あやかしの花嫁~白の執心~

永久(時永)めぐる

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8.閑話:執着は三者三様

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 日はとうに暮れている。
 ぽつりと明かりが灯った部屋に、夏々地がひとり脇息にもたれてくつろいでいた。
 襟元を大きく開け着崩した姿は、滴るような色気に満ちている。
 疲れ切った鈴花は別の部屋で昏々と眠っているため、ここにはいない。
 それを寂しく感じているのか夏々地は鈴花の眠る部屋のほうへ視線を向けてから、おもむろに口を開いた。 

「青、いるかい?」
「はい」

 音もなく障子が開くと、青が姿を現した。

「入れ」
「失礼いたします」

 短いやりとりの後、青は夏々地の目の前に端座した。

「報告を」

 それで全てを承知した青は、小さく頷くと小声で話しはじめた。

「結論から申します。涼様のご心配通り、鈴花様は勤務していた会社の上司から、性的な嫌がらせともとれる言葉をかけられていたようです。調べにあたった蓮と彗から詳しい報告をさせます。 ――蓮、彗、おいでなさい」

 青が外に向かって声をかければ、青によく似た面差しの女性二人が姿を現した。
 二人の違いはといえば髪に挿したかんざしの飾りくらいだろうか。それぞれ蓮の花をもしたもの、星の飾りが揺れるものをつけている。

「主様、蓮にございます」
「彗にございます」

 面差しも似ているが声もよく似ている。

「ご苦労だった。早速報告をしてくれ」
「はい。鈴花様はいわゆる『ブラック企業』にお勤めでした。直接の上司は戸波とばという男でございます」
「この戸波ですが、なかなか面白い男でございまして、いつの時代に混じったものか、あやかしの血がほんの少し流れておりました」

 夏々地の眉がピクリと動く。

「なるほどな。それで鈴花の匂いに引かれたわけか」
「鈴花様が優しいお方でしたので、大ごとにはならなかったようですが、就業中も、終業後も執拗に付き纏っては暴言を吐いていたようです」

 少し話を聞いただけでも、無性に腹立たしかった。
 戸波という男、自分があやかしの血を引いているなどとは微塵も思わなかっただろう。だが、妙に鈴花に惹かれ惹かれて、立場を利用して散々彼女を苛めたのだろう。
 想像すると自分の手で四肢を引きちぎってやりたくもあったが……。

「主様、いかがなさいますか?」

 青のひと言で我に返った。
 冷静を装っているが、鈴花のことを気に入ってる彼女も怒っているようだ。長い付き合いゆえに言葉に滲んだ機微が分かる。

「そうだねぇ。私がこの手でいたぶってやりたいところだが……。今は少しの間でも鈴花のそばを離れたくはないなぁ。そんな酷い目に遭ったのなら、少しでも早く傷を癒してあげたいからね」

 心底困ったというふうにため息をつく。
 夏々地の様子を見て、彗と蓮が顔を見合わせて頷いた。

「ならば……」
「ならば……」
「わたくしたちにお任せくださいませ」
「わたくしたち、あの男が気に入ってしまいました」

 二人は三つ指をついて頭を下げる。

「君たちに任せたとしたら、どうする?」

 夏々地の問いに、二人は顔を上げて艶然と微笑んだ。

「念入りに可愛がりたく存じます」
「あれはあやかしの血を引く者。普通の人間と違ってすぐ壊れたりはいたしませんでしょう?」
「ゆっくり締め上げて、生かさず殺さず」
「何もかもを取り上げて、生かさず殺さず」
「もう殺してくれと叫ばせてからが本番」
「頼むから死なせてくれと乞われてからが佳境」

 そこに獲物がいるかのように、二人はうっとりとした目付きになる。その目には残忍な光がゆらゆらと浮かぶ。

「主様に失望はさせませんわ」
「むしろ、そこまでするかと呆れるほど、長くいたぶって見せましょう」

 まるで楽しくて仕方がないと言わんばかりの声色で告げた。

「それなら君たちに頼もうかな。たまに話を聞かせておくれ、蓮、彗」
「はい、喜んで」
「仰せのままに」

 丁寧に頭を下げると、二人は静かに退室した。
 障子がしまると同時に廊下から彼女たちの楽しげな忍び笑いが聞こえてきた。

「ねえ、彗。まずはどうやっていたぶろうかしら?」
「そうねえ、蓮。まずは社会的抹殺というのをしてみない?」
「あら、面白そうね。どうやってやるの?」
「そうねえ……」

 お喋りはどんどん遠ざかっていく。
 聞くとも無しに聞いていた夏々地は楽しそうに笑い、逆に青は頭が痛いとばかりにこめかみに指をあてた。

「行儀のなっていない妹たちで申し訳ございません。――本当にあの子たちに任せてよかったのでしょうか?」
「もちろん。僕は鈴花と離れたくないし、彼女たちは戸波とかいう男を気に入った。なら問題はない。きっと僕の想像以上にいい働きをしてくれるよ。――蛇が何かを気に入ったらとことん執着するのは、君だって身を持って知っているだろう?」

 夏々地がからかうような声色で言う。

「あら、涼様ったら。意地悪をおっしゃいますのね」
「意地悪じゃなくて本当のことだろう?」
「私は主人を心から愛しておりますのよ。妹たちのように気に入った男を苛める趣味はございませんわ」

 青の目がすうっと笑みの形に細まった。
 ここにはいない誰かを思い浮かべたような表情だ。

「涼様。わたくしはそろそろお暇いたしますわ。あまり家をあけると主人がまたおいた・・・をしますので」
「君も大変だね。――好きになるならもっと一本気な男を選べばよかったのに」
「それができたら苦労はしませんわ」

 青は袖で口をかくし、コロコロと笑った。苦労など微塵も感じていない声ぶりだ。

「浮気性の根無し草もなかなか可愛いものですのよ? どんなにフラフラしても最後には私の元に帰ってくるんですもの」
「フラフラする前に捕まえて、お仕置きしてるんじゃないのかい?」
「まあ、そんな。嫌ですわ」

 青は再びコロコロと綺麗な声で笑う。
 つられたように夏々地も小さく笑った。
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