臨時受付嬢の恋愛事情

永久(時永)めぐる

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フェア書き下ろし

初めての冬が来る

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電子書店『どこでも読書』様で開催されました『冬のエタニティフェア2013』用に書下ろした短編(2013.11.29より期間限定配信)の再掲載となります。
※出版社より許可を得て掲載しております。
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『誕生日はいつ?』

 それは付き合い始めた二人が交わす会話の中でもっともポピュラーな部類に入る話題だと思う。私たちも御多分に漏れず、付き合い始めた頃にそんな会話をした覚えがあった。
 初めてふたりで旅行に出かけた時のことだった。ハンドルを握り前を見つめる和司さんの横顔に見惚れながら、でも見つめてるとはばれたくなくてチラ見を重ねながら交わした会話をおぼろげながら思い出した。
 あの時の私は期待や不安や緊張がごちゃまぜになってしまっていた。目も当てられないくらい浮き足立っていたからかなり変な受け答えをしたはずなんだけど、和司さんはそういうのを全く気にせず始終楽しそうにしてくれていた。
 大事な思い出ではあるけれど、結構いろいろやらかしたので恥ずかしい記憶だったりもする。いつか全部まとめて良い思い出になれば良いんだけれど!
 あの旅行はゴールデンウィークだったから、もう半年も前のことになるんだなぁ。
 顔を上げて周りを見渡せば、街路樹は葉を赤や黄に染めあげている。吹いてくる風ももう冷たくて、街はすっかり晩秋の気配だ。
 ハロウィンが終わって、つい先日までジャック・オ・ランタンや魔女や黒猫たちで飾り付けられていたショーウィンドウはクリスマス仕様に変わっていた。
 並んで歩く和司さんは冷たい風も気にせず、背筋をまっすぐ伸ばして前を見ている。その横顔があの日と重なるようで重ならないのは、きっと私があの時よりも隣にいることを当たり前だと思っているから。

「どうかした?」

 視線に気付いた彼が私に向き直る。

「いいえ。少し昔のことを思い出してただけです」
「昔のこと?」
「ゴールデンウィークの時、誕生日の話したじゃないですか。あれを思い出してました」

 本当に他愛もない会話だったから、もう和司さんは忘れているかもしれないけれど。

「ああ、あれか。俺も覚えてるよ。……そっか、来月だ」

 彼の言葉の後半は独り言のように遠くを見ながらだった。何を指して彼がそう言っているのか分かっているから、私はそれに無言で頷いた。



◆◇◆◇◆◇◆



「ねぇ、雪乃って誕生日はいつ? 雪乃って言うからには冬生まれでしょ?」

 前を見つめながら和司さんがそう尋ねてきたのは、渋滞を避けて山道にハンドルを切ってしばらくしてからだった。もうすぐ山の上の展望台兼休憩所に差しかかるというくらいだったので、窓からの眺めが素晴らしかった。
 眼下遠くで海が光り、海岸線に沿って広がる街はミニチュアのように見えた。それに夢中だった私は彼の問いかけで現実に引き戻された。

「誕生日ですか? 十二月ですよ。十二月二十日」

 何気なく答えたら和司さんが驚いたような声を上げので、私までつられて驚いて、運転する彼の横顔をまじまじと見つめた。それに気が付いた彼はバツが悪そうな顔をして「ごめん」と謝ってから

「俺も十二月生まれなんだ。十二月十日。雪乃とはちょうど十日違いかぁ」

 と感慨深げにため息をついた。

「誕生日のお祝い、まとめて出来ますね」

 悪戯っぽく答えたら

「でもそれだと祝う機会がひとつ減っちゃうね」

 なんてネガティブな答えが笑いを含んで返って来た。

「じゃあ例え十日違いでも別々にお祝いします?」

 言っては見たものの、十二月は他にクリスマスもあるし忘年会もあるし、ご馳走を食べる機会が多いわけだから、外食はちょっと食傷気味になりそうだなぁと心の底で思ったりしていた。

「十二月って結構忙しいし、予定合わせるのも難しそうだよね。でも纏めてやるのもなぁ」

 困ったと言わんばかりの和司さんの口調に私は小さく笑った。

「笑ったな!」
「あ、ごめんなさい。……でもまだ半年も先の話ですよ?」

 そんなに先のことを真剣に悩むなんて面白いなぁって思うんだけど。

「半年『も』じゃないよ。半年なんてあっという間だ」
「そういうものでしょうか」
「じゃあ雪乃。試しに今までの半年を振り返ってみなよ」

 言われて半年間を振り返ってみたら……。最後の三か月が波乱万丈すぎて半年前が遠い昔に思える。
 正直にその話をしたら、和司さんは苦笑いを浮かべながら

「ごめん。例えが悪かったね」

 なんて言っていた。
 最後の三か月が大波乱だったのは彼絡みの出来事だ。それなのに他人事みたいな言い方がおかしくて私はふき出した。



◆◇◆◇◆◇◆



 あの時の私は彼の言うことに懐疑的だったけれど、過ぎてみれば和司さんの言う通り本当にあっという間だった。

「あの時和司さんが言った通りでしたね」
「何が?」

 あのやり取りは覚えてないんだろうか? 和司さんは不思議そうに私の顔を覗き込んだ。

「半年なんてあっという間だって」
「ああ! あれか。そっか。あれからの半年は雪乃にとってあっという間だったんだ」
「和司さんは長かったんですか?」
「いや、おれもあっという間だった。特に雪乃といる時間は本当に過ぎるのが早い」

 そんなことを言いながら彼はつないだ手に力を込めた。満面の笑みを見せられて、頬がかっと熱くなった。
 半年経っても彼の笑顔に弱いのは変わっていないみたいだ。

「そ、そういうことをサラッと言わないでください!」

 なんだか悔しくなって私は視線を逸らした。

「えー? 本当のことなんだから別にいいだろ?」

 少しのことで慌てふためく私の態度に慣れている和司さんは気にしたふうもなくそんな言葉を返してくる。

「ところでさ、雪乃。来月の誕生日どうしようか? どこかでゆっくりお茶でも飲みながら相談しない? ……ちょうどあそこに雪乃が好きそうな店あるし、行こうか!」
「え? わっ! そんな急に引っ張らないでくださいってばー!」

 彼が向かう先には小さなカフェが一軒。和司さんが言う通り、確かに私好みのお店だ。
 半ば強引に引っ張られて焦りながら、どんなメニューが置いてあるのかな? なんて考えちゃうところは我ながらちゃっかりしてる。
 毎回毎回こんなふうに強引に誘ってくれるのは、もしかして彼の気遣いなのかもしれない。店に入ってすぐ、私はそんなことを思った。
 自覚していたよりもだいぶ体が冷えていたらしく、店内の暖かい空気に触れた途端、全身に入っていた力が抜けて、ほうっとため息がでた。

「暖かい……」

 呟く私を見下ろしながら彼は目を細めて笑った。
 別にやせ我慢をしてるつもりも、無理してるつもりもなかったんだけど、気を遣わせちゃった。
 ごめんなさいと言いそうになって、慌ててありがとうと言いかえると、彼はますます笑みを深くした。
 店員さんの案内で席について、一通り注文を終えて落ち着けばふたりの間に小さな沈黙が漂う。さっきまで店内に流れていたショパンの舟歌はいつの間にか雨だれの前奏曲に変わっていた。
 窓の外に見える空はどんよりと曇っていて今にも雨が降り出しそうだ。今日はこの少し先にあるアウトレットで買い物をするつもりで出てきたけれど、帰るまで雨が降らないといいなぁ。雨の日だって嫌いじゃないけど、それは一日外出しないですむ時に限定。冷たい雨の中を荷物を抱えて歩くのは遠慮したい。

「あのさ」

 私と同じように窓の外を見つめていた和司さんが口を開いた。

「子どもの頃、誕生祝いとクリスマス、一緒にされたりしなかった?」

 唐突な質問に、私は幼いころの記憶を手繰り寄せる。ほんの五日違いのクリスマス。

「あ、確かにそうかも」

 さすがに誕生日当日はおめでとうって言ってくれたし、プレゼントも貰ったけど、確かにお祝いの御馳走を食べるのはクリスマスイブの夜にまとめてだった気がする。

「だろ? 俺もそうだったんだよね。二週間も違うのにさ」

 二週間と言うのは確かに微妙なずれだ。遠すぎる気もするし、近い気もする。

「親父は忙しい身だし、そうそう何度も早く帰宅できない。大人になってみればよく理解できるんだけどさ、子供の頃はどうしても割り切れなくてね。十二月生まれは損だなんて思ったんだよな」
「私も思ってました! って言っても和司さんのお父さんほどうちの父は忙しいわけじゃなかったんですけど……。あれはちょっと寂しかったなぁ。でも『一緒で良いでしょう?』って母に言われれば、『ちゃんと誕生日にお祝いしてくれなきゃ嫌だ』なんてわがまま言えなくて」
「子どもだって親が忙しいのは分かるもんな。結構言いたい放題して育って来たけど、俺もそれは言えなかったよ」

 言いたい放題……何となく想像がつくような、つかないような。頭の中に、前に写真で見た小さい頃の和司さんがダダをこねてる図が浮かんできて、思わず笑みがこぼれた。

「じゃあ、やっぱり今年は個別にお祝いしましょうか?」

 クリスマスと一緒にされてた子ども時代のかわりに。私じゃ和司さんの家族のかわりにはなれないかもしれないけど。

「うーん。それは嬉しいんだけど現実問題として難しくない? 雪乃、十二月の予定は?」
「えーと……。あ。年末調整……」

 担当の人事課だけではチェックが追いつかなくて、毎年私もお手伝いしてる状態なので確かに忙しいと言えば忙しい。と言っても、定時では帰れないかもしれないけど、やりくりすれば何とか夕食を一緒出来るくらいの時間には会社を出られると思うけど。
 でもきっと和司さんは『そこまで無理しなくていい』って言うだろう。そして逆に私だって、自分の誕生日のために和司さんに無理してほしくない。

「だろ? だからさ、前に雪乃が言った通り纏めてお祝いが良いと思うんだ」

 あの時の会話、和司さんはそこまで覚えててくれたんだ。少し驚いた。

「君と俺の誕生日の間には必ず土日が挟まれるだろ? その日に合同で祝おうよ。朝から出かけてお互いのプレゼントを選んで、時間があまったらのんびり遊んで、夜にはご馳走を食べる。……ちょっと合理的すぎるかな?」

 少し首を傾げて私の意見を促す。

「良いと思います!」
「良かった~。『クリスマスと一緒にするのとどこが違うの!?』って言われたらどうしようかと思った」

 彼はほっとした様子で椅子の背もたれに体を預けた。

「そんなこと言いません! だって纏めてって最初に言いだしたの私ですし、それに……」

 クリスマスと合同なのとは全然意味が違う。一日中私は和司さんの誕生日を思うことが出来て、逆に和司さんには私の誕生日に思いを馳せて貰えるってことでしょう?
 お互い相手が生まれてきたことを喜べる日。そして大好きな人に生まれたことを喜んでもらえる日。それはとても大切な一日に違いない。

「それに? それに、なに?」

 私が言いよどんだ先を尋ねる。真っ直ぐ向けられた彼の目が少し悪戯っぽく煌めいていた。きっと彼は私の考えてることなんてお見通しなんだ。それなのにわざと聞いてくるんだから意地悪だ。

「分かってるくせに」

 ちょっと熱くなった頬を持て余しながら、私はまた窓の外に視線を投げた。

「うん。まあね」

 私の言うことをさらりと肯定して、和司さんもまた窓の外に顔を向けた。
 外は相変わらずの曇り空。でもまだ雨粒が落ちてきてはいない。
 彼と私の合同誕生日はきっと今日よりもっと寒いはず。そんな中、寒さなんて感じてないように平然と前を向く和司さんと、今より着ぶくれて背を丸めた私。手を繋ぎながら楽しげな顔でこの街を歩くんだろう。
 窓の外を行き交う恋人たちに来月の自分たちを重ねながら、私は早く来月が来ればいいのにと思いつつ、運ばれて来た熱い紅茶に口をつけた。




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