あやかしの花嫁~白の執心~

永久(時永)めぐる

文字の大きさ
上 下
8 / 10

8.閑話:執着は三者三様

しおりを挟む
 日はとうに暮れている。
 ぽつりと明かりが灯った部屋に、夏々地がひとり脇息にもたれてくつろいでいた。
 襟元を大きく開け着崩した姿は、滴るような色気に満ちている。
 疲れ切った鈴花は別の部屋で昏々と眠っているため、ここにはいない。
 それを寂しく感じているのか夏々地は鈴花の眠る部屋のほうへ視線を向けてから、おもむろに口を開いた。 

「青、いるかい?」
「はい」

 音もなく障子が開くと、青が姿を現した。

「入れ」
「失礼いたします」

 短いやりとりの後、青は夏々地の目の前に端座した。

「報告を」

 それで全てを承知した青は、小さく頷くと小声で話しはじめた。

「結論から申します。涼様のご心配通り、鈴花様は勤務していた会社の上司から、性的な嫌がらせともとれる言葉をかけられていたようです。調べにあたった蓮と彗から詳しい報告をさせます。 ――蓮、彗、おいでなさい」

 青が外に向かって声をかければ、青によく似た面差しの女性二人が姿を現した。
 二人の違いはといえば髪に挿したかんざしの飾りくらいだろうか。それぞれ蓮の花をもしたもの、星の飾りが揺れるものをつけている。

「主様、蓮にございます」
「彗にございます」

 面差しも似ているが声もよく似ている。

「ご苦労だった。早速報告をしてくれ」
「はい。鈴花様はいわゆる『ブラック企業』にお勤めでした。直接の上司は戸波とばという男でございます」
「この戸波ですが、なかなか面白い男でございまして、いつの時代に混じったものか、あやかしの血がほんの少し流れておりました」

 夏々地の眉がピクリと動く。

「なるほどな。それで鈴花の匂いに引かれたわけか」
「鈴花様が優しいお方でしたので、大ごとにはならなかったようですが、就業中も、終業後も執拗に付き纏っては暴言を吐いていたようです」

 少し話を聞いただけでも、無性に腹立たしかった。
 戸波という男、自分があやかしの血を引いているなどとは微塵も思わなかっただろう。だが、妙に鈴花に惹かれ惹かれて、立場を利用して散々彼女を苛めたのだろう。
 想像すると自分の手で四肢を引きちぎってやりたくもあったが……。

「主様、いかがなさいますか?」

 青のひと言で我に返った。
 冷静を装っているが、鈴花のことを気に入ってる彼女も怒っているようだ。長い付き合いゆえに言葉に滲んだ機微が分かる。

「そうだねぇ。私がこの手でいたぶってやりたいところだが……。今は少しの間でも鈴花のそばを離れたくはないなぁ。そんな酷い目に遭ったのなら、少しでも早く傷を癒してあげたいからね」

 心底困ったというふうにため息をつく。
 夏々地の様子を見て、彗と蓮が顔を見合わせて頷いた。

「ならば……」
「ならば……」
「わたくしたちにお任せくださいませ」
「わたくしたち、あの男が気に入ってしまいました」

 二人は三つ指をついて頭を下げる。

「君たちに任せたとしたら、どうする?」

 夏々地の問いに、二人は顔を上げて艶然と微笑んだ。

「念入りに可愛がりたく存じます」
「あれはあやかしの血を引く者。普通の人間と違ってすぐ壊れたりはいたしませんでしょう?」
「ゆっくり締め上げて、生かさず殺さず」
「何もかもを取り上げて、生かさず殺さず」
「もう殺してくれと叫ばせてからが本番」
「頼むから死なせてくれと乞われてからが佳境」

 そこに獲物がいるかのように、二人はうっとりとした目付きになる。その目には残忍な光がゆらゆらと浮かぶ。

「主様に失望はさせませんわ」
「むしろ、そこまでするかと呆れるほど、長くいたぶって見せましょう」

 まるで楽しくて仕方がないと言わんばかりの声色で告げた。

「それなら君たちに頼もうかな。たまに話を聞かせておくれ、蓮、彗」
「はい、喜んで」
「仰せのままに」

 丁寧に頭を下げると、二人は静かに退室した。
 障子がしまると同時に廊下から彼女たちの楽しげな忍び笑いが聞こえてきた。

「ねえ、彗。まずはどうやっていたぶろうかしら?」
「そうねえ、蓮。まずは社会的抹殺というのをしてみない?」
「あら、面白そうね。どうやってやるの?」
「そうねえ……」

 お喋りはどんどん遠ざかっていく。
 聞くとも無しに聞いていた夏々地は楽しそうに笑い、逆に青は頭が痛いとばかりにこめかみに指をあてた。

「行儀のなっていない妹たちで申し訳ございません。――本当にあの子たちに任せてよかったのでしょうか?」
「もちろん。僕は鈴花と離れたくないし、彼女たちは戸波とかいう男を気に入った。なら問題はない。きっと僕の想像以上にいい働きをしてくれるよ。――蛇が何かを気に入ったらとことん執着するのは、君だって身を持って知っているだろう?」

 夏々地がからかうような声色で言う。

「あら、涼様ったら。意地悪をおっしゃいますのね」
「意地悪じゃなくて本当のことだろう?」
「私は主人を心から愛しておりますのよ。妹たちのように気に入った男を苛める趣味はございませんわ」

 青の目がすうっと笑みの形に細まった。
 ここにはいない誰かを思い浮かべたような表情だ。

「涼様。わたくしはそろそろお暇いたしますわ。あまり家をあけると主人がまたおいた・・・をしますので」
「君も大変だね。――好きになるならもっと一本気な男を選べばよかったのに」
「それができたら苦労はしませんわ」

 青は袖で口をかくし、コロコロと笑った。苦労など微塵も感じていない声ぶりだ。

「浮気性の根無し草もなかなか可愛いものですのよ? どんなにフラフラしても最後には私の元に帰ってくるんですもの」
「フラフラする前に捕まえて、お仕置きしてるんじゃないのかい?」
「まあ、そんな。嫌ですわ」

 青は再びコロコロと綺麗な声で笑う。
 つられたように夏々地も小さく笑った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

処理中です...