臨時受付嬢の恋愛事情

永久(時永)めぐる

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エンゲージリングと無数の星

2話:真夜中の電話

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「……と言うわけでちょっと四国まで行ってきますね。帰りは来週の金曜日になる予定です」
『そっか。来週の金曜……ああ、十四日だね。気を付けて行ってらっしゃい』

 携帯電話から流れてくる和司さんの声には少しノイズが混じっている。
近くの営業所から人を回すって言っても、たいてい事務の女の子ってひとりだもんなぁ。としたら、この時期はどこもいっぱいいっぱいで、人を回すわけにはいかないってことか』

 特に営業所は本社よりちょっと早めに忙しい時期がやってくるから。私だって営業所にいた頃は二月に入るを何かとせわしなかった覚えがある。

「営業所から本社に移ってずいぶん経ちますし、自分では覚えてるつもりでも色々と忘れてると思うんです。私で役に立てるのか少し不安で」
『大丈夫だよ』

 歯切れが悪い私とは裏腹に、明快な答えが返ってきて、少し面食らった。

『意外と覚えてるもんだよ。それに、あのエリアの担当って酒井さんたちのグループだったよね? もう彼女にも協力頼んだんでしょ?』
「はい」

 課長から出張を言い渡されてからすぐ美香ちゃんとアポを取って、最新の営業事務のマニュアルを貰ったし、近年の変更点もざっと聞いておいた。
 事情を話したら彼女は「こんな時期に災難だねぇ」とため息をつき、それから気を取り直したように明るい声で「わからないことがあったらいつでも連絡して!」と言い、私の背中をバンバン叩いた。
 彼女も課長みたいにバレンタインデーの心配をしてくれたみたいで、くすぐったいような恥ずかしいような。

『それにさ。営業から人を回すんじゃなくて、総務の雪乃が呼ばれたってことはおそらく、新人教育も大事だけど、それ以上に立ち上げ関連の即戦力が欲しいってことなんだと思うよ。 色々考慮したうえで雪乃が適任とみなされたんだから、下手に悩むより腹を据えて頑張っておいで』
「はい……」

 なんて答えていいのかわからなくて、また煮え切らない返事になっちゃった。電話の向こうでふっと笑う気配がする。

『大丈夫だって。雪乃のことだから手を抜いたりしないってわかってるし、ちゃんと周りに気を配れるから空回りしないだろうことも分かってる。だから、俺は君が出張先で下手を打つなんて思わないな。毎日雪乃の仕事ぶりを見てる飯沼課長だってそれが分かってて君を選んだんだと思う。いい経験になると思うよ。頑張って行っておいで』
「――はい。和司さんと話しているうちに、大丈夫な気がしてきました」
『うん。その調子』

 こういう時の和司さんの慰め方って本当に上手だなって思う。話を聞いているうちにいつの間にか不安が薄れて、何だか出来そうな気になって来るんだから。
 それからしばらく他愛もない話を続けて、日付が変わる前には通話を切った。
 相変わらず和司さんは忙しくて、最近はなかなかゆっくりと話せなかったんだけど、今日は久々にのんびり話ができてよかった。
 不安も寂しさも全部消えて、後には暖かい気持ちと、心地よい睡魔だけが残った。



 それから出張まではあっという間。
 一週間分の荷物って何をどのくらい持って行けばいいの!? から始まって、留守にする間の段取りや何かでバタバタと日々が過ぎ、合間合間で美香ちゃんからもらったマニュアルを読み、質問があれば彼女に教えてもらって。
 気がつけば当日で、私はあたふたと朝一番の飛行機に飛び乗っていた。
 和司さんに行ってきますのメールを入れる余裕もなく、そう言えば私がこっちに戻ってくる十四日の彼の予定を聞くのを忘れてたと気が付いたときには既に雲の上。
 思わず「あ!」っと小さな声を上げ、隣の席の方に「ご気分でも悪いのですか?」と心配されてしまった。苦笑いと共に少々連絡を忘れてしまいましてと弁明する。
 窓の外は水色の冬の空が広がって、眩しいくらいにいい天気だ。
 少し窓に顔を寄せて覗き込めば陸地は遥か下方。
 飛行機ならたった一時間ちょっとで着くけれど、距離にしたらだいぶ遠い。そう言えば、付き合い始めてからこんなに遠く離れることって初めてかも。
 飛行機を降りて向こうについたらきっと緊張の連続で悠長に物思いにふけってる時間なんてないと思うから、こんなことを考えてられるのは今のうちだけだ。
 と思ったけど、空の旅は短い。
 感傷に浸るよりも、やらなきゃいけないことがあるでしょ!
 バッグの中からこれから使う資料や、スケジュール表、新営業所までのルートをプリントアウトした紙をまとめて引っ張りだした。
 向こうへ着いてから慌てないように、もう一度復習しておかなきゃね!

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