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1章 忍び寄る糸が意図するものは……
26話 集う者達
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エレクは、目を見開き戸惑いを露わにしている。そして奴は、しばらく固まったまま呆然とジークを見つめていた。この状況がどうしても信じられないと言いた気な目で。
だが、一方のジークは、奴のそんな姿を冷めた目で睨み返しているのみ。
そこで、奴はやっとジークの存在を受け入れられたのか、言葉を詰まらせながら問い掛けてきた。
「な、なぜ!? 君がここにいる!? 君は確かに、この糸で殺した筈だが……!?」と。
それに対しジークは、毅然とした態度で答える。
「死体は確実に処理しとくべきだったな? 貴様の怠慢が招いたのだ」
すると、奴は苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべ、さらに問いを重ねてきた。
「ッ…………。大体、どうやってここがわかった!?」
それには
「貴様への怒りが、俺をここまで導いた」とだけ告げ、左腕を繋ぎ合わせている透明な糸を奴へと見せつけた。
そこで、奴は全てを理解したのか、不快感を露わにしてきた。
「ッ……そう言う、事かい。僕の糸を手繰って、ここまできやがったのか……」
それにジークは頷きつつ答える。
「ああ。さながら、アリアドネの糸と言ったところか? 貴様のお陰で、迷わずには済んだ」
また、それと同時に彼は
「そして、貴様はここで仕留める」とも告げた。
そして次の瞬間、ジークは奴の下へとゆっくり歩み出していく。その動きは非常にゆったりとしたものであった。体を左右に揺らしながら、おぼつかない足取り。
だが、その姿でさえエレクの目には、鬼神の如く映っていた。
奴はジークに酷く怯えていたのだ。いくら、手負いとは言え真っ向勝負では絶対に敵わないと。
そこで、奴は慌てふためき
「おい! く、来るなよ! こっちには人質がいるんだぞ!」と言い放ってくる。
次いで、奴は左腕の中に無数の糸を作り出し、アイシャに突きつける様な素振りを見せてきた。
しかしジークは、それに構わず奴の下へと進んでいく。
その様子に、エレクはさらに取り乱す。奴は、体を仰け反らせながら、糸をアイシャの下へと近づかせていた。
「ッおい! 聞こえているのか!? 本当にこの女を殺すぞ! それでもいいのか!?」
そんな勧告にも、ジークは何の反応も返さない。
するとエレクは、遂に痺れを切らす。
「これは、脅しではないんだぞ!」
そう叫ぶと、エレクは左腕を振り上げ、糸を一斉にアイシャへと向かわせた。
だがその時、
「斬烈波!!」と叫ぶ声が部屋中に響き渡る。
すると次の瞬間、ジークの後方より3本の衝撃波が現れた。それらは、大気を切り裂く様な凄まじい音を上げながら、エレクの下へと勢いよく向かって行く。
そして、衝撃波は瞬く間の内に、糸を全て切り裂いていった。
それにエレクは酷く驚かされる。
「何ッ!? この力は!?」
ただ、奴が疑問を口にしている暇はなかった。先程放たれた衝撃波は、糸を切り裂いただけでは止まらず、エレクの体をも切りつけようとしていたのだ。3方向から取り囲む形で。
そこで、エレクは苦し気な表情を見せながら後方へと飛び退いていく。それと同時に斬烈波へ向けて糸を放った。すると、糸は易々と切り裂かれてしまうが、衝撃波の軌道を逸らす事は叶った様子。そして、衝撃波はエレクを捉える事は出来ず、天井と床と壁にそれぞれが、当たり勢いを失っていく。
その光景にエレクは安堵の表情を見せると同時に、ジークの後方を睨みつけた。
するとそれに応える様に、彼女が姿を見せる。
アリシア=ミハイル、彼女は左腕に刀を右肩にミレイを担ぎながら、エレクの前に姿を現したのだ。
そして、すぐさま彼女はエレクに語り掛ける。
「ごきげんよう、エレク。随分と危ない事に首を突っ込んでいる様ね。色々と話が聞きたいから大人しく、投降してくれる?」
それに対し、エレクは奥歯を噛みしめながら
「ッ……!! この、死にぞこない共が!! 今すぐ、ここで殺してやる!」と吠え散らかしてくる。
それと同時に、奴はこの部屋の至る所から無数の糸を出現させてきた。それは、シャンデリアや天井や壁などの至る所から。奴とミーシャ以外の全てを貫くべく、飛び出てきたのだ。
「ッ! 厄介な糸ね!」
アリシアはそう呟くと、ミレイを守りつつ、向かい来る糸を刀と斬烈波で切り裂いていく。
一方、ジークはアイシャの下へと急いで駆け寄り、彼女を抱きかかえた。そこで、ジークは体内魔術を掛ける。
――バイタル・アクセラレーション ハーフブースト
そして、彼女が受けていたであろう糸を、その身で一身に受けた。
しばらくの間、ジークの身には糸が襲い掛かってくる。それと共に、鈍く鋭い痛みが走った。だが、それもしばらくすると完全に止んだ様子。
そこで、ジークは背中に突き刺さった糸を引き裂きながら周囲を確認する。すると、辺り一帯は変わり果てた光景となっていた。先程まで広がっていた華美絢爛なパーティ会場は、蜘蛛の巣の様な糸が張り巡らされ、まるで長年放置された廃墟の様になっている。また、周囲の視界は非常に悪く、アリシアやエレクの姿は視認できない。
ただそんな事よりも、今はアイシャの容体の方が気になった。
ジークはすぐさま、周囲の糸を切り裂いて、彼女を床に横たわらせる。そして、彼女の体を見回した。
彼女の腹からは依然として真っ赤な鮮血が流れ出ていたが、他に傷はみられない。どうやら、糸はジークの体を突き破りはしなかった。
それに、辛うじて彼女の意識はある。
彼女は息も絶え絶えに、苦し気な表情でジークを見つめ返してきた。そんな彼女に対し、ジークは語り掛ける。
「アイシャ、遅くなって済まなかった」
すると、彼女も謝罪を述べてきた。
「ジーク……。ごめん……うちじゃ、何の役にも立てやんかった……」
それにジークは頭を振る。
「いいや、お前はよくやってくれたさ。よく、あいつの足止めをしてくれた。お前の行為は決して無駄なんかじゃない」
そこで、アイシャは虚ろな目でありながらも、笑みを見せてきた。
「珍しく、気の利いた事を……言ってくれるやない」
ただ、それにもジークは首を横に振る。
「いや、本心からそう思っているんだ。だから、お前はあと少しだけ頑張ってくれ。すぐに終わらせてくる」
ジークは彼女に優しく言い聞かせる。するとアイシャは、おもむろにジークへと手を伸ばし、頬に触れてきた。
「うん……もう少しだけ頑張る。だから、手を貸して……」
それを聞くと、ジークは力強く頷き、彼女の手を握る。
「ああ、任せろ」
そして、ジークはアイシャの腕を離し、ゆっくりと立ち上がった。それと同時に、どこかにいる筈のアリシアに向けて言い放つ。
「アリシア! お前なら無事だろ? この鬱陶しい糸を蹴散らしてくれ!」
すると、ジークの後方より返事が返ってくる。
「今、そうしようと思っていた所よ!」
そして、たちまち彼女の斬烈波が周囲の視界を切り開いていく。
やがて、斬烈波はこの部屋の奥にまで届くと奴の居場所も明らかとなった。奴の姿はは壇上にある。しかし、先程まであった苦し気な表情はどこにもない。奴は、元の蔑んだ表情へと戻っていた。その要因は、奴の左腕に抱えられたミーシャの姿。エレクは、またしても人質をとってきたのだ。
その姿に、ジークは呆れ果てると共に、嫌味を放つ。
「また、人質か……。それしか芸がないのか?」
すると、奴は開き直り
「はっ! 何とでも言うがいい!! 君たちに構ってやる暇などない。このまま、僕を見逃すというなら、命までは取らないで置いてやるよ!」とふざけた事を告げてきた。
しかし、ジークはそれを一蹴する。
「それが交渉の条件になるとでも? お前がミーシャを殺せば、飼い主との契約は破綻するんじゃないか?」
ただ、奴はそれを聞くと急に笑い出す。
「はははっ……。ああ、そうだよ。だが、君たちにただで捕まるのも癪だからね。僕を捕えようとするなら、この女を殺して君達に深い絶望を与えてやるよ」
そう告げると、奴は糸を彼女の首に巻き付けてきた。それと共に、声も出せないミーシャが苦し気な表情を浮かべ出す。
その様子にジークは、苛立ち混じりに言い放つ。
「そこまで堕ちていたとは……。惨めだな」と。
そして、アリシアも言い放つ。
「最低ね。同じ天使として恥ずかしい限りだわ。あなただけは、絶対に許さない!」
しかし、二人はそう告げはしたものの、奴のその発言により手出しが難しくなってしまった。奴は追い詰められた事により、自棄になっている。今の奴なら、本当にそうしでかねないと思わざるを得なかったのだ。
すると奴は、勝ち誇った様な笑みを浮かべ
「そうだよ。そのままジッとしているんだぞ? 僕がここから出ていくまでな」と言い放ってくる。
そして、奴はミーシャを抱えたまま、ゆっくりと後ろに下がり出した。出入口はジーク達が抑えている筈だが、奴の事だ。どこかに抜け穴を用意しているのだろう。
その様子をジーク達は、歯がゆい思いのまま、ジッと睨みつける事しかできない。
しかしその時、突如として奴の背後より黒い靄が浮かび上がった。そしてそれは、一瞬で鎧の形を成していく。
それにエレクは
「ッなに!?」と驚き、酷く取り乱す。
想定外の事態。ジーク達ですらアイシャの鎧が現れる事など予見していなかった。
そして、奴はすぐさま前方へと飛び退こうとする。
だが、奴が躱すよりも早く、鎧の剣は眉間を捉え振り下ろされていた。
そこで、エレクは咄嗟に右の掌で受け止めてしまう。
すると、エレクの掌は抉れ、激しく血が飛び散っていく。
「グゥッ……!! アイシャ・アスモデウスッ!!! ふざけた真似をッ!!!! 宣言通り、君の妹は殺すッ!!!」
奴はそう叫ぶと、左手を僅かに動かし糸を操る素振りを見せくる。奴は今にもミーシャの首をへし折ろうとしてきたのだ。
だが勿論、この機を逃すジーク達ではない。
すでに、ジークとアリシアは奴のすぐ傍まで駆け寄っていた。
そして、すぐさまジークは懐へと入ると、ミーシャの首へと伸びていた糸と奴の左手を切り裂いて見せる。
「アグアアアアアッ!!! いてええええええッ!!!!! いてぇなァッ!!!!!!」
奴の断末魔と共に左手は体から切り離され地面へと落ちていく。それにより、ミーシャの体も奴の魔の手から解放された。そこでジークは、一先ず彼女の確保を優先させる。ジークは彼女を抱き寄せると同時に、奴から距離を取ろうとした。
しかしその時、奴は深手を負っていたにも関わらず、
「ウグアアアアッ!!!! させるかよォッッ!!!!」と叫びつつ頭上から糸を撃ち放ってきた。
すると、鎧の体は再び縛り上げられ、地面へと崩れ落ちていく。それと共に、ジークとミーシャの下にも鋭く細長い糸が無数に迫り来た。
それには、意表を突かれる。左手を落とせば奴の戦意が削がれるだろうと思い込んでいた。だが、奴は思いの外、意地をみせてきたのだ。
そして、ミーシャの身を糸から守るだけの時間はすでになかった。
しかしそこで、後方より凄まじい突風が吹き荒れる。アリシアの放った斬烈波。それは、3本に別れ、ジークの身を少し傷つけながらも、糸を確実に切り裂いていった。
また、それだけに止まらず、斬烈波は勢いよく奴の下へと向かっていく。奴が、それから逃れる事などできやしない。
「くそおっ!!! なぜ!? なぜ、この僕がこんな目に!! 合わなければいけないんだよぉ!!!!?」
奴は必死に顔を覆い、自身の犯した悪行を省みる事もなく、身勝手な事を漏らしていた。
ただ、それも空しく、奴は全身を切り裂かれていく。
「グハアアアアッ!! ウグゥアアアアアッ!!!!!」
奴は腕や足、胴体から血を流し膝を突いた。そして次の瞬間、奴は遂に地面へと倒れ込む。
ジークと同様に痛ましい姿。
それでも、奴は地に伏せながら、すぐ目の前まで迫りきたジークとアリシアを睨みつける。それと同時に、奴はアイシャの方を一目見てきた。
「ウグアッ……! いつの間に!? いや、それ以前に彼女からここまで靄は延びてはいなかった筈だぞ!? 一体どうやって僕の背後に鎧を作り出したんだ!?」
エレクはそんな疑問を口々に呟いている。
確かに、奴の言う通り、真っすぐ靄が伸びていたのなら、誰でも気が付く筈だ。
しかし彼女の靄は、エレクの下へと真っすぐ向かっていたのではない。靄は糸を伝い天井裏へと延ばしていた。それを彼女は、気取られない様にジッと地面に倒れ込んでいたのだ。
エレクはそれに気が付くと、苦し気な表情を浮かべ呟いた。
「クッ……。そう言う事かッ!? 僕の糸は、またしても利用されたのか!? ふざけた真似をッ!」
ただ、奴は悪態を吐くだけ。最早、万策尽きたのか、寝ころんだままジーク達を睨みつけているのみ。
長きに渡る奴との戦いに、ようやく終止符が打たれたかの様に思われた。
だが、一方のジークは、奴のそんな姿を冷めた目で睨み返しているのみ。
そこで、奴はやっとジークの存在を受け入れられたのか、言葉を詰まらせながら問い掛けてきた。
「な、なぜ!? 君がここにいる!? 君は確かに、この糸で殺した筈だが……!?」と。
それに対しジークは、毅然とした態度で答える。
「死体は確実に処理しとくべきだったな? 貴様の怠慢が招いたのだ」
すると、奴は苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべ、さらに問いを重ねてきた。
「ッ…………。大体、どうやってここがわかった!?」
それには
「貴様への怒りが、俺をここまで導いた」とだけ告げ、左腕を繋ぎ合わせている透明な糸を奴へと見せつけた。
そこで、奴は全てを理解したのか、不快感を露わにしてきた。
「ッ……そう言う、事かい。僕の糸を手繰って、ここまできやがったのか……」
それにジークは頷きつつ答える。
「ああ。さながら、アリアドネの糸と言ったところか? 貴様のお陰で、迷わずには済んだ」
また、それと同時に彼は
「そして、貴様はここで仕留める」とも告げた。
そして次の瞬間、ジークは奴の下へとゆっくり歩み出していく。その動きは非常にゆったりとしたものであった。体を左右に揺らしながら、おぼつかない足取り。
だが、その姿でさえエレクの目には、鬼神の如く映っていた。
奴はジークに酷く怯えていたのだ。いくら、手負いとは言え真っ向勝負では絶対に敵わないと。
そこで、奴は慌てふためき
「おい! く、来るなよ! こっちには人質がいるんだぞ!」と言い放ってくる。
次いで、奴は左腕の中に無数の糸を作り出し、アイシャに突きつける様な素振りを見せてきた。
しかしジークは、それに構わず奴の下へと進んでいく。
その様子に、エレクはさらに取り乱す。奴は、体を仰け反らせながら、糸をアイシャの下へと近づかせていた。
「ッおい! 聞こえているのか!? 本当にこの女を殺すぞ! それでもいいのか!?」
そんな勧告にも、ジークは何の反応も返さない。
するとエレクは、遂に痺れを切らす。
「これは、脅しではないんだぞ!」
そう叫ぶと、エレクは左腕を振り上げ、糸を一斉にアイシャへと向かわせた。
だがその時、
「斬烈波!!」と叫ぶ声が部屋中に響き渡る。
すると次の瞬間、ジークの後方より3本の衝撃波が現れた。それらは、大気を切り裂く様な凄まじい音を上げながら、エレクの下へと勢いよく向かって行く。
そして、衝撃波は瞬く間の内に、糸を全て切り裂いていった。
それにエレクは酷く驚かされる。
「何ッ!? この力は!?」
ただ、奴が疑問を口にしている暇はなかった。先程放たれた衝撃波は、糸を切り裂いただけでは止まらず、エレクの体をも切りつけようとしていたのだ。3方向から取り囲む形で。
そこで、エレクは苦し気な表情を見せながら後方へと飛び退いていく。それと同時に斬烈波へ向けて糸を放った。すると、糸は易々と切り裂かれてしまうが、衝撃波の軌道を逸らす事は叶った様子。そして、衝撃波はエレクを捉える事は出来ず、天井と床と壁にそれぞれが、当たり勢いを失っていく。
その光景にエレクは安堵の表情を見せると同時に、ジークの後方を睨みつけた。
するとそれに応える様に、彼女が姿を見せる。
アリシア=ミハイル、彼女は左腕に刀を右肩にミレイを担ぎながら、エレクの前に姿を現したのだ。
そして、すぐさま彼女はエレクに語り掛ける。
「ごきげんよう、エレク。随分と危ない事に首を突っ込んでいる様ね。色々と話が聞きたいから大人しく、投降してくれる?」
それに対し、エレクは奥歯を噛みしめながら
「ッ……!! この、死にぞこない共が!! 今すぐ、ここで殺してやる!」と吠え散らかしてくる。
それと同時に、奴はこの部屋の至る所から無数の糸を出現させてきた。それは、シャンデリアや天井や壁などの至る所から。奴とミーシャ以外の全てを貫くべく、飛び出てきたのだ。
「ッ! 厄介な糸ね!」
アリシアはそう呟くと、ミレイを守りつつ、向かい来る糸を刀と斬烈波で切り裂いていく。
一方、ジークはアイシャの下へと急いで駆け寄り、彼女を抱きかかえた。そこで、ジークは体内魔術を掛ける。
――バイタル・アクセラレーション ハーフブースト
そして、彼女が受けていたであろう糸を、その身で一身に受けた。
しばらくの間、ジークの身には糸が襲い掛かってくる。それと共に、鈍く鋭い痛みが走った。だが、それもしばらくすると完全に止んだ様子。
そこで、ジークは背中に突き刺さった糸を引き裂きながら周囲を確認する。すると、辺り一帯は変わり果てた光景となっていた。先程まで広がっていた華美絢爛なパーティ会場は、蜘蛛の巣の様な糸が張り巡らされ、まるで長年放置された廃墟の様になっている。また、周囲の視界は非常に悪く、アリシアやエレクの姿は視認できない。
ただそんな事よりも、今はアイシャの容体の方が気になった。
ジークはすぐさま、周囲の糸を切り裂いて、彼女を床に横たわらせる。そして、彼女の体を見回した。
彼女の腹からは依然として真っ赤な鮮血が流れ出ていたが、他に傷はみられない。どうやら、糸はジークの体を突き破りはしなかった。
それに、辛うじて彼女の意識はある。
彼女は息も絶え絶えに、苦し気な表情でジークを見つめ返してきた。そんな彼女に対し、ジークは語り掛ける。
「アイシャ、遅くなって済まなかった」
すると、彼女も謝罪を述べてきた。
「ジーク……。ごめん……うちじゃ、何の役にも立てやんかった……」
それにジークは頭を振る。
「いいや、お前はよくやってくれたさ。よく、あいつの足止めをしてくれた。お前の行為は決して無駄なんかじゃない」
そこで、アイシャは虚ろな目でありながらも、笑みを見せてきた。
「珍しく、気の利いた事を……言ってくれるやない」
ただ、それにもジークは首を横に振る。
「いや、本心からそう思っているんだ。だから、お前はあと少しだけ頑張ってくれ。すぐに終わらせてくる」
ジークは彼女に優しく言い聞かせる。するとアイシャは、おもむろにジークへと手を伸ばし、頬に触れてきた。
「うん……もう少しだけ頑張る。だから、手を貸して……」
それを聞くと、ジークは力強く頷き、彼女の手を握る。
「ああ、任せろ」
そして、ジークはアイシャの腕を離し、ゆっくりと立ち上がった。それと同時に、どこかにいる筈のアリシアに向けて言い放つ。
「アリシア! お前なら無事だろ? この鬱陶しい糸を蹴散らしてくれ!」
すると、ジークの後方より返事が返ってくる。
「今、そうしようと思っていた所よ!」
そして、たちまち彼女の斬烈波が周囲の視界を切り開いていく。
やがて、斬烈波はこの部屋の奥にまで届くと奴の居場所も明らかとなった。奴の姿はは壇上にある。しかし、先程まであった苦し気な表情はどこにもない。奴は、元の蔑んだ表情へと戻っていた。その要因は、奴の左腕に抱えられたミーシャの姿。エレクは、またしても人質をとってきたのだ。
その姿に、ジークは呆れ果てると共に、嫌味を放つ。
「また、人質か……。それしか芸がないのか?」
すると、奴は開き直り
「はっ! 何とでも言うがいい!! 君たちに構ってやる暇などない。このまま、僕を見逃すというなら、命までは取らないで置いてやるよ!」とふざけた事を告げてきた。
しかし、ジークはそれを一蹴する。
「それが交渉の条件になるとでも? お前がミーシャを殺せば、飼い主との契約は破綻するんじゃないか?」
ただ、奴はそれを聞くと急に笑い出す。
「はははっ……。ああ、そうだよ。だが、君たちにただで捕まるのも癪だからね。僕を捕えようとするなら、この女を殺して君達に深い絶望を与えてやるよ」
そう告げると、奴は糸を彼女の首に巻き付けてきた。それと共に、声も出せないミーシャが苦し気な表情を浮かべ出す。
その様子にジークは、苛立ち混じりに言い放つ。
「そこまで堕ちていたとは……。惨めだな」と。
そして、アリシアも言い放つ。
「最低ね。同じ天使として恥ずかしい限りだわ。あなただけは、絶対に許さない!」
しかし、二人はそう告げはしたものの、奴のその発言により手出しが難しくなってしまった。奴は追い詰められた事により、自棄になっている。今の奴なら、本当にそうしでかねないと思わざるを得なかったのだ。
すると奴は、勝ち誇った様な笑みを浮かべ
「そうだよ。そのままジッとしているんだぞ? 僕がここから出ていくまでな」と言い放ってくる。
そして、奴はミーシャを抱えたまま、ゆっくりと後ろに下がり出した。出入口はジーク達が抑えている筈だが、奴の事だ。どこかに抜け穴を用意しているのだろう。
その様子をジーク達は、歯がゆい思いのまま、ジッと睨みつける事しかできない。
しかしその時、突如として奴の背後より黒い靄が浮かび上がった。そしてそれは、一瞬で鎧の形を成していく。
それにエレクは
「ッなに!?」と驚き、酷く取り乱す。
想定外の事態。ジーク達ですらアイシャの鎧が現れる事など予見していなかった。
そして、奴はすぐさま前方へと飛び退こうとする。
だが、奴が躱すよりも早く、鎧の剣は眉間を捉え振り下ろされていた。
そこで、エレクは咄嗟に右の掌で受け止めてしまう。
すると、エレクの掌は抉れ、激しく血が飛び散っていく。
「グゥッ……!! アイシャ・アスモデウスッ!!! ふざけた真似をッ!!!! 宣言通り、君の妹は殺すッ!!!」
奴はそう叫ぶと、左手を僅かに動かし糸を操る素振りを見せくる。奴は今にもミーシャの首をへし折ろうとしてきたのだ。
だが勿論、この機を逃すジーク達ではない。
すでに、ジークとアリシアは奴のすぐ傍まで駆け寄っていた。
そして、すぐさまジークは懐へと入ると、ミーシャの首へと伸びていた糸と奴の左手を切り裂いて見せる。
「アグアアアアアッ!!! いてええええええッ!!!!! いてぇなァッ!!!!!!」
奴の断末魔と共に左手は体から切り離され地面へと落ちていく。それにより、ミーシャの体も奴の魔の手から解放された。そこでジークは、一先ず彼女の確保を優先させる。ジークは彼女を抱き寄せると同時に、奴から距離を取ろうとした。
しかしその時、奴は深手を負っていたにも関わらず、
「ウグアアアアッ!!!! させるかよォッッ!!!!」と叫びつつ頭上から糸を撃ち放ってきた。
すると、鎧の体は再び縛り上げられ、地面へと崩れ落ちていく。それと共に、ジークとミーシャの下にも鋭く細長い糸が無数に迫り来た。
それには、意表を突かれる。左手を落とせば奴の戦意が削がれるだろうと思い込んでいた。だが、奴は思いの外、意地をみせてきたのだ。
そして、ミーシャの身を糸から守るだけの時間はすでになかった。
しかしそこで、後方より凄まじい突風が吹き荒れる。アリシアの放った斬烈波。それは、3本に別れ、ジークの身を少し傷つけながらも、糸を確実に切り裂いていった。
また、それだけに止まらず、斬烈波は勢いよく奴の下へと向かっていく。奴が、それから逃れる事などできやしない。
「くそおっ!!! なぜ!? なぜ、この僕がこんな目に!! 合わなければいけないんだよぉ!!!!?」
奴は必死に顔を覆い、自身の犯した悪行を省みる事もなく、身勝手な事を漏らしていた。
ただ、それも空しく、奴は全身を切り裂かれていく。
「グハアアアアッ!! ウグゥアアアアアッ!!!!!」
奴は腕や足、胴体から血を流し膝を突いた。そして次の瞬間、奴は遂に地面へと倒れ込む。
ジークと同様に痛ましい姿。
それでも、奴は地に伏せながら、すぐ目の前まで迫りきたジークとアリシアを睨みつける。それと同時に、奴はアイシャの方を一目見てきた。
「ウグアッ……! いつの間に!? いや、それ以前に彼女からここまで靄は延びてはいなかった筈だぞ!? 一体どうやって僕の背後に鎧を作り出したんだ!?」
エレクはそんな疑問を口々に呟いている。
確かに、奴の言う通り、真っすぐ靄が伸びていたのなら、誰でも気が付く筈だ。
しかし彼女の靄は、エレクの下へと真っすぐ向かっていたのではない。靄は糸を伝い天井裏へと延ばしていた。それを彼女は、気取られない様にジッと地面に倒れ込んでいたのだ。
エレクはそれに気が付くと、苦し気な表情を浮かべ呟いた。
「クッ……。そう言う事かッ!? 僕の糸は、またしても利用されたのか!? ふざけた真似をッ!」
ただ、奴は悪態を吐くだけ。最早、万策尽きたのか、寝ころんだままジーク達を睨みつけているのみ。
長きに渡る奴との戦いに、ようやく終止符が打たれたかの様に思われた。
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婚約破棄、そして辺境送り――。
子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。
「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」
冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。
しかし、マリエールには秘密があった。
――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。
未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。
「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。
物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立!
数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。
さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。
一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて――
「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」
これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、
ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー!
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
「お前を愛することはない」と言われたお飾りの妻ですが、何か?
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することはない!」「そんな事を言うために女性の寝室に押し入ったのですか? もう寝るつもりで化粧を落として髪をほどいて寝着に着替えてるのに! 最っ低!」
仕事大好き女が「お飾りの妻最高!」と恋愛感情無しで結婚したらこうなるよね、というお話。
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