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April Fools' Day
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今日は絶対くる。間違いなく、くる。
私は目覚ましアラームを切って、携帯をぎゅっと握った。
和司さんは今日から出張だって言ったし、来るならメールか電話だ。絶対騙されないんだから。
私は気合を入れてベッドから抜け出した。
でもエイプリルフールだからって、そればっかりにかまけてるわけにもいかない。
今日は入社式。それ自体は人事部の管轄なので、うちは会場設営を手伝うくらいであまり出番はない。
だけど、そのあとの説明会で飯沼課長が就業規則などについて簡単な説明をすることになっていて、私はその課長の補佐を仰せつかっている。
課長が説明の任にあたるのは毎年のことなのだけれど、私は初めての補佐。少し緊張して胃が重い。
ずらーっと並んだ新入社員のみんなの前で、盛大に転ぶ……なんてことやりませんように!
いやいやいや。そんなマイナスなことを考えたら本当になっちゃうかもしれないし。考えない! 考えない!!
……と緊張をどうにかしようとしているうちに、時間はあっという間に過ぎていた。
「雪乃ー? そろそろ出なくていいのー?」
「え? もうそんな時間?」
母の声で我に返って時計を見ると……
「わー! やだ、遅刻しちゃう!」
いつも家を出る時間を五分も過ぎていた。
「いってきまーす!」
「はーい、いってらっしゃーい。気をつけてねー」
バタバタする私とは裏腹の、のんびりした声が背中から聞こえた。
だいぶ暖かくなった早朝の街を全力疾走し、何とか遅刻は免れた。
◇◆◇◆◇
一日の仕事を終えて会社を出て見上げた空は、すっかり真っ暗になっていた。
私はほうっとため息をひとつついて、駅への道を歩き出した。
人前に出るとは言っても、喋るわけじゃない。思ったよりあがらなかったし、ミスもしなくて済んだ。
ずっと気がかりだった大役を終えてホッとしたような、どっと疲れたような気持ちでとぼとぼと歩く。
和司さん、今頃なにしてるかな? まだお仕事中かな?
今日一日、和司さんからのメールも着信もなかった。彼の性格からして、絶対エイプリルフールは何か仕掛けてくると思ったのになぁ。
警戒すると同時に少し楽しみにしていたので、何も起こらないのは寂しかった。
きっと和司さんは忙しいんだ。
だから仕方ない。そう。仕方ないんだ。
そう思っても、やっぱり寂しいものは寂しくて。自分の我がままさに、私はもうひとつため息をついた。
あーあ。私、いつの間にこんなに和司さんに依存してるんだろ……
「こんなんじゃ、いつか嫌われちゃうかなぁ」
そんなネガティブなことをつぶやいた途端、バッグの中の携帯が振動で着信を告げた。
和司さんからかも!
私は慌てて携帯を取り出した。発信者は予想通り和司さん。
ちゃんと彼の声が聴きたい。彼からの電話を歩きながら受けたくなかった。だから行き交う人の流れから逸れて、歩道の端によって立ち止まった。
「もしもし?」
少し急いた口調になったのは、少しでも早く彼の声を聴きたかったから。
『雪乃? 今、話しても大丈夫?』
懐かしいというには聞きなれすぎた、でも聞きなれたというには少し恋しすぎる声が耳元で流れた。
「大丈夫ですよ。――そちらはいかがですか?」
『ん。順調だよ。雪乃は? 今日の説明会、出たんだろ? 転んだりしてない?』
くすくすと笑う楽しげな声に、私は唇を尖らせた。
「失礼な! 今日は転びませんでしたっ!」
実は自分でも転ぶんじゃないかと思ってた……なんてことは内緒だ。
何がそんなにおかしいのか、電話の向こうで和司さんは声をあげて笑っている。面白くない。
「もう! 和司さんはいっつも私のことからかってばっかり! 用事がないならもう切りますよ!」
本当は切りたくないけど。
『ごめんごめん! もうちょっと切らないで』
と言いながらまだ笑ってる。仕方ないから彼の笑いが収まるまで待つ。
ひとしきり笑ったあと、和司さんは「ごめん」を何度か繰り返して、急にため息をひとつついて黙り込んだ。
「和司さん? どうしたんですか、急に……」
『雪乃に会いたい』
私の質問を遮るかのように、彼がぽつりと言った。
会いたいって言われても……
「出張から戻ったら会えますよ?」
たった数日のことじゃないですか、と明るく答えたけど、本当は私だって寂しい。普段だって毎日会えるわけじゃないけど、でも……
『雪乃は俺に会いたくないの?』
寂しそうな声が耳に流れ込む。
会いたくないなんて思うわけないじゃない。和司さんは意地悪だ。
「会いたいに決まってるじゃないですか」
私は行き交う人の流れを眺めながら唇を噛んだ。
街にはこんなに人が溢れてるのに、私が会いたいと思う人はここにいない。そのことがとても寂しくて。数日の辛抱だと頭では分かってるのに、感情がそれを割り切れずにいる。
「会いたいに決まってます!」
拗ねた口調でもう一度繰り返した。これじゃ、完全に八つ当たりだ。そう思ったけど、一度口を突いて出た言葉は戻せない。
仕方ないだろうって諭されるか、聞き分けがないと叱られるか、我がままだと呆れられるか。
固唾をのんで和司さんの答えを待つ私の耳に流れ込んできたのは、全く別の言葉だった。
『じゃあさ、俺を呼んでよ。今すぐそばに来いって』
「え? そんなことしても――」
無意味でしょう? 国内とはいえ、日帰りが難しい場所に出張してるんだもの。
『いいから呼んで』
「でも、それって――」
『呼んで』
私の声を遮るように、和司さんが重ねて言う。
彼がそこまで言うなら……と、彼の言う通りに呼んだ。
「和司さんに会いたい。今すぐここに来て下さい」
会いたいと口にしたら余計に会いたくなっちゃった。会えないのに。和司さんは意地悪だ。
『仰せのままに』
その声と共に私は背後から抱きすくめられた。『誰!?』と思う間もなく悟る。だってこの腕も、背中に感じる背中も、かすかに香る香水も。全部全部私のよく知るものだもの。
「か、和司さん! 出張は!?」
「ただいま、雪乃」
腕を解いた和司さんは、私の目の前に小さな紙袋を差し出した。
「お土産。雪乃、ここのお菓子、好きだって言ってたろ? 時間がなくてゆっくり選べなかったんだけどさ……」
「ありがとうございます……」
受け取ってそっと中をのぞくと、包装紙に包まれた箱が三つ。
この包装紙には見覚えがある。以前、何かの雑談のついでにこのお菓子が好きだって言ったことを思い出した。本当に何気ない雑談だったのに……
「覚えていてくれたんですか」
ぼつりと漏らすと、和司さんは笑いながら私の髪をくしゃりと撫でた。
「忘れるわけないでしょ、雪乃のことなんだから」
「――そ、そういうことをさらっと言わないでくださいっ」
そう自信満々に言って私の顔を覗き込んでくるから、真っ赤になった顔を隠すにはそっぽを向くしかなかった。
「え? 何で言っちゃ駄目なの?」
「な、何でって恥ずかしいからです!」
「ええー? 恥ずかしい? どこが?」
ますます覗き込んでくる和司さんに困った。だって、彼がこういう風になったら納得がいくまで追求の手を止めないから。
「もう知りませんっ!」
苦し紛れに逃げた。駅に向かって歩き出すと、すぐに和司さんも私の横に並ぶ。
「もしかして、雪乃、怒ってる?」
「……」
「雪乃?」
別に怒ってるわけじゃなく。ちょっと気にかかったことがあって黙り込んでいただけだ。私は頭に浮かんだ疑問を、和司さんに尋ねてみることにした。
「今日の出張って、もしかして日帰りの予定だったんですか?」
「え? うん。まぁね」
歯切れの悪い返事だ。
「確か『日帰りは少し難しい』って言ってましたよね? ……騙したんですね?」
「人聞きの悪いこと言うなよ。難しいって言っただけで、無理だとは言ってない」
こ、この人は!
私はようやく理解した。これが和司さんのエイプリルフールの嘘だったんだ。いや、嘘というよりいたずらに近いけど!
「……私、怒りました。今度は本当に怒りました!」
「ご、ごめん!」
歩く速度を速めた私に慌てて走り寄る和司さん。その彼を無視して歩くこと数分。
「雪乃! ごめん。俺が悪かった」
「怒ってません」
赤信号で立ち止まったのを契機にネタばらし。
「え?」
「エイプリルフールですから。嘘をついてみました」
驚きました? と尋ねると、彼はがっくりと肩を落とした。
「良かった! 本気で焦った……」
「仕返しです。さっきは本当に驚いたんですからね?」
「ごめん」
ともう一度和司さんが謝る。その彼に向かって私も「ごめんなさい」と頭を下げた。私に謝られる意味が分からないと和司さんが不思議がる。
日帰りするには確かに難しい距離だったはずだ。それをこんなに早く戻って来るなんて。かなりの強行軍だったんじゃないかな?
そんな素振りは全くないけれど、きっと和司さんはくたくたに疲れてるに違いない。それなのに八つ当たりして、我がまま言って、嘘までついて。聞き分けの悪い子供のような振る舞いをしてしまった。だから、ごめんなさい。
「和司さん、お疲れでしょう?」
「ん。まぁね。――雪乃の手料理が食べたい」
「え? 今からですか!? 今から買い物して、それから作ってたらかなり遅くなっちゃいますよ??」
「んー。じゃあ、久々に俊兄んとこ行くー。雪乃も付き合ってくれるよね?」
私たちはリフージョに向かうために脇道に逸れた。
あ、そうだ。言い忘れてた!
私は和司さんと繋いでいた手に、少し力を込めた。彼は「どうしたの?」と目線で問いかけてくる。
「言い忘れてました。和司さん、お帰りなさい!」
和司さんは「ただいま」と言って、くすぐったそうに笑う。そして私はいつものように、その笑顔に見惚れた。
-----------------
2016.8.12 再掲載にあたり加筆修正を加えました。
初出:2013.4.1
私は目覚ましアラームを切って、携帯をぎゅっと握った。
和司さんは今日から出張だって言ったし、来るならメールか電話だ。絶対騙されないんだから。
私は気合を入れてベッドから抜け出した。
でもエイプリルフールだからって、そればっかりにかまけてるわけにもいかない。
今日は入社式。それ自体は人事部の管轄なので、うちは会場設営を手伝うくらいであまり出番はない。
だけど、そのあとの説明会で飯沼課長が就業規則などについて簡単な説明をすることになっていて、私はその課長の補佐を仰せつかっている。
課長が説明の任にあたるのは毎年のことなのだけれど、私は初めての補佐。少し緊張して胃が重い。
ずらーっと並んだ新入社員のみんなの前で、盛大に転ぶ……なんてことやりませんように!
いやいやいや。そんなマイナスなことを考えたら本当になっちゃうかもしれないし。考えない! 考えない!!
……と緊張をどうにかしようとしているうちに、時間はあっという間に過ぎていた。
「雪乃ー? そろそろ出なくていいのー?」
「え? もうそんな時間?」
母の声で我に返って時計を見ると……
「わー! やだ、遅刻しちゃう!」
いつも家を出る時間を五分も過ぎていた。
「いってきまーす!」
「はーい、いってらっしゃーい。気をつけてねー」
バタバタする私とは裏腹の、のんびりした声が背中から聞こえた。
だいぶ暖かくなった早朝の街を全力疾走し、何とか遅刻は免れた。
◇◆◇◆◇
一日の仕事を終えて会社を出て見上げた空は、すっかり真っ暗になっていた。
私はほうっとため息をひとつついて、駅への道を歩き出した。
人前に出るとは言っても、喋るわけじゃない。思ったよりあがらなかったし、ミスもしなくて済んだ。
ずっと気がかりだった大役を終えてホッとしたような、どっと疲れたような気持ちでとぼとぼと歩く。
和司さん、今頃なにしてるかな? まだお仕事中かな?
今日一日、和司さんからのメールも着信もなかった。彼の性格からして、絶対エイプリルフールは何か仕掛けてくると思ったのになぁ。
警戒すると同時に少し楽しみにしていたので、何も起こらないのは寂しかった。
きっと和司さんは忙しいんだ。
だから仕方ない。そう。仕方ないんだ。
そう思っても、やっぱり寂しいものは寂しくて。自分の我がままさに、私はもうひとつため息をついた。
あーあ。私、いつの間にこんなに和司さんに依存してるんだろ……
「こんなんじゃ、いつか嫌われちゃうかなぁ」
そんなネガティブなことをつぶやいた途端、バッグの中の携帯が振動で着信を告げた。
和司さんからかも!
私は慌てて携帯を取り出した。発信者は予想通り和司さん。
ちゃんと彼の声が聴きたい。彼からの電話を歩きながら受けたくなかった。だから行き交う人の流れから逸れて、歩道の端によって立ち止まった。
「もしもし?」
少し急いた口調になったのは、少しでも早く彼の声を聴きたかったから。
『雪乃? 今、話しても大丈夫?』
懐かしいというには聞きなれすぎた、でも聞きなれたというには少し恋しすぎる声が耳元で流れた。
「大丈夫ですよ。――そちらはいかがですか?」
『ん。順調だよ。雪乃は? 今日の説明会、出たんだろ? 転んだりしてない?』
くすくすと笑う楽しげな声に、私は唇を尖らせた。
「失礼な! 今日は転びませんでしたっ!」
実は自分でも転ぶんじゃないかと思ってた……なんてことは内緒だ。
何がそんなにおかしいのか、電話の向こうで和司さんは声をあげて笑っている。面白くない。
「もう! 和司さんはいっつも私のことからかってばっかり! 用事がないならもう切りますよ!」
本当は切りたくないけど。
『ごめんごめん! もうちょっと切らないで』
と言いながらまだ笑ってる。仕方ないから彼の笑いが収まるまで待つ。
ひとしきり笑ったあと、和司さんは「ごめん」を何度か繰り返して、急にため息をひとつついて黙り込んだ。
「和司さん? どうしたんですか、急に……」
『雪乃に会いたい』
私の質問を遮るかのように、彼がぽつりと言った。
会いたいって言われても……
「出張から戻ったら会えますよ?」
たった数日のことじゃないですか、と明るく答えたけど、本当は私だって寂しい。普段だって毎日会えるわけじゃないけど、でも……
『雪乃は俺に会いたくないの?』
寂しそうな声が耳に流れ込む。
会いたくないなんて思うわけないじゃない。和司さんは意地悪だ。
「会いたいに決まってるじゃないですか」
私は行き交う人の流れを眺めながら唇を噛んだ。
街にはこんなに人が溢れてるのに、私が会いたいと思う人はここにいない。そのことがとても寂しくて。数日の辛抱だと頭では分かってるのに、感情がそれを割り切れずにいる。
「会いたいに決まってます!」
拗ねた口調でもう一度繰り返した。これじゃ、完全に八つ当たりだ。そう思ったけど、一度口を突いて出た言葉は戻せない。
仕方ないだろうって諭されるか、聞き分けがないと叱られるか、我がままだと呆れられるか。
固唾をのんで和司さんの答えを待つ私の耳に流れ込んできたのは、全く別の言葉だった。
『じゃあさ、俺を呼んでよ。今すぐそばに来いって』
「え? そんなことしても――」
無意味でしょう? 国内とはいえ、日帰りが難しい場所に出張してるんだもの。
『いいから呼んで』
「でも、それって――」
『呼んで』
私の声を遮るように、和司さんが重ねて言う。
彼がそこまで言うなら……と、彼の言う通りに呼んだ。
「和司さんに会いたい。今すぐここに来て下さい」
会いたいと口にしたら余計に会いたくなっちゃった。会えないのに。和司さんは意地悪だ。
『仰せのままに』
その声と共に私は背後から抱きすくめられた。『誰!?』と思う間もなく悟る。だってこの腕も、背中に感じる背中も、かすかに香る香水も。全部全部私のよく知るものだもの。
「か、和司さん! 出張は!?」
「ただいま、雪乃」
腕を解いた和司さんは、私の目の前に小さな紙袋を差し出した。
「お土産。雪乃、ここのお菓子、好きだって言ってたろ? 時間がなくてゆっくり選べなかったんだけどさ……」
「ありがとうございます……」
受け取ってそっと中をのぞくと、包装紙に包まれた箱が三つ。
この包装紙には見覚えがある。以前、何かの雑談のついでにこのお菓子が好きだって言ったことを思い出した。本当に何気ない雑談だったのに……
「覚えていてくれたんですか」
ぼつりと漏らすと、和司さんは笑いながら私の髪をくしゃりと撫でた。
「忘れるわけないでしょ、雪乃のことなんだから」
「――そ、そういうことをさらっと言わないでくださいっ」
そう自信満々に言って私の顔を覗き込んでくるから、真っ赤になった顔を隠すにはそっぽを向くしかなかった。
「え? 何で言っちゃ駄目なの?」
「な、何でって恥ずかしいからです!」
「ええー? 恥ずかしい? どこが?」
ますます覗き込んでくる和司さんに困った。だって、彼がこういう風になったら納得がいくまで追求の手を止めないから。
「もう知りませんっ!」
苦し紛れに逃げた。駅に向かって歩き出すと、すぐに和司さんも私の横に並ぶ。
「もしかして、雪乃、怒ってる?」
「……」
「雪乃?」
別に怒ってるわけじゃなく。ちょっと気にかかったことがあって黙り込んでいただけだ。私は頭に浮かんだ疑問を、和司さんに尋ねてみることにした。
「今日の出張って、もしかして日帰りの予定だったんですか?」
「え? うん。まぁね」
歯切れの悪い返事だ。
「確か『日帰りは少し難しい』って言ってましたよね? ……騙したんですね?」
「人聞きの悪いこと言うなよ。難しいって言っただけで、無理だとは言ってない」
こ、この人は!
私はようやく理解した。これが和司さんのエイプリルフールの嘘だったんだ。いや、嘘というよりいたずらに近いけど!
「……私、怒りました。今度は本当に怒りました!」
「ご、ごめん!」
歩く速度を速めた私に慌てて走り寄る和司さん。その彼を無視して歩くこと数分。
「雪乃! ごめん。俺が悪かった」
「怒ってません」
赤信号で立ち止まったのを契機にネタばらし。
「え?」
「エイプリルフールですから。嘘をついてみました」
驚きました? と尋ねると、彼はがっくりと肩を落とした。
「良かった! 本気で焦った……」
「仕返しです。さっきは本当に驚いたんですからね?」
「ごめん」
ともう一度和司さんが謝る。その彼に向かって私も「ごめんなさい」と頭を下げた。私に謝られる意味が分からないと和司さんが不思議がる。
日帰りするには確かに難しい距離だったはずだ。それをこんなに早く戻って来るなんて。かなりの強行軍だったんじゃないかな?
そんな素振りは全くないけれど、きっと和司さんはくたくたに疲れてるに違いない。それなのに八つ当たりして、我がまま言って、嘘までついて。聞き分けの悪い子供のような振る舞いをしてしまった。だから、ごめんなさい。
「和司さん、お疲れでしょう?」
「ん。まぁね。――雪乃の手料理が食べたい」
「え? 今からですか!? 今から買い物して、それから作ってたらかなり遅くなっちゃいますよ??」
「んー。じゃあ、久々に俊兄んとこ行くー。雪乃も付き合ってくれるよね?」
私たちはリフージョに向かうために脇道に逸れた。
あ、そうだ。言い忘れてた!
私は和司さんと繋いでいた手に、少し力を込めた。彼は「どうしたの?」と目線で問いかけてくる。
「言い忘れてました。和司さん、お帰りなさい!」
和司さんは「ただいま」と言って、くすぐったそうに笑う。そして私はいつものように、その笑顔に見惚れた。
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2016.8.12 再掲載にあたり加筆修正を加えました。
初出:2013.4.1
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