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第三章 この国に来た頃まで戻って

73 言動は記憶にあれど感情までは分からない

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ジンには話していない夢の内容を、ジョージに話した理由は単純だ。

ジョージは、リュエヌが見た夢の中でユアと、大いに関わりがあったからだ。


とても鮮明で、大部分は現実の日常と近い、具体的な夢。

だが終わり方は最悪な夢だ。

何度も見ているわけでもないのに、しっかりと記憶に残っている。


夢から覚めた時にリュエヌは、もしやあれは正夢なのでは……などと、彼らしくもない事を考えてしまった。

何故かどうしても、単なる思い込み、ただの夢だとは思えなかった。

そんな風に思ったのは初めてだ。

そしてつい、確認するように、ジョージに「妙な夢を見たのです」と言ったのだ。

冷静に考えれば、夢に出て来た本人に話したところで無意味だろうに。

悪い夢を見たら誰かにそれを話すと良い、という風習があるからか。

そんな迷信を本気で信じていたつもりは無いが、ジョージに話して良かったと思ったのだから、事実その通りなのだろう。



リュエヌは覚えている限りの、夢の内容のほとんどをジョージに話した。


夢の世界でのジョージは、いつの間にかユアと知り合っていた。

ジョージが自分の事を「ジェニ様」という特別な愛称で呼ばせ、それなりに気軽な口調で会話をする程に親しくなっているようだった。

ユアをお祝いする席をジョージが用意していると知り、そこに有無を言わさず押し掛ける形でリュエヌが参加した。

リュエヌをユアに紹介する際、途中でジョージが飽きてしまい端折られた。という、ささやかな場面も覚えている。

3人で食事をして、ユアに入学祝の品を贈った。


……と。ここまでならば何も問題は無い。

初対面の相手へわざわざ贈り物を用意していた事も、そこがお祝いの場だと知っていれば当然の礼儀だと言えよう。


リュエヌが自分でも解せないのは。

ユアに家名ではなく「リュエヌ様」と呼ぶ事を許した上に、自分の方から「友人になりましょう」と言い出した事だ。


ジョージにエスコートされて歩いて来る姿を初めて見た時も、食事をしながら会話した時も、特にこれといって親しくなりそうな出来事は無かった。……ように、今のリュエヌは思う。

ユアの何かが気に入ったらしい口振りにも聞こえるが、その理由が見当たらない。

何故あのような言動を取ったのかが、自分でも分からない。


確かにユアは、特待生制度を利用出来る程度には優秀だが、貴族の子息でもなければ裕福な家柄の子でもない平民だ。元々は隣国の孤児だから、特別な後ろ盾も無い。親しくなるメリットも、気遣わねばならないような義理も無い。

もちろん、貴族令息が平民と友人になる事自体を「ありえない」と言い捨てる気も無いのだが。夢の中ではジンが、特定の平民とジョージが親しく付き合っているらしい状態を心配していた。

そんな警戒の対象であるユアを、一目見て、友人になりたいと思ったのだろうか。

自分はそんなにロマンチックな人間ではない。

であれば、自分の目でユアの人間性を見極めようとでも考えたのだろうか。


だとしても、距離の詰め方がお粗末ではないか。

夢に整合性を求めても仕方ないと、言ってしまえばそれまでなのだが。


しかも出会った日からさほどの期間も経たぬ間に、リュエヌはユアを自分の婚約者だと言い放つのだから、尚更に混乱する。

自分で言うのもなんだが、ユアの方からも、リュエヌに対してそこまでの好意を示すような態度は見受けられなかったのだから。

更に言えば、3人での食事以降、夢の中のリュエヌはユアと会えていない。

一体何がどうなって、婚約者となったのか分からない。



リュエヌは、夢の中での自分の言葉や行動について、ある程度覚えている。

だが、その理由、何を考えていたのか……思惑や感情が分からない。

記憶に残っているのは、自分が声に出した内容と、実際に起こした行動だけだ。


これではまるで、夢の中の自分と言うよりは、同じ名前と容姿の別人。

そう言い表した方が、実は当てはまっているのではないか。





「ユアは…」

意識的に、声に出してみた。


すぐにユアの姿が思い浮かぶものの、実物を目にしていた時のような愚かな感情は、まだ湧き出ては来ない。

関係性が深くないから、かも知れない。

ただ、また会いたい、とは思った。



夢の中では、ユアと出会ってから婚約するまでのエピソードは出て来なかった。

何度振り返っても思い出せない。


夢で見るなら普通、そこではないのか。婚約する経緯は重要だろう。

もしこれが恋愛物語の演劇舞台だったとして、そういう場面を省略してしまっては観客の受けが悪いですよ……と。

そう考えてリュエヌは胸中で苦笑する。


ひょっとしたら自分はロマンチックな人間になってしまったかも知れない、と。



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