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序章

エピソード17 帝国脱出 後編

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 母さんの最後の力を振り絞った魔法で地下水路に大爆発が起きて、完全に出口が土砂で塞がれた。

 オレとヒュンメルは無事に脱走ができた。
 元々の計画では途中迄馬車で移動して体力を温存する計画だったが、一刻を争う事となったので馬車から荷台を外して何とかヒュンメルを馬に跨らせて、マクウィリアズ王国を目指した。

 帝国とマクウィリアズ王国との一般的な道路は山に挟まれている峠を越えて砦を渡る事となる。その為、峠越えは選択せず、大回りで山の麓の森の中で逃げる事にした。
 ヒュンメルは左手と口で器用に手綱を引き、夜の街道から逃れるよう森に入った。
 オレは振り落とされないよう精一杯握りしめて、母さんが亡くなった事やヒュンメルがもう剣を握れない事を、まだ夢の中で悪夢を見ていると感じていた。
 しかしいつまで経っても悪夢は消えず現実だと実感してくる……
 
 あの時、気が動転せずに冷静な判断ができていたら、身体強化や【クロノス】を使っていて違う結果になっていたのだろうか。

 悔やんでも悔やみきれない想いと自分の弱さに打ちひしがれ、ヒュンメルの背中に顔を押し付けて涙が止まらなかった。



  数時間馬に揺られながら、気付けば朝日が登っていた。やっと国境付近に到着したようだ。  
 帝国に手出しさせないよう国境の側では、数ヶ月前から国境付近でランパード辺境伯とサンダース辺境伯の合同軍事訓練を行っていて、またその旨を帝国に伝えて了承を得ていたようだ。

 (だから驚くほどスムーズに国境を越える事ができたのか)

 そして軍隊の先頭には貴族のような方が馬に跨っており、ランパード辺境伯と思われる人だろう。

 助かったとオレは安堵した時、ヒュンメルの身体が徐々に傾いていき落馬しそうになっていた。
 慌てて近くにいた大男の男性がヒュンメルを抱えて、衛生兵に治療を指示した。
 この方がサンダース辺境伯と思われる人だと思われる。
 何から何まで感謝しかない。

「アレクサンダー帝国第三皇子のスノウ・デア・アレクサンダーと申します。サンダース辺境伯、ランパード辺境伯この度は保護していただきありがとうございます」

「ご挨拶ありがとうございます。私はこの辺境の領地を治めるロベルト・サンダースと申します」  

 サンダース辺境伯は雪男のような大きな体格に緑色のボサボサした髪に緑の目をしていた。
 
 何だろう少し怖い、苦手な相手かもしれない。

 そんな事を考えているともう一人の方が名乗った。
「私がヴァネッサ様から亡命の依頼を受けておりました。本来南の辺境の領地を治めているトーマス・ランパードと申します。この無愛想なロベルトとは歳は離れていますが親友ですのでご安心下さい」

 ランパード辺境伯は、茶髪で肩にかかるぐらいの髪を後ろで結び茶色の目をしており、百九十センチ程ある高身長のマッチョで武士を彷彿させる漢らしい顔つきのイケメンだった。

「トーマス、何が安心して下さいだ」

「ただでさえ風貌で怖がられるだろう。スノウ皇子も怖がっていたぞ」

「そんなつもりはないんですが……スノウ皇子申し訳ありません」

 やっぱ良い人かもしれない。第一印象って改めて大事だなぁ。
 その後、サンダース辺境伯は兵達の所に戻り合同訓練の指揮に戻った。

 そしてランパード辺境伯と話を進めた。

「実は今回北の辺境を治めるロベルトに協力してもらいなるべく早急に王国に亡命後できるよう手牌させていただきました。」
「スノウ皇子には辛い旅となりましたね」

「もう帝国の人間ではありませんので敬語はおやめ下さい」

 ランパード辺境伯は少し考えて、
「わかった、スノウ殿」
「一つ聞きたいのだが、ヴァネッサ様は……」

「母上は私達を守る為に亡くなりました」

 無事に亡命出来たからか張り詰めていた緊張が解けてしまった。
 何だろうこの虚無感は、オレはヒュンメルの人生を奪い、母さんを助ける事が出来なかった。何の為に亡命したのか……

「…………………………………………」

 二人の間に沈黙が起こる。

「そうか……」
 とランパード辺境伯が呟き。
 真剣な眼差しでオレを見ていた。

「スノウ殿は、まだ八歳なんだろう?」

「はい」

「子どもがそんな顔をしてはいけない」
「ランパード様……」

「そんなに死に急ぐ目をするな! お母様も望んでいないだろう」

 オレは涙が溢れて、心の中の押し留めていた感情が爆発した。

「亡命中にずっと私に力があればと考えて悩んでおりました。何も悪い事をしていないのに憎まれ、蔑まれ、命の危険に脅かされて、そんな毎日でした」

「それでも母上は私が傷つかないないように深い愛情を与えてくれて、それだけでどんな事も耐えきる事が出来ました。私にとって母上と過ごす何気ない日常がとても幸せでした」

「その幸せをあいつらは踏み躙り、大切な護衛のヒュンメルの人生を壊し、どれだけ人を苦しめると気がすむのか! 必ずあいつらに同じ苦しみを味合わせてやりたいです!」
 
 しかしランパード辺境伯は優しく諭してくれた。、

「スノウ殿、子どもにはその考え方は危険だ。相手を傷つけるのではなく、大事な人を守る為に剣を使いなさい。憎しみは何も生まれないし仇を打っても虚しいだけだ。相手を殺傷するという事はその業を背負っていく事になるんだ。それを背負うにはまだ早過ぎるし心が壊れてしまうぞ」

 久しぶりにイーサン兄さんが言っていた言葉に出会えた。
 そうだ、オレは精神年齢は大人だが命のやり取りには慣れていないし、これからも慣れてはいけないと思う。日本で平和に暮らしていたので、心が耐えきれず徐々に壊れていくような気がする。
 それにどちらかと言えば人助けの方が好きだ。だから俺にとっての剣は大切な人を守る為に使うべき物なんだ。
 
 その通りなんだが、今は上手く心の中で消化できないが、刻が解決してくれるはずだ。

 ランパード辺境伯との会話で少しだけ気持ちの整理ができ、オレはヒュンメルが運ばれたキャンパスに向かった。
 ヒュンメルの身体をしっかり確認してしていくと、右手首から先が無くなり包帯が巻かれていたがどうやら化膿などなどはしていないらしい。
 かなり衰弱していたので、暫くは眠り続けるだろうとの見解だった。

 それからオレは毎日ヒュンメルの身体を拭き、はやく目覚めて欲しいと祈り看病を続けた。
 三日目の朝にヒュンメルが目を覚ましたと衛生兵から聞くと、すぐに向かった。

 そこには無くなった右手をさすりながら考え込んでいるヒュンメルがいて、物音でオレいる事に気づいたようだ。

「スノウ様、ヴァネッサさまをお守りできず申し訳ありません。かくなる上はヒュンメルこの命で償います」

 相変わらずのヒュンメル節に俺は久しぶりに笑ってしまった。

「護衛がいなくなると、益々危険な目に遭うだろ」

「スノウ様、まだわたくしを護衛としてお役目をさせていただけるのでしょうか? しかし私にはもう剣が握れません……」 

「今はもう帝国のように危険な目に会う事は少ないと思うよ。だからヒュンメルには、護衛としてではなく、一般的な教養や、剣術とかの指南役等を引き受けて欲しいなあ」

「ありがたき幸せ。全身全霊を持ってお役目ちょうだいいたします」

 普段泣かないヒュンメルの目には一筋の涙が流れていた。しかしオレは後ろを振り向いて気付かないふりをした。
 

 だってオレもヒュンメルが付いてきてくれる事が嬉しくて泣いちゃうんだよ…………
 オレの家族はもうヒュンメルしか居ないからさ……
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