アイツが女装やめたら世界が滅びるんだってさ

左側

文字の大きさ
上 下
10 / 12

10 それ、どうでもいいだろっ!

しおりを挟む
オレは憤りながら、ドカドカと廊下を走った。
ちょっと離れた後ろから近衛兵長が慌てて追い掛けて来る。


よし、牢屋に着いた。

ここの牢屋の壁は、普通に壁だ。鉄格子状態になっているのは扉だけ。
街外れにある、普通の犯罪者を入れる普通の牢屋みたいに、全体的に鉄格子でスカスカ状態なワケじゃないが。扉に近寄ってみれば牢屋の中は丸見えだから、特に問題は無いらしい。


扉を開けようとしたオレの手は、近衛兵長に簡単に捕まえられた。


「もう追い付いたのか、近衛兵長。流石の身体能力だな。」
「俺が開ける。念の為だ、エルドレッドは少し下がってろ。」

無駄にキリッとした感じな近衛兵長のドヤ顔が小憎らしい。


ガチャ…。


「お先ぃ~。」
「おい……!」

だから、扉が開いたらオレが一番で中に入ってやった。
入ってさっそく、灯りを点ける。



牢屋の中は意外と小綺麗だ。シンプルな備品も用意されている。
寝る為のベッド。座る為の椅子。食事を乗せる為のテーブル。
照明は壁の一角に張り付けられた『灯り板』だ。魔術を利用した物品で、誰でも触れるだけで操作出来る。火を使わない所も使い勝手がいい。

簡素なベッドの上で一人、膝を抱えて、項垂れている奴がいた。
昨夜、侍従の格好で拘束されて、泣いていた襲撃者だ。


「おい、エルドレッド、不用意な真似をするな!」

急いで追っ掛けて来た近衛兵長が、オレと襲撃者との間に割り入った。
まるで庇うように颯爽と立ち、大きな背中でオレを隠している。

なんつ~か、新米の兵士にするような態度だな。
それか、子ども扱いだ。

ちょっと不貞腐れそうになったのを、オレはグッと堪えた。
近衛兵長は、襲撃者が牢屋内にいる状態でも警戒している。
捕まったとは言え、仮にも王子を襲うような連中だから。まだ諦めていないかも知れねぇし、開き直って何をして来るかも分からん、ってトコだろう。
職務上、それが当たり前だから仕方ねぇもんな。



「心配になる気持ちは分からんでもねぇがよ? 新米でもあるまいし、ちょっと過保護なんじゃねぇの? 近衛兵長さん?」
「俺から見りゃ、同じようなものだ。……あと、どうでもいいだろうが、エルドレッド。お前サン……ひょっとしたら、俺の名前を知らんのか?」
「それ、今、本気でどうでもいい話だな。そんな事より……。なぁ、お前。」

本当にどうでもいい話だったから、軽く流す事にする。
オレは近衛兵長の背中越しに、怯えた表情の襲撃者に話し掛けた。


「身体の方は大丈夫か? 魔法でずっと拘束されるの、シンドかったろ?」

顔を良く見れば、襲撃者は随分と若いように感じるが……どうにも見辛い。
ハッキリ言って近衛兵長が邪魔になっている。


「なぁ、近衛兵長。ちょっとどいて貰えねぇか? 悪いんだが邪魔だ。」
「おい…っ! ………ったく、仕方ない奴だ。どうせ断っても聞かないんだろう?」
「流石は近衛兵長、話が早い。」
「俺の隣に居ろ。絶対に、前には出るなよ、絶対にだ。それと……なぁ、エルドレッド? お前まさか本当に、俺の名前を知らないんじゃないだろうな?」
「いや、本当に。それは別に、今はどうでも良くないか?」

ちゃんと襲撃者を警戒している割に、どうでもいい話とか。
全く……緊張感があるんだか、無いんだか。




   *   *   *




侍従姿の襲撃者は、実に大人しく聴取に応じた。


襲撃者連中は侍従の格好をしていた奴も含め、全員がまだ若い少年達だった。
貧しい家の子供と、家出少年とがツルんでいるだけで、まだ大した悪事もやり慣れていない。住人が在宅中の家に押し入っての強盗なんかは出来ないような、留守中を狙って空き巣をするのが精々な小悪党達だ。
昨夜だって、誰かにヴァレンタイン殿下を狙えと命じられたのでもなければ、そもそも王族の部屋に押し入る気も無かったらしい。

入れそうな気がしたから入り、進めそうな気がしたから進み。侍従の格好に着替えたのも。殿下が身に着けている装飾品を外したのも。
何となく、そうしただけ。


そんな連中が城内に入り込み、王族の私室にまで辿り着く……とか。

普通ならば由々しき事態だ。有り得ねぇ。
警備のヌルさを責められ、警備に関わる大勢の人間が処罰されるだろう。


だが今回の事で、近衛や侍従がお叱りを受ける事は無い。
襲撃に関する全てが、クソ王子自身の所為だからだ。

どうやらクソ王子の中にいる魔王の能力が勝手に、自らの封印を解く為に役立ちそうな存在を、近場から見繕って呼び寄せているらしい。
強大な魔王パワーが導いている所為で、警備をどんなに厳しくしたって簡単に掻い潜られる。人間風情じゃ殆ど対抗出来ねぇんだ。




話を聞き終えたオレは、今回も襲撃者を『預かる』事にした。

コイツらはクソ王子を襲ったんじゃねぇ。襲わされたんだから。
通常の収容所行きになる前に、ワンチャンスあってもいいだろう。


「なぁ、近衛兵長…」
「…フィクサスだ。」
「……あぁん?」
「俺の名はフィクサス。なんだったら、フィズって呼んでもいいぞ?」
「今はそれ、どうでもいいだろっ!」

近衛兵長の方も何となく、いつも通りだと分かったんだろうがよ。
そんな所に拘っている場合か? リラックスし過ぎだろ。




……っていうか。
仕事上の付き合いがある相手を、あんまり親しそうに呼ぶと……。


アイツ、機嫌が悪くなるんだよなぁ……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

完成した犬は新たな地獄が待つ飼育部屋へと連れ戻される

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

カテーテルの使い方

真城詩
BL
短編読みきりです。

ヤクザと捨て子

幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子 ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。 ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。

僕の穴があるから入りましょう!!

ミクリ21
BL
穴があったら入りたいって言葉から始まる。

処理中です...