臨時受付嬢の恋愛事情

永久(時永)めぐる

文字の大きさ
上 下
9 / 12
エンゲージリングと無数の星

2話:真夜中の電話

しおりを挟む


「……と言うわけでちょっと四国まで行ってきますね。帰りは来週の金曜日になる予定です」
『そっか。来週の金曜……ああ、十四日だね。気を付けて行ってらっしゃい』

 携帯電話から流れてくる和司さんの声には少しノイズが混じっている。
近くの営業所から人を回すって言っても、たいてい事務の女の子ってひとりだもんなぁ。としたら、この時期はどこもいっぱいいっぱいで、人を回すわけにはいかないってことか』

 特に営業所は本社よりちょっと早めに忙しい時期がやってくるから。私だって営業所にいた頃は二月に入るを何かとせわしなかった覚えがある。

「営業所から本社に移ってずいぶん経ちますし、自分では覚えてるつもりでも色々と忘れてると思うんです。私で役に立てるのか少し不安で」
『大丈夫だよ』

 歯切れが悪い私とは裏腹に、明快な答えが返ってきて、少し面食らった。

『意外と覚えてるもんだよ。それに、あのエリアの担当って酒井さんたちのグループだったよね? もう彼女にも協力頼んだんでしょ?』
「はい」

 課長から出張を言い渡されてからすぐ美香ちゃんとアポを取って、最新の営業事務のマニュアルを貰ったし、近年の変更点もざっと聞いておいた。
 事情を話したら彼女は「こんな時期に災難だねぇ」とため息をつき、それから気を取り直したように明るい声で「わからないことがあったらいつでも連絡して!」と言い、私の背中をバンバン叩いた。
 彼女も課長みたいにバレンタインデーの心配をしてくれたみたいで、くすぐったいような恥ずかしいような。

『それにさ。営業から人を回すんじゃなくて、総務の雪乃が呼ばれたってことはおそらく、新人教育も大事だけど、それ以上に立ち上げ関連の即戦力が欲しいってことなんだと思うよ。 色々考慮したうえで雪乃が適任とみなされたんだから、下手に悩むより腹を据えて頑張っておいで』
「はい……」

 なんて答えていいのかわからなくて、また煮え切らない返事になっちゃった。電話の向こうでふっと笑う気配がする。

『大丈夫だって。雪乃のことだから手を抜いたりしないってわかってるし、ちゃんと周りに気を配れるから空回りしないだろうことも分かってる。だから、俺は君が出張先で下手を打つなんて思わないな。毎日雪乃の仕事ぶりを見てる飯沼課長だってそれが分かってて君を選んだんだと思う。いい経験になると思うよ。頑張って行っておいで』
「――はい。和司さんと話しているうちに、大丈夫な気がしてきました」
『うん。その調子』

 こういう時の和司さんの慰め方って本当に上手だなって思う。話を聞いているうちにいつの間にか不安が薄れて、何だか出来そうな気になって来るんだから。
 それからしばらく他愛もない話を続けて、日付が変わる前には通話を切った。
 相変わらず和司さんは忙しくて、最近はなかなかゆっくりと話せなかったんだけど、今日は久々にのんびり話ができてよかった。
 不安も寂しさも全部消えて、後には暖かい気持ちと、心地よい睡魔だけが残った。



 それから出張まではあっという間。
 一週間分の荷物って何をどのくらい持って行けばいいの!? から始まって、留守にする間の段取りや何かでバタバタと日々が過ぎ、合間合間で美香ちゃんからもらったマニュアルを読み、質問があれば彼女に教えてもらって。
 気がつけば当日で、私はあたふたと朝一番の飛行機に飛び乗っていた。
 和司さんに行ってきますのメールを入れる余裕もなく、そう言えば私がこっちに戻ってくる十四日の彼の予定を聞くのを忘れてたと気が付いたときには既に雲の上。
 思わず「あ!」っと小さな声を上げ、隣の席の方に「ご気分でも悪いのですか?」と心配されてしまった。苦笑いと共に少々連絡を忘れてしまいましてと弁明する。
 窓の外は水色の冬の空が広がって、眩しいくらいにいい天気だ。
 少し窓に顔を寄せて覗き込めば陸地は遥か下方。
 飛行機ならたった一時間ちょっとで着くけれど、距離にしたらだいぶ遠い。そう言えば、付き合い始めてからこんなに遠く離れることって初めてかも。
 飛行機を降りて向こうについたらきっと緊張の連続で悠長に物思いにふけってる時間なんてないと思うから、こんなことを考えてられるのは今のうちだけだ。
 と思ったけど、空の旅は短い。
 感傷に浸るよりも、やらなきゃいけないことがあるでしょ!
 バッグの中からこれから使う資料や、スケジュール表、新営業所までのルートをプリントアウトした紙をまとめて引っ張りだした。
 向こうへ着いてから慌てないように、もう一度復習しておかなきゃね!

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りな妻は何を思う

湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。 彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。 次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。 そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

忘れられた幼な妻は泣くことを止めました

帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。 そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。 もちろん返済する目処もない。 「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」 フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。 嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。 「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」 そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。 厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。 それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。 「お幸せですか?」 アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。 世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。 古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。 ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。 ※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

処理中です...