カナヘビ姫と風変わりな婚約者

永久(時永)めぐる

文字の大きさ
上 下
22 / 34

第二十二話 心の底は知られたくない。

しおりを挟む
「そういうことではなくて、この顔を見られるのは……」

 エドガルトには顔を見られてしまったが、彼の護衛たちにはまだ顔を見られていない。
 見せて気味悪がられるのは嫌だし、できることならこのままで知られないでいたい。
 しかし、食事となるとフードやベールでは隠すのが難しいのだ。

 「ああ、そういうことか」

 難色を示せば、エドガルトはなるほどと頷いたあと、形のよい顎に手を当てて、むぅと考え込んだ。

「んー……幻影の魔法をかければ他の人から見えないようにするのは可能なんだけど、ファーナはもう魔法にかかっている状態と言えるから、重ねがけはちょっと怖いかなぁ」

 呪いは魔法の一つである。誰がどういう方法でかけたかわからないその魔法のうえに重ねて魔法をかければなにが引き起こされるか予測がつかないのだ。
 かけ方がわからない以上、どんな些細な魔法も重ねたくない。もし、呪いを解く方法がわかったときに、重ねた魔法が絡んで解除できないとなったら目も当てられない。

「私はこちらで……」
「じゃあ、僕もここで食べる。君をひとりにするわけにはいかない。トーニ、シュタール、二人分の食事を運んでくれ」

 シュタールと聞き覚えのない名前を聞き、ファーナは小さく目を見開いた。
 視線をさまよわせると開け放ったドアの向こう、大柄な男がひとり部屋に背を向けて立っていた。
 気配には敏い性質のファーナにも気づかれないほど、その男は気配をきれいに消していた。

「承知いたしました、エドガルト様」

 低く落ち着いた声がその男性から発せられた。
 シュタールは室内に背を向け、廊下に異常がないか見張っている。
 だが、もしかしたらトーニが飛び込んできたときのどさくさで、ファーナの姿を目にしたかもしれない。
 そう思い至って、ファーナは腹が冷えるような感覚を味わった。緊張のせいで冷たくなった指先をぎゅっと握り混む。

「頼んだよ。今夜の警備については食事のあとで話し合おう。頃合いを見計らって食堂に顔を出す。それまではゆっくりしていてくれと皆にも伝えてくれ」
「はっ」
「かしこまりました」

 エドガルトの指示にシュタールとトーニは銘々に応え、即座に部屋をあとにした。

「大丈夫。彼も僕と同じで、君を嫌ったりはしない」

 彼女の考えていることを敏感に察知したエドガルトが小声でささやいた。

「僕の護衛はみんな気にしないよ」
「そんなことがどうして言えるのです? 好悪の感情は理性で抑えられるものではありません」
「言えるよ。だって、彼らは僕という化け物の相手を平気でしているんだから。危なっかしい化け物より、君のほうが遥かに可愛い」
「ばけ……もの……?」

 一体なにを言っているのか? はじかれたような勢いでエドガルトを見やれば、寂しげな笑みを浮かべている。
 いつも楽しげにしている彼からは想像もつかない、見ているファーナの胸が痛くなるような微笑みだった。

「エドガルト様が化け物? そんな馬鹿なこと!」
「本当にそうかな? 本当の僕は残酷で冷たい化け物かもしれないよ? ファーナには隠しているだけかもしれない」

 いつもは快活にきらめいている翡翠色の光彩が、ぐっと色を増したように見えた。
 絶句するファーナの肩を男の長い指がトンと押せば、彼女の体はあっけなくベッドへと倒れ込んだ。

「君の見ている僕は本当の僕じゃなくて、ただ君に気に入られたいがために取り繕った仮面かもしれない」

 彼はなにが言いたいのか。したいのか。
 両手をファーナの顔の横につき覆い被さってくるエドガルトを、瞬きもせずに見つめながら思う。
 ろうそくのおぼつかない炎は、彼の体に遮られてファーナまで届かない。
 闇に誓い逆行の中で、なぜか翡翠の目だけが爛々と光っている。
 人離れした光を放つ目は恐ろしくもあったが、それよりも悲しみに揺れているように見えた。
 だから――
 彼女はそっと手を伸ばし、エドガルトの頬に触れた。形のよい頬に指を滑らせ、そして包み込むように両手で彼の頬を包み込んだ。

「エドガルト様はエドガルト様です。先ほど、私がどんなに変わっても私だとおっしゃってくださったように、どんなエドガルト様もエドガルト様です。私がお慕い申し上げているエドガルト様なのです」

 緑の目が驚きに揺れる。

「私にだけ違うお顔を見せてくださるというのなら、私はそれを嬉しいと思います。私だけしか知らないエドガルト様のお顔……独占できるんですもの」

 絶句するエドガルトと対照的で、ファーナは饒舌だ。
 ふふふ、と小さく笑ってまた口を開く。

「たとえエドガルト様が化け物だとしても、それがなんでしょう? エドガルト様になら八つ裂きにされようと食い殺されようと別に構いませんわ」
「君は……なんてことを!」

 ようやくエドガルトの口から出たのは、うめくような一言だ。

「僕は、自分の持つ強い魔力のせいで周囲から恐れられてきた。魔術学院に入学するまでは制御装置で、入学してからは装置と訓練で完璧に制御してきたつもりだ。それでも周りはいつ暴走するかと腫れ物に触るような目で僕を見る。表だって態度に出す者はいなかったけれど、僕だって鈍くはないからね」

 闇の中で光る目が悲しげに瞬いた。まるで悲しみを振り切って強がるための瞬きに思えて、ファーナは思わず彼の言葉を遮ろうとした。
 が、それより先に、エドガルトが話し始めた。

「僕につけられた護衛の五人は、僕を守ると同時に監視する役目を負っている。そう、僕が暴走しないように、暴走したら即座に止められるように。そんなときが来たら、君が言うとおり君を八つ裂きにするかもしれないし、食い殺すかもしれない」

 彼の背後で、ろうそくがジジッと小さな音をたてて揺らめいた。

「ごめん。それでも君が手放せない。化け物なのに、君を傷つけるかもしれないとわかっているのに、なのに君がいないと生きられない」


 涙などひとつもこぼれていないのに、ファーナにはエドガルトが泣いているように見えた。帰る場所を見失った小さな子どもが立ち尽くして泣いている。そんな幻を見た気がした。

「僕と君の婚約は、君が生まれる前から決まっていた。それを盾に僕はずっと君を縛り付けている。ごめんね、ファーナ。悪いと思っているのに、それでも婚約は解消できない」
「エドガルト様、私でよかったらいつまでもおそばにおります。――私はいままでとても大きな思い違いをしていたのですね」

 ファーナの人ならざる大きな目が、優しい色を浮かべてエドガルトを見つめ返す。
 痛そうな、つらそうな顔で自分を見下ろす彼が、悲しくて愛しくて、彼女は頬に添えた手をほどき、その代わりに彼の金の髪を梳るように撫でた。
 何度も、何度も。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」 「恩? 私と君は初対面だったはず」 「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」 「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」 奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。 彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

処理中です...