猫になってはみたものの

竜也りく

文字の大きさ
上 下
7 / 22

【トルス視点】葛藤

しおりを挟む
ローグが起こしてくれたおかげでなんとか始業には間に合って、無事に午前中の仕事を終えた俺は、午後は寮で仕事できるように申請して急いで仕事場を出た。

今日はやる事が山のようにある。

図書室に行って古代魔術の本を借りられるだけ借りて空間収納に押し込んだら、今度は市場でローグでも食えそうなもの、好きそうな物、ローグの世話に必要そうなものを急いで買い漁ってこれも空間収納にぶち込んだ。

ローグをあまり待たせたくもないから足早に帰寮する。

部屋に入ったら、ローグの姿が見当たらなくて、俺は急に不安になった。古代魔術には、魔術の体裁をとった、悪質な呪いが紛れていることも、進行型の呪いもある。呪いが第二段階に移行する事も視野に入れるべきなのだ。

もしくは、ローグが新たな協力者を得て、出て行った可能性もある。考えたくはないが。

「ローグ! ローグ!!」

慌てて名を呼べば、俺のベッドからでっかいはちみつ色の毛玉が現れた。

「あ……トルス、お帰りなさい」

「そこにいたのか」

俺はホッと安堵の息をつく。

「姿が見えないから心配した」

「ごめん。いつの間にか寝ちゃってた。ここ、トルスの匂いがするから落ち着くんだ」

「……」

俺はつい真顔になった。コイツはいつもこうだ。

なんて事ない顔で、こっちが赤面しそうな事を平気で言ったりしたりする。その度に俺はどう反応したらいいのか分からなくて、真顔でやり過ごす羽目になるのだ。

俺の忠告に従って他のヤツには適正な距離を保っているようだが、俺よりもずっと人付き合いが好きらしいローグは、それが多分寂しいんだろう。その分俺に構ってくるようになった。

どうやらゼッタの魔手から助けた事で、俺はローグから「絶対に安全な人』認定されてしまったらしい。

だが、違うんだ、ローグ。

俺は別に正義感が強いわけでも特別自制心が強いわけでもない。あの時ただあの場にいて、他に助けられるヤツがいなかったから助けただけだ。

ついでに言うならこのところの俺はそう安全な人物でもない。

あれだけ好意を前面に出されて、意識しない人間がいるのだろうか。俺はすっかりローグの事を意識するようになってしまっていた。

そもそも生来人へのあたりも不器用で顔も怖いらしく、俺は敬遠されがちだ。あんなに屈託なく話しかけられる事自体が稀で、ローグが満面の笑顔で話しかけてくるのは嬉しくて仕方がない。

けれどどうしたらいいかも分からないし、邪な感情を抱くようになった分、あまり親しくなってはゼッタの二の舞にならないとも限らない。

俺はいつも葛藤していた。

だから今回こんな事態になって、俺を頼ってくれたのは嬉しかったが、ローグが人間のままだったらどれだけ力になれたかは実際未知数だ。少なくとも絶対に部屋に泊めたりはしない。

今は猫の姿をしているから、喋りさえしなければ猫として愛でられる。

もとより猫は大好きだ。

気まぐれで自分から擦り寄ってくる時もあれば撫でさせてもくれない時もある。可愛い姿やしぐさを見ているだけで癒されるし、キラキラした瞳で見つめられたらいくらでも餌をやりたくなってしまう。

可愛らしい猫の姿を、まさか自分の部屋で堪能し世話までさせて貰えるなんて、本当にこんな機会でもない限りあり得なかっただろう。なんせこの寮はペット禁止だ。

喋り始めるとやっぱりローグなんだが、喋らなければただのデカい猫。ローグへの邪な気持ちはなりを潜め、猫の良き飼い主として健康に保たねばという使命感が強くなってくる。猫の姿は偉大だ。

「トルス?」

やっぱり喋るとローグだな。テーブルの上に飛び乗って、距離を詰めてから見上げてくる真夏の空のように澄んだ青い瞳は、ローグだろうが猫だろうがひたすら可愛かった。

「すまん、腹が減っただろう。すぐに用意する」

手早く準備を済ませ、昨日と同じくスープを掬ってやったりしながら幸せな時間を過ごす。野良猫は食べてる時に撫でたりするのは御法度だと聞いて今まで我慢してきたが、ローグは文句も言わず撫でさせてくれるから、役得だと思って終始撫でている。

可愛い。

飯を食った後もしばらく撫でていたら気持ちいいのか眠たくなってきたのか、ローグはちょっと目を細めている。ホントにこうしてると猫だよなぁ……。

「あ」

思い出した。

「何?」

「いや、食後歯磨きできないのも気持ち悪いだろうと思って買ってきたんだった」

「へ?」

「猫用の歯磨きシートなるものがあるらしい」

「ええ!!!??」

「やってみよう。おいで」

一瞬逃げようとして俺に背中を向けたくせに、おいで、と言うとピタリと動きが止まった。耳がピクピクと動き、尻尾が迷うようにファサ、ファサ、と大きく振られている。

長毛種特有のしっぽが目の前で揺れるのがなんとも幸せな光景だ。

「おいで」

もう一回呼ぶと、ローグは諦めたようにトストスと歩いてきて、俺の腕の中へと収まった。

「いい子だな。口を開けてくれ。指を突っ込むが、優しくするから噛むなよ」

「指!?」

「ああ、このシートを指に巻いて、歯を丁寧に擦るらしい」

「ええ……」

かなり嫌そうな顔をされたが、ずっと歯磨きしないわけにもいくまい。

「お前の健康のためだ、我慢してくれ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔族に捕らえられた剣士、淫らに拘束され弄ばれる

たつしろ虎見
BL
魔族ブラッドに捕らえられた剣士エヴァンは、大罪人として拘束され様々な辱めを受ける。性器をリボンで戒められる、卑猥な動きや衣装を強制される……いくら辱められ、その身体を操られても、心を壊す事すら許されないまま魔法で快楽を押し付けられるエヴァン。更にブラッドにはある思惑があり……。 表紙:湯弐さん(https://www.pixiv.net/users/3989101)

強制結婚させられた相手がすきすぎる

よる
BL
※妊娠表現、性行為の描写を含みます。

女装男子は学校一のイケメンからの溺愛を拒めない

紀本明
BL
高校2年生の地味男子・片瀬尊(みこと)は姉の影響で女装が趣味。リンスタグラマーとして姉の服飾ブランドのモデルを担当している。クラスメイトである国宝級イケメンの中条佑太朗(ゆうたろう)と、ある出来事をきっかけに急接近。尊が好きすぎる佑太朗と平和に暮らしたい尊の攻防戦が始まる――――。(エロ要素はキスまで)途中、他キャラの視点がちょいちょい混ざります。 ※表紙イラストはミカスケさまより。

おっさん家政夫は自警団独身寮で溺愛される

月歌(ツキウタ)
BL
妻に浮気された上、離婚宣告されたおっさんの話。ショックか何かで、異世界に転移してた。異世界の自警団で、家政夫を始めたおっさんが、色々溺愛される話。 ☆表紙絵 AIピカソとAIイラストメーカーで作成しました。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

処理中です...