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第三章 この国に来た頃まで戻って

77 祝福の代償がこれしきで済んだと喜ぶべきか

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「ねぇ、次はミルクティーにしよっか~?」

「良いですね。」

使用人を全て遠ざけているので、少々時間が掛かっているようだ。

それでも朗らかなジョージの声に、リュエヌも穏やかに返した。




夢の話や自分の身分についてジョージに伝えたリュエヌだが、自分がエドゥアルド王子と肉体関係にある事は話していない。

既に知られているかも知れないし、そうでなくとも簡単に予測が付く事だろう。

しかし自分の口から言うのは憚られた。

自分や王家の性事情を晒す事への羞恥心から、ではない。

リュエヌにとって……だけでなく、代々のオーウェン家に迎え入れられた何人もの養子達にとっても。それは余りにも惨めな事実だったからだ。



孤児院から引き取られる、ある意味で出自が分かっている養子達とは違い、遠縁の親類からという名目の養子達は全員が王族の子だった。

この国の、本当に限られた数名の関係者だけが知る秘密だ。

間違いなく王子であるにも関わらず、身体が弱いだの留学だのと色々と理由を付けられて、決して表に出される事の無い子。

彼らの存在理由は、兄の、あるいは父親や叔父の、もしくは従兄弟の……ともかく、王族の欲望を受け止め、その子を産む事にある。

それは、公けには祝福と呼ばれる呪いの所為に他ならない。


王族が子を授かり難いのは、子作りが出来るような反応を示さないからだ。

精霊の祝福を受けた身体が反応するのは、同じように、精霊に愛された者だった。

必然的に王族の欲望は、自らの身内へと向けられる。

従兄弟よりも甥に。それよりも兄弟へ。より自分と近い方、近い方へと。

その結果。

国が平穏である事の代償として、遥かな大昔から王族は、近親交配を繰り返す一族と成り果てていた。それはもしかすると、建国当初から……。


オーウェン侯爵家に引き取られるのは、4人目以降の王子だ。

少なくとも3人が王子として城に残っていれば、後継者に関しては問題が起きないだろうというのが1つの理由だ。

もっと言えば、人数が3人程度であれば近親相姦の事実を隠しやすいからだ。

王族が身内へ向ける欲望……単に性欲のみでなく、執着心や支配欲といった感情が、自分よりも年下相手に向けられる場合が多かった。という理由もある。

弟から兄へ、又は甥から叔父へ。年上に欲望を向けるケースは少なかった。

最も年下の王族をオーウェンの人間とする事で、近親交配を隠しつつ、恐らくオールマイティに欲を向けられる人間を確保したのだ。



リュエヌの養父である現オーウェン侯爵閣下も王子で、4人兄弟の末っ子だった。

いつか聞いた養父の言葉を、リュエヌは思い出す。

『仮に、誰か好きな相手が出来たとしても、身体が反応する事は稀です。反応する相手と身体を繋げる際にも、そこに自らの意思は無い。ただ次代の "精霊神の子" を作るだけ。いや、作らされるだけ。……この国の王族は哀れです。』

同情的な発言に、反発を覚えたのは自分がまだ若いからだろうか。

将来的に、必要に駆られた際に、身体を自由にさせる為だけに。城を出された事を嘆いてはいけないのだろうか。

あぁそれとも、オーウェンに引き取られて幸運だったと思うべきなのか。

先に生まれたというだけで王子として扱われ、弟王子に手を出し、果てには嫉妬に狂って弟やその婚約者、自らの婚約者までもを巻き込んで刃傷沙汰を起こした兄王子達の凶行から、リュエヌやエドゥアルドは逃れる事が出来たのだから。


エドゥアルドとリュエヌの上には、5人の王子がいた。

当然の如く、国王陛下や王弟が、更に年下の弟やオーウェンに産ませた者だ。

王子の人数の多さは異例な事だが、3人目以降が立て続けだった事と、現オーウェン侯爵閣下が双子を懐妊していると判明したからだった。

生まれた双子……エドゥアルドとリュエヌは、遠縁の子として、オーウェンの養子になった。

髪の色を変え、顔立ちも化粧で誤魔化した。

しかし、上の王子達が揃って王位継承が出来なくなったため、エドゥアルドは王子として復帰させられた。国民への説明では、教会で神に身を捧げていた王子を呼び戻した、という事になっている。

兄達がいなくなった分、なのか。エドゥアルドに精霊の祝福が強まったから、理由としては丁度良い。


オーウェンにいる間、エドゥアルドがリュエヌに執着する事は無かった。

なのに、数人の兄が亡くなり、若い "精霊神の子" の人数が減った途端、エドゥアルドは双子の弟であるリュエヌに反応するようになった。……なってしまった。

これにエドゥアルドの意思は関係無い。もちろん、リュエヌの意思も。




初めてリュエヌを抱いた後。エドゥアルドは罪悪感と恐怖に震えながら泣いていた。

何度も詫びる顔色は悪く、自分がした事へのショックが明らかだった。


リュエヌの方こそ泣きたい気持ちだったが、何となく分かった事がある。

もしも自分の方が兄だったら、この立場は全くの逆になっていただろうが……弟である自分がエドゥアルドに執着する事は今後も無いだろう、という事と。

今後、確実に兄のエドゥアルドは変わってしまうだろう、という事が。

歴代の王族と同じように。

弟を自分の物として扱う事に、何の抵抗も疑問も持たなくなるのだろう、と。


分かっていても、リュエヌにそれを止める手立ては無い。


リュエヌに出来る事はせいぜい、王家に対して尋常でない忠誠心を表す事だ。

あくまでも臣下として振る舞う事で。

自分を産ませた国王陛下に対し、お前を父親だと思う事は無いと、無言の反発を見せる事くらいだった。




   ◆   ◆   ◆ 



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