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第一章 王国編第一部(初等部)

エピソード45 反省点と今後

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 先程の慌ただしさが嘘のように消えて、オレは少し椅子に腰掛けて残りのジャガイモも数えた。
 百個あったジャガイモは残り五個となり、これだけ売れたのなら大成功だ。
 そして、外で頑張っているモーガン達の元へ行こうと販売車から外に出ると西から向かってくる夕陽がオレの目を刺した。  
 販売車でひたすらポテトを揚げていたオレは、ずいぶん時間が経っていた事に気づかなかった。
 もう夕方の十七時半か……みんなに無茶させてしまったな…………
 
 疲れ顔のリアナがオレに気づき声をかけてきた。

「クライヴ……すまない! ぼくはもう足が重たくて、少し座らせてもらえないか?」

「ごめんリアナ。こっちこそ気がつかなくて……外で食べれるように販売車内にあるような簡易な椅子が何脚か必要だな。リアナ達の休憩や、この場で食べたいお客さん達の為にも」

 リアナの指摘で改善点が見つかった。テイクアウトを考えていたが、小スペースでも座って食べる場所があれば客数が伸びるかもしれない。
 それにみんなの負担も軽減できる。十歳にとって約二時間の立ちっぱなしは流石に疲れるだろう。

 そして、呼び込みをしていたモーガン達も戻ってきた……疲れ切った顔をして。

「やぁ、クライヴお疲れ様。ボクはもう足が棒みたいになって限界だよ……」

 モーガンは力のない笑顔で笑っていた。

「ワシも疲れた……もう声がでん。喉が痛えし、足も重てえけぇ無理じゃ」

 ショーンはずっと声を出して呼び込みをしていたから、かなり疲れている様子だった。

 オレはすぐに店を閉めてみんなを集めた。
 そしてオレの考えている事をみんなに伝えた。

「実は、以前フィーネと歩いてこの通りのもう少し先に、賃貸物件があるんだ。
 銀貨七枚、キッチン兼カウンター付きの二階建てなんだけど、このフライドポテト販売が軌道に乗ったら借りてみるのもアリだなって思ってたんだけど…………今日の売り上げとみんなの疲労を見ていたら見切り発車で一ヶ月借りてみても良いかなぁって思うんだけど……みんなどうかな? それか販売車の中が狭くなるが簡易な椅子を追加したり、外にも椅子を何脚か置いたり…………」

「今日一日で賃貸のお店を持つ判断をするのは無謀だと思うよ」

 モーガンがごもっともの意見述べた。

「アタシもモーガンに賛成かな」

 フィーネからも却下され、やはりオレは焦っているのか? 自分で店を持って、早く中等部の入学金を稼ぐことに…………

「クライヴが納得しないのなら、明日の状況で判断してみてはどうかな? 売上だけでなく、ぼく達の疲労も考えてくれての事なんだろう?」

 リアナの言う通りだなぁ。

「すまない、みんな……少し焦ってたみたいだ……明日一日頑張ってくれないか、十五時から十七時の二時間のみの販売にしよう」

「「「うん」」」
「おう」

 オレはみんなと別れて手押し式販売車を商店に置きに行った。
 商店の在庫置き場の一室に保管させてもらっている。ついでに商品の補充と、賃貸の店舗について相談をした。何気に補充に費用がかかる……
  
「ほうほう、クライヴ殿。初日に銀貨二枚と小銀貨二枚と銅貨五枚ですか! 凄いではないですか!」

 目の前で驚いているのはこの商店の会長ショッパーニさんだ。
 と言ってもショッパーニ商店は新参者で、まだこの店しかなく小さな商店だ。ゆくゆくは貴族のお抱え商人となり、王都以外にも支店を持つのが夢らしい。

「ぼくなんか素人が、ショッパーニさんに褒められると恥ずかしいです」

「いえいえ、十歳にして先見の目をお持ちのクライヴ殿は将来楽しみな逸材ですよ。これからもショッパーニ商店をご贔屓して下さいね」

 さすが商売人、話術が巧みだなぁ。
 しかしこの人ショッパーニさんは唯一オレみたいな子どもの商売についての話に耳を傾けてくれた。
 しかもジャガイモの専属契約だけでなく、移動販売車やその置き場所等にも協力してくれて本当に頭が上がらない存在だ。

「実は相談がありまして、労働時間と店を構える事についてです」

「ほう、店をですか?」

 いつもニコニコ温厚なショッパーニさんの雰囲気が一変し商談のようなピリピリとした感じになった。

 オレは怯まず、そのまま話を続けた。

「ぼく達は子どもなので、そんなに長くは働けません。二時間勤務で平日の三日ぐらい働くのが妥当だと思います。
 それと移動販売では呼び込みや注文の聞き取りや人の列の整理等、とにかく立ちっぱなしの仕事が多く仲間達の負担が大きいです。
 それに今日みたいに売り上げが続くと大金を持ち歩くのも危険ですし、ぼくとしては見切り発車で良いので、まず一ヶ月間だけ店を借りるのも良いのではと思うのですが……」

「なるほど」

 ショッパーニさんは顎を触り少し考えこんでいた。

「クライヴ殿は仲間想いですな。しかしどうしてそこまでお店に拘るのでしょうか?」

 仲間達と一緒に中等部に入学したい。
 冒険稼業では危険が付き纏うから避けたい。
 ファンタジーな世界で前世ではできなかった事を体験したい。
 フライドポテトのような前世の物を流行らせたい。
 王国で有名になって、第二の人生を謳歌したい。
 帝国や他国にも知られるくらいお店が有名になると、アネッサにまた会えるかもしれない。

 改めて不純な動機が多いなぁ……

「みんなと中等部に入学したいので……無理なく稼ぎたいです。甘い考え方ですけど……」

 オレはショッパーニさんに申し訳なさそうな顔で答えた。

 ショッパーニさんは顔を綻ばせていつもの温厚な雰囲気に戻った。

「ハッハッハ! クライヴ殿失礼した。
 どれぐらいの覚悟があるか脅すような事をしてしまいましたな。
 若くて良い考えだと思いますよ。失敗を経験して人は学んでいきます。
 何かあれば相談に乗りますのでクライヴ殿の思うようにすれば良いかと思いますよ。
 それに資金面では問題ないでしょうから」

「ありがとうございます。もう一度仲間達と話し合いたいと思います」

 そうしてオレは商店を出て、学生寮に向かった。

 帰り道、学生通り西通りの方に目をやると、貴族の紋章の入った馬車が停まっていた。

(あの場所は移動販売車を停めて販売していた場所だ。貴族達に迷惑をかけたのかなあ。一応路上販売の申請は通ったはずだが……念の為ショッパーニさんに明日聞いてみよう)

 オレは少しだけ貴族の馬車の様子を遠くから覗いて見ると、なにやら女の子が御者や御連れの者に何か話をしているらしい。
 
(ひょっとして買いに来たとか? でもこれ以上貴族に近づくのは危険だな)

 オレはその場を後にして、急いで学生寮に帰った。

 学生寮に戻ると気が緩んだのか疲労感がより強くなった。
 時計を見ると時間は十八時、今日はさすがに疲れたな。夕食の前に身体と服を洗ってくるか油まみれだし……
 オレは建物の隅にある食堂に入る前にの廊下の横にある脱衣所兼浴室の小さな扉がある。
 オレは疲れていたので俯きながらその扉を開けた。
 その瞬間! 

「キャー!」

 正面から甲高い悲鳴が聞こえた。

 これはまずい! 覗きに来たと思われる。
 フィーネかリアナか、オレは無意識に顔を上げてしまった。

 すると強烈なビンタが飛んできて、オレは部屋の端に吹き飛ばされた。

 何だこの威力は……オレは気を失いそうになりながら顔を上げると、筋肉隆々の無表情の料理長が一糸纏わぬ姿で両手を腰につけてお尻に力を入れて仁王立ちをしていた。

 ちょ、意味がわからない! 甲高い悲鳴も、その立ち位置とポーズも! 何でビンタされたの? このシチュエーションならラッキースケベでしょ! 普通は…………十歳児に欲情はしないけど、オッサンなんかもっとしないわー、そして何故無表情? 怖いって……

 そしてオレは気を失った…………………………
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