10 / 10
10.君は全て僕のもの ◆
しおりを挟む外では小鳥がさえずり、朝の清々しい光が満ちている。
だが、鈴花の部屋にだけは淫靡な空気が満ちていた。
肌同士がぶつかる音に、ぐちゅ、ずちゅ、と粘着質な水音が混じる。
「一日で……僕の形を覚えて、くれたのかな? すごく、柔らかく呑み込んで……ん……っ、はぁ……蕩けそう、だ……」
「んあ……ああ……」
四つん這いになり、腰を高く突き出した姿勢の鈴花は、既に腕で身体を支えられず敷き布団の上に頭を預けている。
焦点を結んでいない目は快楽に潤み、口からは絶えず嬌声が漏れる。
「はっ……く……いい……君の声も匂いも、身体も……僕を夢中にさせる……っ……この僕が……こんなふうに……誰かの虜になるなんてっ……君に会うまでは思ってもいなかったのに……っ!」
既に何度か精を放っているが、夏々地の勢いは衰えていない。
抽送のたびに、ずちゅぐちゅと淫靡な音を立てながら、夏々地の精と鈴花の蜜が混じったものが掻き出されて、鈴花の太腿を汚している。
「僕を変えた君が……憎い……でも、それ以上に……愛しくて……苦し……ッ」
「んあ……深い……ぃ……ああああっ」
最奥を突かれ、鈴花は一段と高い嬌声を発して絶頂に達した。
隘路を埋める夏々地をキュウキュウと締め付け、ビクビクと何度も全身を震わせる。
夏々地は恍惚とした笑みを浮かべつつも、冷静さの残る目で鈴花を見下ろし、彼女の痴態を堪能している。
「またイったね? 本当にもう……感じやすくて可愛い」
クスリと笑うと夏々地上半身を前に傾けた。
鈴花の顔にかかる髪を指先で退けると、あわらになった耳許で囁く。
「あーあ、すごいイヤらしい顔こっちもトロトロだし。そんなに気持ちよかった?」
言いながら、『こっち』がどこなのかを鈴花に教えるように、小さく腰を振る。
「あ……あああっ……あ……」
快楽の淵から戻って来られないのか、鈴花は呆けたように小さな喘ぎを繰り返す。
「――ちゃんと聞こえてる? このくらいで音を上げててどうするんだい? まだまだこれからなのに」
夏々地がピチャピチャと耳を舐めると、鈴花は戦慄に似た快感を覚えて我に返った。
鈴花が思わず肩を竦めれば、夏々地は悪戯が成功したように笑う。
「耳も弱いよね……こうやって舐めるとギュウギュウ締め付けてくる……どこもかしこも敏感で……、攻め甲斐があるよ」
「り……りょう、さ……、もう、無理……、んっ、あ……」
「……ねぇ、知ってる? 僕たち蛇は一度交尾を始めると数日は離れないんだ。さすがに君にそれはきついだろうから、ちゃんと休憩を入れてあげる。……でもたくさんしようね」
鈴花の声が聞こえていないのか、それともあえて無視しているのか。夏々地は陶然と囁く。
半ば意識を飛ばしつつも、鈴花は言われたことを理解し顔を青ざめさせた。
だが、心と裏腹に身体の奥がずくずくと疼く。
「僕が本性を現しても、受け入れて貰えるように、たくさんたくさん開発しないといけないし、ね? 人間の姿をしてる時とちょっと形が違うから、最初は驚くだろうけど、きっと君にも気に入って貰えると思うな」
「や……あ……」
「君の香りが、僕を狂わせたんだ。責任を取って、大人しく僕に囚われていて。――愛してるよ、未来永劫、君だけを。たとえ君が嫌がろうと、裏切ろうと、もうどこにもやらない。君は……、君の全部は僕のもの、だよ」
狂気にも似た執着を孕んだ瞳で笑うと、再び抽送を始めた。
--------------------
「ごめん。君が魅力的すぎて自分を抑えられなかった」
ぐったりと弛緩した身体を横たえる鈴花の隣で、夏々地はしれっとそんなことを口にする。
「お世辞ばっかり……」
彼があまりに愛おしそうな視線を投げかけてくるのが居たたまれなくて、鈴花は憎まれ口を聞いて、ふいっと視線を逸らした。
「お世辞? そんなわけないだろう。君は世界で一番愛おしいよ、僕の花嫁さん」
乱れた髪の一房を指に取ると、夏々地は鈴花の目をのぞき込んだまま、妖艶な顔で口づけた。
「君は……自分があやかしを惹きつける体質だと自覚してしまった。だからきっと、これからは更に強い芳香を放つようになるよ」
「――そうなんですか?」
唐突に始まった話に、鈴花は何度かまばたきをした。
疲労で鈍くなった思考をなんとか働かせ、夏々地の話についていけるように。
「だから出かけたいなんて言わないで。下手をしたら君は他のあやかしの餌食になってしまう。力の強いあやかしなら、君を花嫁にしたくて攫うだろうね。けど、弱いあやかしに捕まったら……君はきっと文字通り喰われてしまうよ。弱い奴らにとって君は、極上の餌であると同時に、更なる力を得られる妙薬でもあるのだから」
淡々と囁かれる内容に、鈴花は顔を引きつらせた。
生きながら貪り食われるのを想像して、全身に鳥肌が立った。
彼の言葉には嘘はないようだ。
「分かりました。出かけたいなんて言いません。――私、もう一生この屋敷から出てはいけないんでしょうか?」
命は惜しい。だから、仕方ないとは思っているけれど、それでも外を歩けないのは寂しい。
「もうちょっとだけ待って」
「何か解決策があるんですか?」
「君はこの里の食べ物を食べたろう? それで此の世の者になった。だから、ただの人間よりはあやかしの気配や殺気に敏くなったはずだよ――ああ、言い忘れたけれど、此の世のものを食べたら人の世に戻るのは難しいので、うっかり出たりしないでね」
付け加えられた言葉に、鈴花は『ん?』と思った。
「涼さん、私、初日の晩ご飯からいただいちゃいましたけど……」
今の話で言えば、あの時点でもう人の世界には帰れなくなっていたはずだ。
「ごめん。はじめから帰す気はなかったから、食べさせちゃった。既成事実ってやつ?」
「涼さん!! そんな大事なこと、しれっと言わないでください!!」
さすがに腹が立った。人の世に戻る気はとうになくなっていたものの、それとこれとは違う話だ。
だが、怒るよりも先ほどの話を聞きたい。
「――まあ、いいです。それより解決策ってなんですか?」
「此の世の者になったってことは、君もあやかしに準じるものになった。あやかしはみなどこかの里――領地みたいなものかな?――に所属している。勝手に他の里の者を襲ってはいけないという不文律があるからある程度は君の安全が保たれる。それと……」
「それと?」
「君に僕の匂いがたくさんつけば、おいそれと手出しするあやかしはいなくなるよ。蛇の里の主を敵に回そうなんて愚か者はそういない。……というわけで」
鈴花は『どうやって匂いをつけるの?』と考えていたが、夏々地が覆い被さってきたことで全てを察知した。
「や! やです、涼さん! わ、私、怒ってるんですからね!?」
「本当にごめんね、鈴花。どうしても君が欲しかったんだ。蛇はね、執着心が強いんだ。一度愛したらとことん愛し抜くよ。この先、ずっと、未来永劫、想うのは君ただ一人。だから許して?」
「そんな簡単に、絆されないんだから……」
強がってみたものの、切ないほど真摯な眼差しで見つめられて、既に心はぐらついている。
「絆されてよ、鈴花」
「そんな目で見られたら、怒っていられないじゃないですか。涼さん、狡い」
「狡くていいよ、君が許してくれるなら」
即答に鈴花が笑う。
「今度からはちゃんと言ってくださいね?」
「努力する。でも、君を守るためならいくらでも秘密を作るよ」
否定も肯定もしないのは、彼なりの誠意だろう。
「仕方ないですね。それで妥協します」
鈴花がそう言うと、夏々地は晴れ晴れと笑った。
「じゃあ、そういうことで。たくさん僕の匂いをつけてあげるから、いい声で啼いてね?」
「え!?」
なぜそう言う展開になるのかと目を白黒させる鈴花の唇を、夏々地は赤い唇で覆った。
薄く開けられた隙間から、長い舌がスルリと口腔に忍び込んだ。
「ん……!」
鈴花は、夏々地の肩をパタパタと叩いて抵抗の意を示したものの、やがて縋りつくように彼の首に腕を回した。
「愛してるよ、鈴花」
赤く染まった目を爛々と光らせて、夏々地が囁く。彼の手は楽器を奏でるかのような繊細な動きで鈴花の身体をまさぐっている。
「は……んっ……わ、たしも……」
快楽に堕とされながら、鈴花は途切れ途切れに応えた。
太陽は既に西に傾き始めていたが、淫靡に身体を絡める二人に時間は関係なかった。
1
お気に入りに追加
347
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
冷酷無比な国王陛下に愛されすぎっ! 絶倫すぎっ! ピンチかもしれませんっ!
仙崎ひとみ
恋愛
子爵家のひとり娘ソレイユは、三年前悪漢に襲われて以降、男性から劣情の目で見られないようにと、女らしいことを一切排除する生活を送ってきた。
18歳になったある日。デビュタントパーティに出るよう命じられる。
噂では、冷酷無悲な独裁王と称されるエルネスト国王が、結婚相手を探しているとか。
「はあ? 結婚相手? 冗談じゃない、お断り」
しかし両親に頼み込まれ、ソレイユはしぶしぶ出席する。
途中抜け出して城庭で休んでいると、酔った男に絡まれてしまった。
危機一髪のところを助けてくれたのが、何かと噂の国王エルネスト。
エルネストはソレイユを気に入り、なんとかベッドに引きずりこもうと企む。
そんなとき、三年前ソレイユを助けてくれた救世主に似た男性が現れる。
エルネストの弟、ジェレミーだ。
ジェレミーは思いやりがあり、とても優しくて、紳士の鏡みたいに高潔な男性。
心はジェレミーに引っ張られていくが、身体はエルネストが虎視眈々と狙っていて――――
竜の末裔と生贄の花嫁
砂月美乃
恋愛
伯爵令嬢アメリアは、実は王家の血を引く娘。ある日義父に呼び出され「竜の花嫁」になれと言われる。それは生贄だ、と世間では言われているけれど……?
その身に竜の特徴《しるし》を持つとされる男と、その「竜」の番《つがい》になった娘の物語。
Rシーンには★、それに準ずるシーンには☆をつけます。中盤以降の予定です。
【R18】助けてもらった虎獣人にマーキングされちゃう話
象の居る
恋愛
異世界転移したとたん、魔獣に狙われたユキを助けてくれたムキムキ虎獣人のアラン。襲われた恐怖でアランに縋り、家においてもらったあともズルズル関係している。このまま一緒にいたいけどアランはどう思ってる? セフレなのか悩みつつも関係が壊れるのが怖くて聞けない。飽きられたときのために一人暮らしの住宅事情を調べてたらアランの様子がおかしくなって……。
ベッドの上ではちょっと意地悪なのに肝心なとこはヘタレな虎獣人と、普段はハッキリ言うのに怖がりな人間がお互いの気持ちを確かめ合って結ばれる話です。
ムーンライトノベルズさんにも掲載しています。
慰み者の姫は新皇帝に溺愛される
苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。
皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。
ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。
早速、二人の初夜が始まった。
寡黙な彼は欲望を我慢している
山吹花月
恋愛
近頃態度がそっけない彼。
夜の触れ合いも淡白になった。
彼の態度の変化に浮気を疑うが、原因は真逆だったことを打ち明けられる。
「お前が可愛すぎて、抑えられないんだ」
すれ違い破局危機からの仲直りいちゃ甘らぶえっち。
◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。
【R18】軍人彼氏の秘密〜可愛い大型犬だと思っていた恋人は、獰猛な獣でした〜
レイラ
恋愛
王城で事務員として働くユフェは、軍部の精鋭、フレッドに大変懐かれている。今日も今日とて寝癖を直してやったり、ほつれた制服を修繕してやったり。こんなにも尻尾を振って追いかけてくるなんて、絶対私の事好きだよね?絆されるようにして付き合って知る、彼の本性とは…
◆ムーンライトノベルズにも投稿しています。
[R18]引きこもりの男爵令嬢〜美貌公爵様の溺愛っぷりについていけません〜
くみ
恋愛
R18作品です。
18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。
男爵家の令嬢エリーナ・ネーディブは身体が弱くほとんどを屋敷の中で過ごす引きこもり令嬢だ。
そのせいか極度の人見知り。
ある時父からいきなりカール・フォード公爵が婚姻をご所望だと聞かされる。
あっという間に婚約話が進み、フォード家へ嫁ぐことに。
内気で初心な令嬢は、美貌の公爵に甘く激しく愛されてー?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
ヤンデレ
ご感想ありがとうございます!