぼくは勢いを殺すことなくオークに向かって走り出した。
 長剣を握りオークの胸を突き刺す為に!
 オークは右手に持った槍でぼくを横から刺そうとした………………
 だろうね。ぼくが逆の立場でもタイミング的にはベストだと思う。
 でもぼくは本命ではなくてオークを誘い出す役目だから……ぼくが相手をするのはここまでなんだよ。
 ぼくはすぐに立ち止まってオークの注目を集めたまま大きく右後ろに転がった。

「クライヴ!」

 一発勝負でオークも二度目は引っかからないだろう。
 彼ならここで決めるだろう。クライヴなら奇跡を起こすはずだ!

 そして……次の瞬間…………ゴトリとなにか塊が落ちる音がした。
 ぼくは立ち上がり音がした方向を見ると、サーベルを持ったクライヴが立ち、その横にはオークの首が落ちていた。
 まさかオークを倒すとは………………ぼくは興奮のあまりクライヴに抱きついた。
 淑女としてあるまじき行為だが、感情が昂り過ぎて我を忘れてしまった。
 しまった! フィーネに怒られる…………
 
「坊主と嬢ちゃん! やるじゃねぇか! お坊ちゃんを助けた恩人だ! 帰ったら旦那様にすぐ伝えてやるよ!」

 護衛兵の方はそう言ってアラン様が去った方へ走って行った。
 そして救助に駆けつけた人達が王都から向かって来た。
 クライヴに聞くなら今しかない!
 ぼくの感じていた疑問を?

「クライヴ、一つだけ聞いてもいいかな?」

「何だ」

「どう言えば良いのか……クライヴは、その魔法を使えないように見えるのだが……まるで一瞬に消えて……その後、大人でも斬る事が難しい事を簡単にできて……しかしオオトカゲの時には、消えるような事はしていなかったようだが…………
 済まない。ぼくの頭の中で理解ができないんだが、今回ハッキリとクライヴが消えた後に分厚いオークの首が綺麗に斬れていたんだ…………クライヴは何かをしたのではないか?」

 人が消える? クライヴにはおかしな事を言っていると思っているのかもしれない。
 しかしぼくはどうしても何かクライヴの強さに秘密があるのでは? と考えていた……いや先程の闘いで確信していた。
 そしてクライヴは真剣な表情でぼくに教えてくれた。

「オレには魔術や魔法の素質は全く無かったんだが、二つだけ生まれ持った特殊な能力があるんだ……しかしオレの今の身体には負担が大き過ぎるから、命の危険や滅多な事が無い限り使わないようにしているんだ。
 本来はしっかりと身体が成長してから使える能力なんだけど、僅かな間だけ身体を強化する事ができて凄い力や俊敏な動きができるんだ。その負担は酷いけどね……」

「そうだったのか…………通りで消えたように見えたのか……」

 それがクライヴの強さ…………今までの疑問が頭の中でカチリと合わさった。
 まだ身体が成長していないぼくらのような子どもには代償が大きい特殊能力を、仲間達を助ける為に傷ついていたのか…………クライヴの騎士道精神に感服したよ。
 その後みんなが心配して駆けつけてくれた。
 こんなにもぼく達を想ってくれる仲間がいる事が嬉しく思う。この学院に入学して良かった。
 ぼく達の絆がさらに深まった一日だった……………………んだが何でこうなったんだ?
 次の日にウィンゲート侯爵家の印をした封筒が送られ、中を開けてみると一ヵ月後にクライヴのケガが完治する予定だそうでアラン様を助けた感謝の気持ちとクライヴの快気祝いを含めて晩餐会の招待状が届いた………………
 またドレスを着る事になるとは………………
 ぼくはガクリと肩を落として、その日は何も考えず眠る事にした。


………………………………………………………


そして晩餐会まで残り三週間となり、ぼくはフィーネとともに下級貴族が通うお店に来てドレスを試着している。

「リアナ~こんなのはどうかな?」

 そう言ってフィーネが手に持っている身体のラインが分かり、特に胸元が強調されるような大人びたボルドー色のドレスだった。

「ぼ、ぼくのような子どもにはまだまだ早いドレスだと思うよ。それに成人になってもぼくにはそんな刺激的過ぎるドレスは似合わないよ」

 ぼくはやんわりと他のドレスが見たいと言ったのだが、フィーネはぼくの胸を見て「羨ましい」と呟いた…………
 一体何が? 世間一般的にはぼくよりも、フィーネのような綺麗で可愛い女の子の方が羨ましいと思うんだが…………

「その、すまないがフィーネ。ぼくは……ドレスが苦手で…………できればその……女性らしさをアピールするようなドレスは避けたいのだが…………」

 そう言うと、フィーネは背中がザックリと空いたドレスと胸の谷間が少し見える妖艶なドレスを元の場所へ返しに行っていた…………
 良かった。このままだと凄い事になりそうだ。
 そして悩む事二時間。
 ウエストから裾に広がりを見せる青のシンプルなドレスに決めた。

「よし! それじゃあ学生寮に戻ろうか?」

「えっ? リアナちょっと待って! アクセサリーは?」

 フィーネは慌ててぼくを引き止めた。

「ぼくには……お母様からの形見のブルートパーズの宝石をあしらったネックレスがあるんだ。このネックレスにどれだけの価値があるのかはわからないけど……ぼくにとって大切な宝物なんだ」

「リアナ…………」

「そもそもネックレスどころかぼくのドレス姿が似合わないかもしれないけどね」

「そんな事ぜったいない! リアナは自信を持ってよ! すっごくスタイル良いし、身体も細すぎず引き締まっていて綺麗だし、なりよりそんなスタイル良くって更に胸が大きいから羨ましい!」

 えっ? スタイル、胸? フィーネは凄くぼくを褒めてくれるが、言われ慣れていないのでどう反応すれば良いのか困ってしまう。

「……ぁりがとう」

 ぼくは恥ずかくて赤面しながらもフィーネに感謝を述べた。

「か、可愛いいい! リアナが照れてる! よし! リアナはかっこよくて可愛い騎士になれるよ! アタシが保障するよ!」

 フフフッ……かっこよくて可愛い騎士か……考えた事がない面白い事をフィーネは言うから、どんな騎士なんだろうと二人で笑ってしまった。まだお店の中なのに…………店員さんの視線が怖かった…… 

 そして、ウィンゲート侯爵家での晩餐会の日がやって来た。
 今日は浮き足立っていた。晩餐会は夕方からだがとにかく落ち着かない。
 久しぶりに着るドレスは、フィーネと一緒に楽しみながら選んだ為か、思っていたよりもドレスに対する苦手意識は薄らいでいた。
 もうそろそろ夕方なので、ぼくはドレスに着替えお母様の形見のネックレスをつけて、クライヴが待っている玄関に向かった。
 もうみんな集まっているようで、この姿で階段を降りるのが気恥ずかしい…………
 ぼくを見るクライヴは鼻の下を伸ばしている。
 恥ずかしいのでじろじろと見ないで欲しいと、みんなに伝えたのだが……クライヴが恋人に言うような台詞をぼくに言ってきた。
 ぼくは恥ずかし過ぎてクライヴの顔を見れず、なんとか返事を返そうとするも頭が働かなくなり言葉が出てこない…………

 そんな事を考えていると、二階からショーンがやってきた。
 
「おう! リアナか? いや普通にわからんけぇ。馬子にも衣装じゃな。本当に別人じゃなぁ」

 いつものショーンらしい言葉でぼくは安堵していつの間にか心も落ち着いていた。

「ショーン……ありがとう。君のおかげで冷静さをを取り戻せたようだ。そこだけは感謝しよう。しかしそのような発言をするのはどうかと思うよ。ぼく以外のレディーと話す時は気をつけたまえ」

 感謝を伝えたのだが何故かショーンは驚いた顔をして固まっていた。

「お迎えにあがりました。クライヴ様、リアナ様」

 そしてウィンゲート侯爵家の家紋入りの馬車がやってきて、ぼくとクライヴはウィンゲート侯爵家へ向かった……
 とにかく失礼のないように……馬車に乗ると徐々に緊張している自分がいる。
 隣に座るクライヴが侯爵家の人達は良い人ばかりだと言っているが、ぼくは君のマナーも失礼がないかと気にしているんだよ…………

 そしてウィンゲート侯爵家に到着して馬車を降りると、メイド一同通路の両端に並び長い列が出来ていて、ぼくの家とは違う侯爵家の館の大きさや使用人の多さに驚いた。 
 
 そしてエントランスに立っていた執事のセバス様の案内で晩餐会の部屋に向かった

 廊下の周りには高価な装飾品の数々が展示され、改めてヘンダーソン家との財力の違いに驚いた。
 そして目的地にたどり着くとセバス様が扉をノックした。

 扉の向こうからウィンゲート侯爵様の声が聞こえ、セバス様は扉を開いた。

 そこにはヘンダーソン家とは比べ物にならない広さの会場があった。

「ウィンゲート侯爵家当主のアーロン・ウィンゲートだ。この度は愚息と護衛を救ってくれて感謝いたす」

 こんなに近くで見るのは初めてだが、この方がウィンゲート侯爵様…………国を支える宰相…………
 
 そしてウィンゲート侯爵様の奥様のメリッサ様は、物腰の柔らかいとても魅力的な女性で、ぼくが大人になってもこんなにも綺麗な女性にはなれないだろう。流石アリア様のお母様、親子揃って美女とは…………

 続いてオークに襲われていた時とは違いキリッとした表情のアラン様がぼく達にお礼を言ってくれた。こちらとしても恐縮で困っている人を助けるのは騎士を志す者としては当然の事をしたまでだが…………

 そして淡いオレンジ色のたくさんフリルのついたドレス姿のアリア様も自己紹介をして下さり、相変わらずの美しさだった。

 流石に緊張してきたな……失礼のないようにしないと…………

「お初目にかかります。ウィンゲート侯爵様。私はリアナと申します。この度はこのような催しに招待していただき誠にありがとうございます」

 ぼくの名前を聞き、ウィンゲート侯爵様は顎に手をつき少し考え込んでいる。
 やはりヘンダーソン家を名乗らない事を不思議に思っていらっしゃるのだろうか?

「君はヘンダーソン子爵家の御令嬢ではなかったかな?」

 やはり……

「私は常々、父に騎士を目指したいと言っておりまして、勘当された身ですので貴族ではなく平民のリアナとして生きていくつもりです」

「そうなのかい…………それは失礼をした」

 侯爵様が知らないと言う事は……ぼくが勘当された事を父は隠していると言う事か……貴族の娘が家出したなんて社交会では噂話で大盛り上がりだろう……

 しばらくすると、十数名の護衛兵達が軽装で入室してきて、ウィンゲート侯爵様がここからは気楽に楽しめるようにと配慮していただき、そのまま退席された。
 
 そして追加で丸テーブルが用意され、部屋の両サイドには飲み物を食べ物が並び護衛兵達も交えて立食パーティーとなった。
 ぼく達の側にアリア様が話しかけてくれた。

「お父様はとても忙しい人で、今から王城に戻り仕事をするそうよ……いつも帰ってくるのが遅いのよ…………」

「アリア様は寂しくないんですか?」

 ぼくとは違い仲の良い家族だと感じたので、アリア様に質問をした。

「家族が居るだけで幸せを感じているので、寂しいとは思いません」

 やはり侯爵家となると忙しい……しかしとても幸せそうに話されるアリア様を見ていると、ぼくの家とは違い愛情に溢れているご家庭なのだろう。

 ぼく達の話を聞いていたクライヴの顔色が悪くなっていたので、バルコニーに行き外の風に当たるよう勧めた。
 やはり怪我が完治したと言えども本調子までは回復していないのだろうか?

「アリア様、お話の途中で失礼しますが、一度クライヴの元へ飲み物を持っていってもよろしいでしょうか?」

 ぼくがアリア様に敬語で話しているのをアリア様は好ましく思っていないようだった。

「リアナ様。私達は同じ歳で、ましてやフィーネの友達でしょ? ですので私とも友達になっていただきたいのですが……」

 えっ? アリア様とぼくが? 身分が違い過ぎるのではないか……

「いや、その、ぼく……いやわたしはアリア様と違い元子爵家で、今は平民として生きていこうとひている身でして……」

「友達に身分なんか関係ないわ。身分を気にして敬語で話しかけてくる同年代の方達は貴族としての付き合いなので、損得で考えるような方達には私にとって友達とは言えません。
 これからはリアナと呼ばせてもらうから、私の事はアリアと呼んでもらいたいわ。よろしくね」
 
 なんと器の大きな方なのだろう。頭脳明晰で時代の先を見据えた考え方をする天才児と噂では聞いていたが、流石侯爵家の御令嬢アリア様……淑女としての立ち振る舞いだけでなく、貴族と平民の身分差別を良しとしない性格。
 このような方がこれからの王国を支えていくのならば王国はこれからも安泰だろう。
 
「わ、分かった……公の場で以外ではアリアと呼ばせてもらうよ」

 そしてぼくとアリア様は友達? となり一緒にクライヴに渡すジュースを取りに向かった。
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