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第三章 この国に来た頃まで戻って
83 話せる人
しおりを挟む謂れの無い文句を聞かされたのに、ランバルト様は気を悪くした様子も無かった。
その態度に僕は、申し訳なさを感じてしまう。
「……すみません。」
「何を謝ってるんです? まぁいいですけど。」
「でもどうして……今になって、僕に声を掛けたんですか?」
「他のランバルトの知識を精査した結果、ぼくは、学習したからです。」
ランバルト様はちょっと得意げな顔をした。
こんな表情をしてるときは、僕より年下なんだろうなって分かる。
「他のセルゲイは、特に必要性を感じてなかったんですけど。ぼくは、もしかしたらこの世界のユアは、記憶を引き継いでるかも知れないって思ったんです。一番最近の記憶だと……ほら、学園でのパーティ。ユアをエドゥアルド王子の元へ連行したでしょ。覚えてます?」
「連行って……ふふっ。」
言いっぷりに、僕は思わず笑ってしまった。
12月に開催された、学園でのパーティ。
あのとき僕は、連行されてるみたいだって思ったから。
まさかランバルト様本人もそう思ってるなんて、予想もしてなかったよ。
「連行ですよ。知り合いでもない王子に呼ばれたって、普通は迷惑でしかないです。特に、あの世界でのユアは他と違って、どんな非難を浴びてもこの人のそばにいたい……って気持ちが無いようだったから。」
「そ、そう…見えました?」
「あの世界のセルゲイにはそう見えたんです。少なくとも、パーティでのユアは、何か学習したようでした。」
「………。」
ズバッと言われて、僕は言葉を失くした。
だって本当にそうだもの。
前回の僕は、自分が本当は愛されてなかったって……エドゥアルド王子が心の中で想ってるのはリュエヌ様なんだって。それが分かったから。
ただひたすら、好きにならないように。諦めようとしてばかり、だった。
それまでにもいっぱい傷付いたけど。あれが一番深い傷になって。
もう痛い思いをするのは嫌だから、逃げようとしてたんだ。
「……ぼく以外のセルゲイが、それぞれの世界でユアに何も言ってないのは、それがお互いにとって何の得にもならないからでした。2人の仲を反対する気は無かったけど、手放しで応援出来るような事でもないですから。ユアは他の世界での失敗から何の教訓も得てないようだったので、記憶の引継ぎが無いもんだと判断しましたし。何よりユアが、王子と一緒にいる事を望んでた。」
「本当に……何の学習も、してなかった……。」
「何人ものユアがエドゥアルド王子なんかを好きになって、傷付いてました。セルゲイの記憶にあるユアは、学園にいる間だけですけど。」
「なんか…って、言わないでください。僕は、好き…なんだから。」
「ユアは男の趣味が悪いです。」
「悪くないですっ。エド……エドゥアルド王子は、素敵な人です。」
エドゥアルド王子は、何度ツラい目に遭わされても、好きになっちゃう人。
何度も繰り返して、だけど誰にも言えなくて。
信じてもらえるわけないって、我慢して、黙り込んでた。
だから、それを知ってる人が目の前にいて。話を聞いてくれて。
僕の口は軽くなった。
「素敵……。どこが?」
「カッコ良くて、文武両道で。王子らしく威風堂々としてるのに気さくな一面もあるし、苦手な野菜は息を止めて飲み込むような、ちょっと可愛いとこもあって。それに……僕にとっても優しくしてくれて…」
「下心があれば優しくするでしょ。」
「違いますっ。下心とかじゃなくてっ。王子は知り合いになる前から優しくて、初めて会ったのは、困ってる僕にリボンタイを渡してくれたからで…」
「ふーん、そうですかー。確かにそんなエピソードもありましたねー。」
「聞いといて興味無さそうにしないでください。ちゃんと説明しますから。」
やっぱり諦められてなんか、なかった。
ランバルト様がちょっと引き気味になるくらいには、力が入ってしまってる。
今まで話せる人がいなかったから。
「説明はもういいです。要するにあれでしょ、他の世界の、……ユアの中では前回やそれ以前の人生ですか……とにかく、上手く行ってた頃のユアの記憶に引きずられてる。」
「べっ、別に、引きずられてるわけじゃ…」
「だって今回の人生で、王子と出会ってます? 出会ってないでしょ?」
「それは……確かに、そうだけど。」
「誤解しないで欲しいんですけど、それが悪いって言うつもりは無いですから。それより、今の流れでちょっと聞きたい事が出来たんですけど。」
「え、この流れで……?」
この流れで他に聞きたい、別な話題って。
むしろそれに驚きなんだけど。
「ユアは他に好きな人はいなかったんですか?」
この流れで他に聞きたい話題がそれ、って。
本当に驚きなんだけど。
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