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近衛騎士の娘カトリナ編

近衛騎士の娘カトリナ(ティア視点)

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 その日の真夜中のこと。
 皆が寝静まった後、私の寝室のドアを叩く音がした。

「どなたでしょうか?」

 もしかしたらご主人様かもしれない、と期待しつつ私は尋ねる。
 が、返ってきたのは予想外の答えだった。

「私はアルテミア王国の近衛騎士、カトリナです! ティアーナ殿下ですよね!?」
「うそ……」

 その声を聞いて急に私の何かが強く揺さぶられたような感覚がした。
 私はただの魔術師見習いで、ご主人様に魔術を教えてもらう代わりにメイドをしているただのティア。
 でもカトリナの声には聞き覚えがあるし、ティアーナ……殿下?

 そこで急激に私の脳裏にとある言葉が蘇る。

“これから一か月間、王女のティアーナではなく、アルテミアの出身の没落令嬢で、魔法の勉強をするために俺のメイドをしているが、実はドMの変態で俺の性奴隷をしている……ティアという少女になるんだ”

 そう言えばあの日からそろそろ一か月ぐらい経つような気がする……

「うっ」

 が、しかし一か月前のことを思い出そうとすると頭が痛む。

「あの、殿下? 殿下ですよね?」

 彼女の声を聴くたびに頭が殴られるように痛む。
 しかし、まるで固い岩を砕いて中から水が湧き出てくるように、徐々に私の脳裏には失われたはずの記憶がよみがえってくる。

 そうだ、私はアルテミア王の忘れ形見、ティアーナだ。
 それなのにここ一か月はずっと、それを忘れてただひたすら性欲におぼれていたなんて……。思い出すと罪悪感に押しつぶされそうになるが、カトリナという名前には聞き覚えがある。
 確か近衛騎士の娘で、何度か一緒に遊んだこともある。

「は、入って……」
「失礼いたします」

 そう言って入って来たのは凛々しい姿に成長したカトリナだった。
 金髪の長くて美しい髪をポニーテールにまとめ、整った顔立ちに射るような鋭い眼光、そして引き締まった口元。
 そして着ているのは、アルテンシア王女の家来が着ている、軍服風の黒いワンピースだった。王女の趣味なのだろう、ところどころに装飾があしらわれていて可愛らしいデザインになっている。そして腰にはきらびやかな剣を差していた。
 すっかり美しい護衛になっていて気づかなかったが、そう言えば私がアルテンシア王女に誘われている時、近くにいた気がする。そうか、私のことを知っていたから冷や冷やしていたけど、逆にどう声をかけていいか分からなかったのか。
 そんな彼女だったが、部屋に入るなり私に抱き着いて来る。

「殿下……お会いしとうございました……」
「ご、ごめんなさい……」

 罪悪感から私は咄嗟に謝ってしまう。
 するとカトリナは弾かれたように立ち上がって頭を下げる。

「そ、そんなことはおっしゃらないでください! 殿下は我らと違って見つかっては殺されるかもしれない身! それでこのようにメイドの姿に身をやつして、冒険者として鍛錬を積んでいたのですね!?」
「……」

 カトリナの言っていることは間違ってはいないが、重要な部分が抜けている。
 とはいえまさか、「あの男の性奴隷なんです」とも言えずに私は沈黙してしまう。
 そこで私はずるいと思いつつも話題をそらした。

「カトリナこそ、その服を着ているということはここに仕えているの?」
「は、はい! あの戦いの後孤児となった私は偶然アルテンシアの家臣に見つけられ、“お前なら王女に気に入られるだろう”とスカウトされたんです。もちろん敵国に仕えるのはこの身が引き裂かれるような思いですが、復讐と再興をなすためには力が必要。そう思って私は彼女に仕えることにしました。そして今日殿下の姿を見て、話しかける機会をうかがっていたんです!」

 カトリナは感情たっぷりにここまでの人生を話す。
 仕えてからは色々あったが、最終的にアルテンシアに気に入られ、今はかなり信頼を勝ち取っているらしい。

「ありがとう……あなたも辛かったのね?」
「いえ、ですがそれも殿下にお会い出来て全て報われました! 実は私、アルテンシア王女が秘蔵している魔導具の警備も任されていまして。その中に“紫翠の魔晶”と呼ばれるものがあり、それを使うと魔力が何倍にも増幅すると言われています。もし殿下がそれを持って立ち上がれば、オルロード王国の軍勢が何万押し寄せようと撃退することが出来るでしょう」

 それを聞いて私ははっとする。
 そうか、私が何もできずにいる間、彼女は必死に国を再興する手段を探していたんだ。

「殿下が立ち上がれば、きっとアルテミアの民もついてくるはずです!」

 カトリナは興奮しながら話す。
 私はそれに複雑な気持ちで聞き入っていた。
 まず浮かんできたのは罪悪感だが、次に思ったのは今の暮らしを存外に気に入っていることだった。

 私はリンさんと違って最初から彼のことをそこまで嫌ってはいなかった。最初は少し強引ではあったけど、彼は私の性癖を見抜いて私を気持ちよくしてくれたし、今も性奴隷とはいえそこまで不満はない。
 元の記憶を上書きされて性奴隷にされたのは酷いと言えば酷いけど、記憶を消されたおかげで私はこの一か月、昔のことを忘れて純粋に快楽を楽しんでいた。

 だめっ、思い出すだけで乳首は立っちゃうし、あそこがきゅんとしちゃう。
 今はカトリナが目の前にいるのに!

 私は慌ててそのことを頭から追い出す。
 そして次に思ったのは、残念ながらカトリナが考えている程度の作戦で国を再興するのは難しいということだ。
 確かに私はそれなりに魔術の腕はあるし、この一か月で様々な敵と戦って成長したというのはある。そしてその宝玉もすごい魔導具ではあるのだろう。
 しかし一人の魔術師が一つの魔導具だけを頼りに国を再興するなんてことは出来ない。
 私ぐらいの魔術師はこの国に何十人はいないかもしれないけど何人かはいるだろうし、アルテンシア王女の離宮にある程度の秘宝は王宮にだってあるだろう。

 そう考えると、悪いけどカトリナの作戦は成功するとは思えない。
 もちろんそれならどうすればいいのかは分からないけど、そんなことをしてカトリナや、それに私に期待して立ち上がってくれるアルテミアの人々を危険にさらす訳にはいかない。

「……という訳で殿下も一緒に来てください! 離宮の外までは私がお連れします!」

 目を輝かせて言うカトリナに、私は告げるしかない。

「……残念だけど、多分その程度の作戦では鎮圧されて終わりだと思う」
「そんな……」

 私の言葉を聞いて呆然とするカトリナ。

「この国をしばらく旅してたけど、思った以上にこの国は強い」
「で、ですが殿下がいればアルテミアの皆もついてくるはずです!」
「それはそうかもしれないけど、だからこそ勝ち目のない戦いをする訳にはいかない」
「では殿下は一体どうされるおつもりですか!?」
「それは……」

 今度は私が言葉に詰まる。
 そもそも一度滅びた国を再興するなんてこと自体が無理な話ではあるけど、だからといって私はそのために何かをした訳ではない。
 そのことを忘れて肉欲におぼれていたという罪悪感がのしかかる。
 口ごもる私にカトリナは畳みかけた。

「いくらあの冒険者がすごいとはいえ、私はこれ以上殿下が他人のメイドをしているのなんて我慢出来ません! 強引ですが連れ出させてもらいます!」

 そう言ってカトリナが私の体を抱きかかえようとする。
 その動きは本当に咄嗟だった。

「だめっ!」

 気が付くと私はカトリナを拒んでいた。

「はっ……」

 結局、私は深層心理では今の暮らしを続けることを選んだということだろう。

 私が彼女を拒絶すると、するりとカトリナの手は離れた。
 鍛えあげた彼女の力に私なんかが叶うはずはないから、きっと彼女は私に拒まれたことがショックだったのだろう。 
 呆然とした表情でその場に立ち尽くす。

 その時だった。

「まったく、こんな遅くになんだよ」
「それが飼い主様、ティアさんの部屋から物音がして……」

 セシルとアレンの話す声が聞こえてくる。
 セシルは感覚が鋭いから物音に気付いたのだろう。今カトリナが見つかると色々と面倒なことになってしまう。

「カトリナ、早く逃げて!」
「そんな……」

 が、私の声にもカトリナは呆然としたまま動かない。
 そこで部屋のドアが開き、二人が入ってくるのだった。
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