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第一章 王国編第一部(初等部)

エピソード87 生誕祭の数分の奇跡

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「まだフライドポテトはありますか?」

 アリア様の声は扉越しにも聞こえてきた。
 オレはその声を聞いた瞬間!
 厨房に向かいジャガイモの皮剥きを全て終えて、オーダーが入る前にジャガイモをポテトカッターでカットして油に投入した。

 そしてリアナに揚げ具合を確認してもらい、オレは耳を澄ましてアリア様の護衛の声を聞いていた。
 どうやらアリア様の護衛は五名いるらしく、アリア様の分も含めてフライドポテト六個を注文するかと思いきや、残り全ての八個を護衛が注文をした。

(読み通りだ! アリア様は必ず全てを購入してくれると信じていた。今まで大量注文していたので)

 そしてアリア様は、会計にいるフィーネとテラス席で一緒に食べようと言っていた…………

(いや扉のこっち側まで聞こえているから…………それで最後だから別に良いんだが……フィーネは一応従業員だから周りのお客様の目が気になるんですが……それに三個も本当に食べるのですかアリア様……)

 会計も済み、オレはキッチンエリアの椅子に腰掛け、リアナとともに二百個のジャガイモと格闘した充実感に浸っていた。
 その時、部屋の向こうの店内で男性の声が聞こえた。十中八九だが聞き覚えのある声だ。
 オレは心臓の鼓動が速くなりつつも冷静さを欠かないように平常心を意識して集中した。

「こんな美味しいものは帝国でも食べた事がないよ! ぜひ作っている方に感謝を伝えたいのですが……」

 ショパンさんがキッチンの部屋に入り、事の経緯を教えてくれた。今の姿では油臭いのでお客様を二階の重要人物を招く部屋に案内するように伝えた。

 そしてオレは決心して、服を着替えて扉を開けて店内に出てきた。
 フィーネがアリア様に迷惑かけてないかとテラス席の方を見ると、アリア様が護衛に何かを伝え、護衛はオレの元にやってきた。

「念の為に、私が階段下で待たせてもらい警護をしますがよろしいでしょうか?」

「あっ……はい、お願いします」

 オレは部屋の中に護衛が来ると思っていたので拍子抜けした声で返事をした。

(もう確定じゃん! アリア様絶対気づいてるよ………………)

 オレは平常心でみんなにも悟られぬように二階の部屋に向かった。
 そして扉をノックすると、聞き慣れた声が扉の奥から聞こえた。

「はい。どうぞ」

 オレは一呼吸して扉を開けた。

「忙しい中突然呼び出してしまい申し訳ありません。あまりにも美味しかっ……………………」

 目の前の人物は言葉が途中で止まりフリーズしている。

(サプライズだと驚きますよね)

 オレは大声を出されぬように扉をすぐ閉めた。

「ス、スノウなのか? 本当に……本当に…………スノウ………………なのか? これは夢ではなく現実なのか?」

 目の前には少し背が伸びたが、相変わらずの白い肌で、サイドに流した髪が少し伸びているイーサン兄さんが立っていた。

「お久しぶりです。兄さ……」

 オレの言葉を遮りイーサン兄さんは抱きついて来た。

「この後、怪しまれない為にもお互い泣くのは止めよう。
 本当に会いたかったよスノウ。大きくなったなぁ……………………実はスノウ達が亡命した時に地下水路の爆発により、ヴァネッサ様の遺品の指輪が見つかったんだ。
 それで帝国ではスノウとヒュンメルは死亡扱いとなっているんだ…………
 そして母上のダイアナ王妃がスノウ達の事を逆賊として貴族たちに伝えて、母上やマキシム兄さんやその派閥の貴族達が帝国を救ったと色々な所で言っているんだ…………
 しかし城下町の平民達はスノウに助けられたから、もちろん母上達の話を信じていないし、むしろ平民達と母上派の貴族達との関係性が悪化していて……
 まだ先の事だけど父上が亡くなった時の事を考えると、マキシム兄さんでは母上やその貴族達の傀儡となる恐れがあるんだ……
 もしくは誰の意見も気かず戦争ばかり起こして民を疲弊させて帝国は衰退していくだろう………… 」

 イーサン兄さんはオレが亡命してからの帝国の現状を知らせてくれた。

「スノウは王国で元気に過ごしてそうだね」

 イーサン兄さんは今のオレに昔の面影を見つけたのか、懐かしむような和らいだ表情でオレを見ていた。

「はい! ボクはランパード辺境伯様に助けていただいた後、確率は低いと思いますが……帝国から命を狙われるような事があるかも知れないというリスクを考えて、ランパード辺境伯様とローズ様のお父様のシェリダン子爵様との提案でシェリダン領の平民として過ごしていました。
 王国では偽名でクライヴと名乗っています。ヒュンメルはヒューゴとしてボクの祖父という設定になっています」

 オレは楽しそうに話しているのだが、イーサン兄さんは心配そうに見つめていた。

「スノウ……平民の暮らしは大変だろう……無理してないかい」

(あっ大丈夫です。むしろ平民の暮らしの方が前世に近いので気が楽です)

 オレはイーサン兄さんに心配かけまいと学院に通っている事やこのお店を立ち上げた事、仲間達と冒険者見習いとして活動している事等、王国の暮らしに充実している事を伝えた。

「フフフッ……スノウは楽しそうだね。ボクも毎年は難しいけど再来年の生誕祭には、また使者として来れるように交渉してみるよ。
 また会おうねスノウ……君が生きてくれていた事にボクは神に感謝するよ」

 イーサン兄さんの笑顔や声色がとても懐かしくて、別れの時間は刻一刻と迫っており、オレは寂しさが募ってきた………………

「兄さん! 何かあれば王国から飛んで行きますからね! ボクにとって残された家族はヒュンメルと兄さんだけですから…………」

 オレはそう言ってイーサン兄さんと抱擁を交わした。
 時間にしては十分程度だろうか、オレにとってはイーサン兄さんと話す時間はとても長く感じて、会えた喜びや、心配しないでと伝えれた安堵感、そして再来年にもう一度会える幸せ等で心が満たされた。

 そしてオレ達は一階の店舗に戻ると、テラス席でフィーネと話しているアリア様が、一度こちらをチラリと見て、僅かに微笑みを浮かべた。

(アリア様の優しさに感謝しているが、アリア様には説明が必要だな。あまりオレの事を多くの人に知られるのはマズイと思うので……しかし何故アリア様は危険な目に合う事もあるかも知れないのに首を突っ込むのだろう? ウィンゲート家でのパーティーの時にアリア様が言いかけた言葉の真意を聞いてみようかな?)

 そして、イーサン兄さんはアリア様と一緒にウィンゲート家の馬車に乗って王城へ戻って行った。
 オレ達は本日最後の客アリア様達を見送り、最後の一仕事の掃除を手分けして行った。

「よし! 本日はこれで終了! お疲れ様」

 そう言ってオレは現在の時刻を見ると十八時を少し過ぎていたので、ショパンさんと一緒に今日の売り上げの計算を行った。

「いつ見ても不思議だよ。クライヴって本当に計算早いよね」

「いつもはバカみたいな顔してるクセに頭だけは良いのよね、ムカつくけど!」

 モーガンとフィーネは誉めているのだろうか?

「フィーネ少し落ち着いて、平民でこれだけ博識なのはとても珍しい事なんだよ。普段はアレだが……王国内で探してもクライヴしかいないと思うよ」

 リアナはオレが珍しいとフォローしてくれていたが……普段はアレってなんだ………………



「利益は、銀貨四枚、小銀貨六枚、銅貨五枚で、一人当たりで換算しますと小銀貨九枚と銅貨三枚ですね」

 ショパンさんはいつも通り自分の取り分を家賃に充てていた。

(この家賃を支払う仕組みも考えないとなあ。月初めに一月分支払ってみる案もアリだな。
 みんなに聞いてみてからだけど……)

「ク、クライヴ……明日はどうするのよ! 生誕祭だからお店を営業するの? どうなの!」

 オレは家賃の支払いについて考え事をしていると、フィーネはもう少しお小遣い稼ぎをしたいのか、遠回しに営業しようと伝えてきた。

 オレはみんなの顔を見渡すと呆れた顔をしつつもクライヴに任せるよと言う視線を送ってきた…………
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