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【トルス視点】葛藤
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ローグが起こしてくれたおかげでなんとか始業には間に合って、無事に午前中の仕事を終えた俺は、午後は寮で仕事できるように申請して急いで仕事場を出た。
今日はやる事が山のようにある。
図書室に行って古代魔術の本を借りられるだけ借りて空間収納に押し込んだら、今度は市場でローグでも食えそうなもの、好きそうな物、ローグの世話に必要そうなものを急いで買い漁ってこれも空間収納にぶち込んだ。
ローグをあまり待たせたくもないから足早に帰寮する。
部屋に入ったら、ローグの姿が見当たらなくて、俺は急に不安になった。古代魔術には、魔術の体裁をとった、悪質な呪いが紛れていることも、進行型の呪いもある。呪いが第二段階に移行する事も視野に入れるべきなのだ。
もしくは、ローグが新たな協力者を得て、出て行った可能性もある。考えたくはないが。
「ローグ! ローグ!!」
慌てて名を呼べば、俺のベッドからでっかいはちみつ色の毛玉が現れた。
「あ……トルス、お帰りなさい」
「そこにいたのか」
俺はホッと安堵の息をつく。
「姿が見えないから心配した」
「ごめん。いつの間にか寝ちゃってた。ここ、トルスの匂いがするから落ち着くんだ」
「……」
俺はつい真顔になった。コイツはいつもこうだ。
なんて事ない顔で、こっちが赤面しそうな事を平気で言ったりしたりする。その度に俺はどう反応したらいいのか分からなくて、真顔でやり過ごす羽目になるのだ。
俺の忠告に従って他のヤツには適正な距離を保っているようだが、俺よりもずっと人付き合いが好きらしいローグは、それが多分寂しいんだろう。その分俺に構ってくるようになった。
どうやらゼッタの魔手から助けた事で、俺はローグから「絶対に安全な人』認定されてしまったらしい。
だが、違うんだ、ローグ。
俺は別に正義感が強いわけでも特別自制心が強いわけでもない。あの時ただあの場にいて、他に助けられるヤツがいなかったから助けただけだ。
ついでに言うならこのところの俺はそう安全な人物でもない。
あれだけ好意を前面に出されて、意識しない人間がいるのだろうか。俺はすっかりローグの事を意識するようになってしまっていた。
そもそも生来人へのあたりも不器用で顔も怖いらしく、俺は敬遠されがちだ。あんなに屈託なく話しかけられる事自体が稀で、ローグが満面の笑顔で話しかけてくるのは嬉しくて仕方がない。
けれどどうしたらいいかも分からないし、邪な感情を抱くようになった分、あまり親しくなってはゼッタの二の舞にならないとも限らない。
俺はいつも葛藤していた。
だから今回こんな事態になって、俺を頼ってくれたのは嬉しかったが、ローグが人間のままだったらどれだけ力になれたかは実際未知数だ。少なくとも絶対に部屋に泊めたりはしない。
今は猫の姿をしているから、喋りさえしなければ猫として愛でられる。
もとより猫は大好きだ。
気まぐれで自分から擦り寄ってくる時もあれば撫でさせてもくれない時もある。可愛い姿やしぐさを見ているだけで癒されるし、キラキラした瞳で見つめられたらいくらでも餌をやりたくなってしまう。
可愛らしい猫の姿を、まさか自分の部屋で堪能し世話までさせて貰えるなんて、本当にこんな機会でもない限りあり得なかっただろう。なんせこの寮はペット禁止だ。
喋り始めるとやっぱりローグなんだが、喋らなければただのデカい猫。ローグへの邪な気持ちはなりを潜め、猫の良き飼い主として健康に保たねばという使命感が強くなってくる。猫の姿は偉大だ。
「トルス?」
やっぱり喋るとローグだな。テーブルの上に飛び乗って、距離を詰めてから見上げてくる真夏の空のように澄んだ青い瞳は、ローグだろうが猫だろうがひたすら可愛かった。
「すまん、腹が減っただろう。すぐに用意する」
手早く準備を済ませ、昨日と同じくスープを掬ってやったりしながら幸せな時間を過ごす。野良猫は食べてる時に撫でたりするのは御法度だと聞いて今まで我慢してきたが、ローグは文句も言わず撫でさせてくれるから、役得だと思って終始撫でている。
可愛い。
飯を食った後もしばらく撫でていたら気持ちいいのか眠たくなってきたのか、ローグはちょっと目を細めている。ホントにこうしてると猫だよなぁ……。
「あ」
思い出した。
「何?」
「いや、食後歯磨きできないのも気持ち悪いだろうと思って買ってきたんだった」
「へ?」
「猫用の歯磨きシートなるものがあるらしい」
「ええ!!!??」
「やってみよう。おいで」
一瞬逃げようとして俺に背中を向けたくせに、おいで、と言うとピタリと動きが止まった。耳がピクピクと動き、尻尾が迷うようにファサ、ファサ、と大きく振られている。
長毛種特有のしっぽが目の前で揺れるのがなんとも幸せな光景だ。
「おいで」
もう一回呼ぶと、ローグは諦めたようにトストスと歩いてきて、俺の腕の中へと収まった。
「いい子だな。口を開けてくれ。指を突っ込むが、優しくするから噛むなよ」
「指!?」
「ああ、このシートを指に巻いて、歯を丁寧に擦るらしい」
「ええ……」
かなり嫌そうな顔をされたが、ずっと歯磨きしないわけにもいくまい。
「お前の健康のためだ、我慢してくれ」
今日はやる事が山のようにある。
図書室に行って古代魔術の本を借りられるだけ借りて空間収納に押し込んだら、今度は市場でローグでも食えそうなもの、好きそうな物、ローグの世話に必要そうなものを急いで買い漁ってこれも空間収納にぶち込んだ。
ローグをあまり待たせたくもないから足早に帰寮する。
部屋に入ったら、ローグの姿が見当たらなくて、俺は急に不安になった。古代魔術には、魔術の体裁をとった、悪質な呪いが紛れていることも、進行型の呪いもある。呪いが第二段階に移行する事も視野に入れるべきなのだ。
もしくは、ローグが新たな協力者を得て、出て行った可能性もある。考えたくはないが。
「ローグ! ローグ!!」
慌てて名を呼べば、俺のベッドからでっかいはちみつ色の毛玉が現れた。
「あ……トルス、お帰りなさい」
「そこにいたのか」
俺はホッと安堵の息をつく。
「姿が見えないから心配した」
「ごめん。いつの間にか寝ちゃってた。ここ、トルスの匂いがするから落ち着くんだ」
「……」
俺はつい真顔になった。コイツはいつもこうだ。
なんて事ない顔で、こっちが赤面しそうな事を平気で言ったりしたりする。その度に俺はどう反応したらいいのか分からなくて、真顔でやり過ごす羽目になるのだ。
俺の忠告に従って他のヤツには適正な距離を保っているようだが、俺よりもずっと人付き合いが好きらしいローグは、それが多分寂しいんだろう。その分俺に構ってくるようになった。
どうやらゼッタの魔手から助けた事で、俺はローグから「絶対に安全な人』認定されてしまったらしい。
だが、違うんだ、ローグ。
俺は別に正義感が強いわけでも特別自制心が強いわけでもない。あの時ただあの場にいて、他に助けられるヤツがいなかったから助けただけだ。
ついでに言うならこのところの俺はそう安全な人物でもない。
あれだけ好意を前面に出されて、意識しない人間がいるのだろうか。俺はすっかりローグの事を意識するようになってしまっていた。
そもそも生来人へのあたりも不器用で顔も怖いらしく、俺は敬遠されがちだ。あんなに屈託なく話しかけられる事自体が稀で、ローグが満面の笑顔で話しかけてくるのは嬉しくて仕方がない。
けれどどうしたらいいかも分からないし、邪な感情を抱くようになった分、あまり親しくなってはゼッタの二の舞にならないとも限らない。
俺はいつも葛藤していた。
だから今回こんな事態になって、俺を頼ってくれたのは嬉しかったが、ローグが人間のままだったらどれだけ力になれたかは実際未知数だ。少なくとも絶対に部屋に泊めたりはしない。
今は猫の姿をしているから、喋りさえしなければ猫として愛でられる。
もとより猫は大好きだ。
気まぐれで自分から擦り寄ってくる時もあれば撫でさせてもくれない時もある。可愛い姿やしぐさを見ているだけで癒されるし、キラキラした瞳で見つめられたらいくらでも餌をやりたくなってしまう。
可愛らしい猫の姿を、まさか自分の部屋で堪能し世話までさせて貰えるなんて、本当にこんな機会でもない限りあり得なかっただろう。なんせこの寮はペット禁止だ。
喋り始めるとやっぱりローグなんだが、喋らなければただのデカい猫。ローグへの邪な気持ちはなりを潜め、猫の良き飼い主として健康に保たねばという使命感が強くなってくる。猫の姿は偉大だ。
「トルス?」
やっぱり喋るとローグだな。テーブルの上に飛び乗って、距離を詰めてから見上げてくる真夏の空のように澄んだ青い瞳は、ローグだろうが猫だろうがひたすら可愛かった。
「すまん、腹が減っただろう。すぐに用意する」
手早く準備を済ませ、昨日と同じくスープを掬ってやったりしながら幸せな時間を過ごす。野良猫は食べてる時に撫でたりするのは御法度だと聞いて今まで我慢してきたが、ローグは文句も言わず撫でさせてくれるから、役得だと思って終始撫でている。
可愛い。
飯を食った後もしばらく撫でていたら気持ちいいのか眠たくなってきたのか、ローグはちょっと目を細めている。ホントにこうしてると猫だよなぁ……。
「あ」
思い出した。
「何?」
「いや、食後歯磨きできないのも気持ち悪いだろうと思って買ってきたんだった」
「へ?」
「猫用の歯磨きシートなるものがあるらしい」
「ええ!!!??」
「やってみよう。おいで」
一瞬逃げようとして俺に背中を向けたくせに、おいで、と言うとピタリと動きが止まった。耳がピクピクと動き、尻尾が迷うようにファサ、ファサ、と大きく振られている。
長毛種特有のしっぽが目の前で揺れるのがなんとも幸せな光景だ。
「おいで」
もう一回呼ぶと、ローグは諦めたようにトストスと歩いてきて、俺の腕の中へと収まった。
「いい子だな。口を開けてくれ。指を突っ込むが、優しくするから噛むなよ」
「指!?」
「ああ、このシートを指に巻いて、歯を丁寧に擦るらしい」
「ええ……」
かなり嫌そうな顔をされたが、ずっと歯磨きしないわけにもいくまい。
「お前の健康のためだ、我慢してくれ」
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