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第一章 王国編第一部(初等部)

エピソード110 食後のジェイミー戦

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(どうしてこうなったのだろう…………)

「すまないお前達。ジェイミーとクライヴが手合わせをしたいらしくて、小一時間程度この訓練場を貸してくれないか?」

 テリー様のひと声で護衛兵達は元気良くはい! と返事をしていた……

(テリー様……オレは嫌ですよ。貴方こそ察してくださいよ。分かりやすいでしょう? オレのこの表情見れば……魚の死んだ目をしているでしょう……)

「クライヴ……怪我だけはしないでね」

 祈るように両手を組んだフィーネは目を潤ませてオレを見ていた。

(他所行きフィーネさん……何その健気に見守る女子力は! 見た事ないぞ!)

 対するジェイミー様はやる気満々で訓練用の武器を置いている所で槍と大剣のどちらにするか悩んでいるらしい。
 ジェイミー様はオレより僅かに身長が高いが、身体の大きさからしてまだまだ大剣を扱かう筋力が足りず、槍を選んでいた。

「おい! 兄上に気に入られているからって調子に乗るなよ! 身分違いをオレが分からせてやるよ」

(ジェイミーさまガチで怒ってらっしゃる……貴方はどうしていつも機嫌が悪いのですか? オレが何をしたと言うんですか? そもそも闘いで身分違いを分からすってどういう事なのでしょう)
 
「早く武器を選ばないか! いつまで待たせるつもりだ!」

 オレはジェイミー様に急かされて細剣と小盾の得意な武器で手合わせをする事にした。

 審判はテリー様がしてくれて、勝負は頭以外に効果的な一撃や気絶をさせる。もしくは武器を遠くに吹き飛ばす等の相手を無力化にした上で、首や頭に武器を突きつけるチェックメイトのどちかを勝ちとなる一本勝負となった。

「それではお互い準備はいいね?」

「「はい」」
 
返事をしたオレ達は、十メートル離れている。
 オレは憂鬱な気分だが、ジェイミー様は早く闘いたくてウズウズしていた。

「ジェイミーもクライヴも、いい返事だね。それでは始め!」

 早速と言わんばかりにジェイミー様が距離を詰めて、槍の間合いで軽めの突きを仕掛けてくる。
 牽制の意味を込めた攻撃ではなく、間合いを測る為に素早く突きを繰り出し、オレを近づけさせないようだ。

(オレが行うミッションはかなり難関だ! ジェイミー様の自尊心を傷付けず、オレもある程度闘いながら痛い思いは絶対に避ける! そして隙を作り強力な攻撃が来た時に吹き飛んだ振りをして負けを認める。これが今回オレに課せられたミッション貴族様向けの接待手合わせだ。今後必要になる技術なので、腕を磨いておきたい!)

 一人は目の前の相手を打ち倒すべく攻めに転じて、もう一人は邪な考えでどのように負けを演出しようかと考えている。
 二人のベクトルは交わる事はない………………

「ハッ! ヤアッ! セイッ!」

 ジェイミー様が間合い制したようで、牽制程度のジャブのような突きから、徐々に力つよい攻撃に変化した。
 オレは小盾で防ぎながら、槍の間合いに攻めあぐねていた。

「どうした! 攻めてこないのか! まだ手を抜いているのか!」

 ジェイミー様に怒られたがオレは手を抜いているつもりはない!
 全力でおもてなし手合わせをしているのだ!
オレが槍の間合いに入るとジェイミー様の二段突きが右肩と胴体を狙ってきた。

「うわ!」

 オレは二段突きの初撃を身体を捻って躱し、次の胴体への一撃は小盾で防ぎきった……
 しかしすぐにジェイミー様は身体をコマのように回して足元への右薙ぎ払いを放った!

(当たれば痛いヤツだ……)

 オレはその一撃を細剣で軌道をずらすように弾こうとしたが、手応えがあまりにも軽い…………

「しまった!」

 ジェイミー様の左薙ぎ払いはフェイクでオレが細剣で防いだ瞬間!
 ジェイミー様の身体はコマのように反対方向に回った。オレの右上腕部に左薙ぎ払いを流れるような動作で繰り出した!

 オレの身体は先程の一撃を細剣で防ごうとした為に身体が左側に捻れて右脇腹がガラ空きの状態だ!

 ジェイミー様は勝利を確信したのか不敵な笑みを浮かべていた。

(まだ試合終了には早いです)

 オレは左足にある重心を更に左方向に身体を傾けて、素早く左方向に転がった。
 ジェイミー様の一撃は空を斬った……
 オレは瞬時に起き上がると、まだ体勢を立て直せていないジェイミー様に近づいて剣の間合いに入る事ができた。

(この間合いだと槍では近過ぎて使いづらいでしょう)

 オレはいまが好機とみて、細剣での突きを連続で繰り出した。
 一つ目は、軽めのジャブ程度を左腕に。
 ジェイミー様も槍の中心で巧みに防いだ。

 二つ目は胴体への素早い一撃!
 ジェイミー様もオレの表情や突きの初速から、先程の突きとは違うと感じて大きく右にサイドステップで避けようとした…………しかしこれはフェイクで、ジェイミー様が避けた方向にオレは身体を向けてジェイミー様の右腕に照準を合わせたまま、フェンシングように剣先を回しながら突きを繰り出した。
 ジェイミー様に狙いを読まれないように、足先へは突きをする振りだけで、その次に一歩踏み出して右肩に突きを放った!
 ジェイミー様は二歩後ろに下がり、槍の柄を斜めにした。
 どうやら槍の石突部分でオレの突きを弾いて攻撃に転じようとしている……
 しかし、オレの右肩を狙った月は円を描くように動いた。
 
「しまった!」

 ジェイミー様の声とともに、オレは最初から右腕に狙いを定めていた。
 ジェイミー様は少しだけ槍を持つ右腕の位置が下がっていて、その腕部分にオレは突きを放った。
 しかしフェイントを重ねた為に全力の体重を乗せた突きを放つ事が出来ず、この速度の突きでは有効打とは言えないだろう。

 だがこれは計画通り!
 オレは有効打にならない突きで隙を作り、そこをジェイミー様の槍で脇腹に一撃をもらう。
 その一撃のダメージ軽減の為に攻撃方向に少し吹き飛び受け身を取るところまで想定してイメージトレーニングをしていた。

「まだまだ!」

「え? 嘘でしょ…………」 

 オレの計画は大きく崩れ去った…………
 それは、ジェイミー様がランパード家の剣術の流派? とはあまりにもかけ離れていた……
 まさかの足技で……オレの細剣を持つ右手を蹴り上げてきた。
 オレは外側に右手を上げている状態で右半身はガラ空きだった。
 そこにジェイミー様の強烈な一撃が右脇腹を襲い、オレは倒れ込んだ。

「やったぜ! 兄上これでオレの勝利だ!」

 ジェイミーさまの歓喜の声が聞こえるが、どこか遠くで喜んでいるように聞こえる。そしてオレは意識が遠のいていく感覚に襲われていた。

「クライヴ、クライヴ! ねぇ! 返事をしてよ。 ねぇってば!」

 フィーネがオレの両肩を掴み震度六強の揺れを起こしていたのがダメ押しとなり、オレは意識を失っていった……………………

「ミッション失敗」

「何がなのよ!」

 薄れゆく意識の中、いつものフィーネの怒声が聞こえたような気がした……………………
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