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第十話 絶対に忘れさせたりしない。
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「しかも、今朝、僕がここを通った時はなんともなかった。おそらくこの魔物が狂ったのは、その後だ。半日の間に何か変わったことはなかったかな? ねぇ、僕が言いたいこと、わかる?」
心を見透かすような目で見られ、ツェラはとっさに視線を逸らした。
(まさか、そんなこと……。なんの関係が?)
話の流れから察すれば、彼はファーナが城を出たせいだと言いたいのだろう。
だが、人ひとりの行動が、魔物にまで影響するとは思えない。
「ファーナ姫の失踪に……関係があると仰りたいのですか?」
なにも答えない彼女に代わりにユリアンが尋ねると、エドガルトは我が意を得たりと頷いた。
「人の顔を、そっくり他の動物に変化させるなんて生半可な呪いじゃない。相当に強い呪いだ。強い呪いはそれだけで酷い瘴気をまき散らすし、弱い魔物ほどその瘴気に敏感だ」
弱い個体ほど敏感というのはなんとなく納得できる。人間にでも言えることだ。
ユリアンはふむふむと頷き、感心したようにエドガルトの話に聞き入った。
「影響を受けて活性化する。城には歴代の宮廷魔術師がかけた結界と、歴代の王の加護があるから、姫の呪いは外へ漏れなかったんだろう。僕だって話を聞くまでそんな呪いが発動しているなんて知らなかったくらいだ」
エドガルトのよどみない説明を熱心に聞くユリアンの隣で、ツェラは見る間に顔を青ざめさせた。
「ファーナ様が城を抜け出したために、呪いが周囲に漏れ、無害なはずの魔物が暴れ出したと……そういうことでしょうか?」
「その可能性もある、という話だよ。ツェラ」
可能性と言いつつ、しかしエドガルトの目は確信していると言っているように見えた。
「でもね、確かめないことには可能性は可能性のままだ。当たっているとも、違っているとも言えない。このまま放っておけば、もっと多くの魔物が凶暴化して人を襲うかもしれない。君はそれでいいの?」
狡い質問だ。
『いい』なんて言えるわけがない。
下級とは言え、ツェラも貴族の娘だ。領民を……ひいては国の民を守るのは自分たち貴族の役目だと、幼いころから叩き込まれている。
「魔物が活性化した理由を考えるうえで、僕が今思い当たるのはファーナの出奔だけだ。まずそこから確かめるべきだろう。というわけで、教えてくれるね? 彼女の行き先を」
「……全て、お話いたします」
脳裏に浮かぶ主の姿に詫び、ツェラは肩の力を抜いた。
これ以上、黙ってはいられない。
「そうしてもらえると助かるよ。面倒がなくていい」
何気ない一言にひやりとした冷たさを感じ、ツェラはエドガルトの本性を見た気がした。
彼女がファーナの侍女を命じられたのは三年前で、エドガルトはすでに魔法学院の学生になっていた。 長期休みのたびにファーナを訪れていたとはいえ、やってくるのは年に一、二回。
そのたびに彼はファーナに優しい笑顔と甘い言葉を囁き、侍女である自分すらそばに控えているのはお邪魔なのではないかと心配になるくらい、仲睦まじく過ごしていた。
美しくて優しく、ファーナをひたむきに愛する王子――その印象は、今日、ほんのわずかな時間で崩れてしまった。
王子という地位も、魔法使いという職業も、ただ優しいだけでは務まらない。わかっているつもりになっていたが、認識が不足していたようだ。
「被害が少ないうちになんとかしないといけないからね」
「ありがとうございます」
「礼なんて言わなくていい。正直なところ、僕はこの国の民がどうなろうと別に構わないんだ。だが、民が傷つけば、ファーナが悲しむ。彼女が僕以外の誰かのために心を動かされるなんて、不愉快だ」
執着をあらわにした彼の言動に、ツェラはぞっと鳥肌を立てた。
――ファーナ様はとんでもない方に見染められたのではないか?
ファーナとともに、きゃあきゃあとはしゃぎながら、エドガルトの来訪に向けて準備を整えた、そんな過去の記憶がよみがえる。
「殿下。恐れながら、いまのお言葉はちょっと……」
低い声が割って入る。声の主は先ほどツェラとユリアンに声をかけてくれた護衛だ。
「え? 僕、なにか間違ったこと言った?」
「はぁ。誠に申し上げにくいのですが、その……少し怖いです。ファーナ姫の前では決して仰いませんように」
「ファーナの前では言わないよ。僕だってそのくらい知ってる! ファーナはいないんだし、少しぐらい本音を漏らしたっていいじゃないか」
子どものようにむくれるエドガルトに向かい、護衛は困ったような顔をしつつも引き下がることなく苦言を呈する。
「しかし、もう少し言動に気を付けていただかないと、どこでどのように噂され、それが姫のお耳に入るとも限りませんし……」
「それって、このツェラかユリアンが告げ口するってこと? それなら大丈夫だよ! ――ね? ツェラ? ユリアン?」
いきなり話を振られ、ふたりは反射的にこくこくと頷いた。
「うんうん。だよね。言わないよね。だって僕、ツェラの恩人だしね! 恩人を裏切るような真似しないよね。ついでに、恋人の恩人を裏切るような真似もしないよね!」
「こっ、恋人!?」
「恋……人……」
明るく釘を刺されたはずなのに、ふたりの意識はその脅迫ではなく『恋人』の言葉に持っていかれた。
「違います! 私たちはそんな……」
「そうです。彼女の言う通りです。我々は幼馴染なだけで!!」
「はははは! 隠さなくていいよ、僕にはお見通しだからね」
訂正を試みても、エドガルトは聞く耳を持たない。皆まで言うな、全てわかっていると言いたげな目でふたりを見て、肩を竦める。
(その、『認めないのは照れ隠しかい? やれやれ、困ったものだねぇ』って態度はなんなのー!)
ツェラは二の句がつげず、口をパクパクさせながら心の中で叫んだ。
「君たちは恋人同士なんだよ。ツェラはファーナの了解を得て、今日は午後から休みを取った。ユリアンとふたりで遠乗りに出かけるためだ。楽しい逢瀬の途中で魔物に襲われ、たまたま通りかかった僕たちがそれを退治した。そういうことだ」
ふいに真面目な口調になったエドガルトが言う。
その意図を即座に理解して、ふたりはハッと目を見開いた。
ファーナの逃亡にツェラとユリアンは加担していない――つまり、ふたりを罪に問わないという意味だ。
「エドガルト様……ありがとうございます」
「礼はいいと、さっきから言っているだろう。ツェラが侍女をやめたらファーナが悲しむ。ユリアンが罪に問われたらツェラが落ち込み、それを見たファーナが心を痛める。ファーナが君たちのことで悩むなんて、僕は嫌だ」
「それでも、お気遣い感謝いたします」
エドガルトは面白くなさそうに鼻を鳴らし、そっぽを向いた。
顔色ひとつ変わっていないが、なんとなく照れ隠しをしているような気がした。
思うほど悪い人ではないのかもしれない、と思い直したツェラだが……
「だから、本当に君たちのためじゃないと言っているだろう。それよりも早くファーナの居場所を教えるんだ。こうしている間に、ファーナの身になにかあったらどうする。もし彼女が少しでも傷つくようなことがあれば……その時は許さないよ。生まれてきたことを後悔するような目に遭わせてやろう」
目が完全に本気だ。
にぃ、とつり上がった唇が怖い。
やっぱり悪い人かもしれない……そう思いながら、端正な美貌を誇る王子を見つめた。そのツェラの視界の端で何かが動いた。
(今のなに?)
一瞬目の錯覚かと思ったが、違うようだ。
黒い影は王子の腕を這いあがり、肩にちょこんと乗って動きを止めた。枯れ木が小さくなったような形をしたソレは、枝を腕のようにくねらせ、根を足のように使って肩に乗っている。
見たこともない生き物だ。
「早いな。もう目が覚めたのか」
エドガルトがこともなげに肩の異形に話しかけた。するとそれは、彼の言葉が理解できているかのように
「ギー!」
と一声鳴いた。
「そうか、そうか。おまえの名前は今日からギィだ。よろしくな、ギィ」
「ギー!」
ギーと鳴くからギィか。安直な決め方過ぎていっそ清々しい。
「あのっ、エドガルト様、それは……?」
「これ? さっき君を襲った魔物。本来はこんなに小さいんだよ。可愛いでしょう?」
そういうとエドガルトは可愛くてたまらないといった手つきで、幹にあたる部分をすりすりと撫でた。
途端、ギィと名付けられた魔物は心地よさそうに赤く光る眼を細める。
襲われたばかりで可愛いなんて思えないツェラは、引きつった笑いを浮かべ「はぁ……」と曖昧な返事をした。
「もう絶対に君を襲ったりしない。って言うか、僕やファーナを傷つけようとするヤツ以外は襲わない。早くギィにファーナのことを覚えさせなきゃね。ほら早く、ファーナの居場所、教えて」
話す覚悟はとうに決めていたのに、話があちこち飛ぶから言い出せずにいた。
ツェラは居住まいを正して口を開いた。
「ファーナ様は北へ向かっておられます」
「北へ? 北になにがある?」
「王家直轄のシュティレ領が。フェアゲッセン城に行くつもりでおりました。私は明日、途中のヴァールという町で合流する予定でした」
「忘却城? それはまた大層な名前だね」
ツェラが答えた途端、護衛が地図を広げ、彼女の告げた城や町を確認した。エドガルトは護衛の指し示す場所を確認すると大きく頷いた。
「今から急げば、夜のうちにはヴァールに着くだろう。みんな、行こうか。彼女に忘れられたらたまらないからね」
言うや否やエドガルトは愛馬にまたがり、護衛たちもそれに続く。
「ツェラ、ユリアン、ぼさっとしないで。行くよ?」
「えっ!?」
「俺たちもですか!?」
「当然。ほら早くして。一度、城下街に戻って君たちのその酷い姿をどうにかしないといけない。ぼんやりしていると、その格好のままヴァールまで行くことになるよ?」
なにを言っているんだと言わんばかりのエドガルトに急かされて、ふたりは慌てて馬に飛び乗った。
心を見透かすような目で見られ、ツェラはとっさに視線を逸らした。
(まさか、そんなこと……。なんの関係が?)
話の流れから察すれば、彼はファーナが城を出たせいだと言いたいのだろう。
だが、人ひとりの行動が、魔物にまで影響するとは思えない。
「ファーナ姫の失踪に……関係があると仰りたいのですか?」
なにも答えない彼女に代わりにユリアンが尋ねると、エドガルトは我が意を得たりと頷いた。
「人の顔を、そっくり他の動物に変化させるなんて生半可な呪いじゃない。相当に強い呪いだ。強い呪いはそれだけで酷い瘴気をまき散らすし、弱い魔物ほどその瘴気に敏感だ」
弱い個体ほど敏感というのはなんとなく納得できる。人間にでも言えることだ。
ユリアンはふむふむと頷き、感心したようにエドガルトの話に聞き入った。
「影響を受けて活性化する。城には歴代の宮廷魔術師がかけた結界と、歴代の王の加護があるから、姫の呪いは外へ漏れなかったんだろう。僕だって話を聞くまでそんな呪いが発動しているなんて知らなかったくらいだ」
エドガルトのよどみない説明を熱心に聞くユリアンの隣で、ツェラは見る間に顔を青ざめさせた。
「ファーナ様が城を抜け出したために、呪いが周囲に漏れ、無害なはずの魔物が暴れ出したと……そういうことでしょうか?」
「その可能性もある、という話だよ。ツェラ」
可能性と言いつつ、しかしエドガルトの目は確信していると言っているように見えた。
「でもね、確かめないことには可能性は可能性のままだ。当たっているとも、違っているとも言えない。このまま放っておけば、もっと多くの魔物が凶暴化して人を襲うかもしれない。君はそれでいいの?」
狡い質問だ。
『いい』なんて言えるわけがない。
下級とは言え、ツェラも貴族の娘だ。領民を……ひいては国の民を守るのは自分たち貴族の役目だと、幼いころから叩き込まれている。
「魔物が活性化した理由を考えるうえで、僕が今思い当たるのはファーナの出奔だけだ。まずそこから確かめるべきだろう。というわけで、教えてくれるね? 彼女の行き先を」
「……全て、お話いたします」
脳裏に浮かぶ主の姿に詫び、ツェラは肩の力を抜いた。
これ以上、黙ってはいられない。
「そうしてもらえると助かるよ。面倒がなくていい」
何気ない一言にひやりとした冷たさを感じ、ツェラはエドガルトの本性を見た気がした。
彼女がファーナの侍女を命じられたのは三年前で、エドガルトはすでに魔法学院の学生になっていた。 長期休みのたびにファーナを訪れていたとはいえ、やってくるのは年に一、二回。
そのたびに彼はファーナに優しい笑顔と甘い言葉を囁き、侍女である自分すらそばに控えているのはお邪魔なのではないかと心配になるくらい、仲睦まじく過ごしていた。
美しくて優しく、ファーナをひたむきに愛する王子――その印象は、今日、ほんのわずかな時間で崩れてしまった。
王子という地位も、魔法使いという職業も、ただ優しいだけでは務まらない。わかっているつもりになっていたが、認識が不足していたようだ。
「被害が少ないうちになんとかしないといけないからね」
「ありがとうございます」
「礼なんて言わなくていい。正直なところ、僕はこの国の民がどうなろうと別に構わないんだ。だが、民が傷つけば、ファーナが悲しむ。彼女が僕以外の誰かのために心を動かされるなんて、不愉快だ」
執着をあらわにした彼の言動に、ツェラはぞっと鳥肌を立てた。
――ファーナ様はとんでもない方に見染められたのではないか?
ファーナとともに、きゃあきゃあとはしゃぎながら、エドガルトの来訪に向けて準備を整えた、そんな過去の記憶がよみがえる。
「殿下。恐れながら、いまのお言葉はちょっと……」
低い声が割って入る。声の主は先ほどツェラとユリアンに声をかけてくれた護衛だ。
「え? 僕、なにか間違ったこと言った?」
「はぁ。誠に申し上げにくいのですが、その……少し怖いです。ファーナ姫の前では決して仰いませんように」
「ファーナの前では言わないよ。僕だってそのくらい知ってる! ファーナはいないんだし、少しぐらい本音を漏らしたっていいじゃないか」
子どものようにむくれるエドガルトに向かい、護衛は困ったような顔をしつつも引き下がることなく苦言を呈する。
「しかし、もう少し言動に気を付けていただかないと、どこでどのように噂され、それが姫のお耳に入るとも限りませんし……」
「それって、このツェラかユリアンが告げ口するってこと? それなら大丈夫だよ! ――ね? ツェラ? ユリアン?」
いきなり話を振られ、ふたりは反射的にこくこくと頷いた。
「うんうん。だよね。言わないよね。だって僕、ツェラの恩人だしね! 恩人を裏切るような真似しないよね。ついでに、恋人の恩人を裏切るような真似もしないよね!」
「こっ、恋人!?」
「恋……人……」
明るく釘を刺されたはずなのに、ふたりの意識はその脅迫ではなく『恋人』の言葉に持っていかれた。
「違います! 私たちはそんな……」
「そうです。彼女の言う通りです。我々は幼馴染なだけで!!」
「はははは! 隠さなくていいよ、僕にはお見通しだからね」
訂正を試みても、エドガルトは聞く耳を持たない。皆まで言うな、全てわかっていると言いたげな目でふたりを見て、肩を竦める。
(その、『認めないのは照れ隠しかい? やれやれ、困ったものだねぇ』って態度はなんなのー!)
ツェラは二の句がつげず、口をパクパクさせながら心の中で叫んだ。
「君たちは恋人同士なんだよ。ツェラはファーナの了解を得て、今日は午後から休みを取った。ユリアンとふたりで遠乗りに出かけるためだ。楽しい逢瀬の途中で魔物に襲われ、たまたま通りかかった僕たちがそれを退治した。そういうことだ」
ふいに真面目な口調になったエドガルトが言う。
その意図を即座に理解して、ふたりはハッと目を見開いた。
ファーナの逃亡にツェラとユリアンは加担していない――つまり、ふたりを罪に問わないという意味だ。
「エドガルト様……ありがとうございます」
「礼はいいと、さっきから言っているだろう。ツェラが侍女をやめたらファーナが悲しむ。ユリアンが罪に問われたらツェラが落ち込み、それを見たファーナが心を痛める。ファーナが君たちのことで悩むなんて、僕は嫌だ」
「それでも、お気遣い感謝いたします」
エドガルトは面白くなさそうに鼻を鳴らし、そっぽを向いた。
顔色ひとつ変わっていないが、なんとなく照れ隠しをしているような気がした。
思うほど悪い人ではないのかもしれない、と思い直したツェラだが……
「だから、本当に君たちのためじゃないと言っているだろう。それよりも早くファーナの居場所を教えるんだ。こうしている間に、ファーナの身になにかあったらどうする。もし彼女が少しでも傷つくようなことがあれば……その時は許さないよ。生まれてきたことを後悔するような目に遭わせてやろう」
目が完全に本気だ。
にぃ、とつり上がった唇が怖い。
やっぱり悪い人かもしれない……そう思いながら、端正な美貌を誇る王子を見つめた。そのツェラの視界の端で何かが動いた。
(今のなに?)
一瞬目の錯覚かと思ったが、違うようだ。
黒い影は王子の腕を這いあがり、肩にちょこんと乗って動きを止めた。枯れ木が小さくなったような形をしたソレは、枝を腕のようにくねらせ、根を足のように使って肩に乗っている。
見たこともない生き物だ。
「早いな。もう目が覚めたのか」
エドガルトがこともなげに肩の異形に話しかけた。するとそれは、彼の言葉が理解できているかのように
「ギー!」
と一声鳴いた。
「そうか、そうか。おまえの名前は今日からギィだ。よろしくな、ギィ」
「ギー!」
ギーと鳴くからギィか。安直な決め方過ぎていっそ清々しい。
「あのっ、エドガルト様、それは……?」
「これ? さっき君を襲った魔物。本来はこんなに小さいんだよ。可愛いでしょう?」
そういうとエドガルトは可愛くてたまらないといった手つきで、幹にあたる部分をすりすりと撫でた。
途端、ギィと名付けられた魔物は心地よさそうに赤く光る眼を細める。
襲われたばかりで可愛いなんて思えないツェラは、引きつった笑いを浮かべ「はぁ……」と曖昧な返事をした。
「もう絶対に君を襲ったりしない。って言うか、僕やファーナを傷つけようとするヤツ以外は襲わない。早くギィにファーナのことを覚えさせなきゃね。ほら早く、ファーナの居場所、教えて」
話す覚悟はとうに決めていたのに、話があちこち飛ぶから言い出せずにいた。
ツェラは居住まいを正して口を開いた。
「ファーナ様は北へ向かっておられます」
「北へ? 北になにがある?」
「王家直轄のシュティレ領が。フェアゲッセン城に行くつもりでおりました。私は明日、途中のヴァールという町で合流する予定でした」
「忘却城? それはまた大層な名前だね」
ツェラが答えた途端、護衛が地図を広げ、彼女の告げた城や町を確認した。エドガルトは護衛の指し示す場所を確認すると大きく頷いた。
「今から急げば、夜のうちにはヴァールに着くだろう。みんな、行こうか。彼女に忘れられたらたまらないからね」
言うや否やエドガルトは愛馬にまたがり、護衛たちもそれに続く。
「ツェラ、ユリアン、ぼさっとしないで。行くよ?」
「えっ!?」
「俺たちもですか!?」
「当然。ほら早くして。一度、城下街に戻って君たちのその酷い姿をどうにかしないといけない。ぼんやりしていると、その格好のままヴァールまで行くことになるよ?」
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