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第三章 この国に来た頃まで戻って
74 正常な判断力があるかどうかも怪しい想像
しおりを挟む「ぅん? ユアが何?」
「あ、いえ、……。ユアは学園に通わないのでしょうね。」
呟きに反応したジョージが聞き返し、リュエヌはそれらしい返事をする。
だが本当は、リュエヌの頭の中に浮かんでいた言葉は違う。
…………ユアは、私の事を覚えていないのでしょうか。
流石にこの言葉は、声に出す前に踏み留まれて良かった。
夢で見た出来事を現実に持ち込んだ発言で、余りにも妄想が過ぎる。
覚えているも何も、ユアはリュエヌを知らないはずだ。
ジョージを介して知り合った事も、婚約したらしい事も、夢の話なのだから。
「そうだねぇ。あの感じだと、そうかも。……もう働いてるっぽいし。特待生で入学して来る、って可能性はかなり低そうだね。」
咄嗟に誤魔化した言葉だがどうやら不自然ではなかったようだ。
特に気にする様子も無く、ジョージは頷きながら続ける。
「それにしてもさ、ユア…ちゃん? ボクの予想よりもだいぶ童顔だったけど、凄い可愛かったね。そこだけは、ちゃんと、夢の通りで良かったじゃない。」
「ちゃん付けは無いでしょう。貴方よりユアの方が年上ですよ?」
「そうは見えないけどねぇ。本当にボクより年上なのかなぁ。……だってさ? リュエヌが見た夢とは結構、違ってる部分、多くない? リュエヌが言ってた孤児院に、ユアは住んでなかったし。あの分だと、入学試験で首位を取って特待生に……ってわけでも無さそうだし。」
「えぇ、まぁ……そうですね。」
そこはリュエヌも同意せざるを得ない。
確かにジョージの言う通りだ。
現実の状況は、リュエヌが夢で見たものとは何箇所も違っている。
しかし……。
夢でのリュエヌは、アルファルファの義弟と出くわした際に、「思い出した」と言った。
そして激高したように掴み掛かったが、義弟から「覚えてるヤツが悪いんだからね」と、逆に襲い掛かられたのだ。
その結果、見事な返り討ちに遭ったわけだが……あの時のリュエヌが言い放つ言葉は確かに、激しい怒りを表していた。
養子がユアの腹に宿った生命の存在を知っていて、ユアを手に掛けようとした事。
到底許せるものではないと、夢でリュエヌが激怒していた。
「あのさ……ユアを守るためにって言うけど、リュエヌと婚約する必要ある?」
「ありますよ。ただの友人という関係性では、平民のユアを守り切れないでしょう。婚約者であれば、私が信頼の置ける者を護衛としてユアに張り付かせる事も可能です。」
ユアを守らねば。
ユアと、ユアが授かるだろう子供を守らねばならない。
……その思いが、強迫観念のようにリュエヌの胸中深くにあった。
噴水公園で強く感じた、ユアへの激しい感情はすっかり大人しくなっている。
あんなにみっともない思いを抱いたのは、初めて会ったユアの隣に、他の男がいる事を予想していなかったからだろうか。
ユアを守るのは自分だ、と。そう思っていたから、見知らぬ男の介入を不愉快に感じたのかも知れない。
「それはそうだけどさ、守るって言っても、誰から守るのって話。リュエヌが言ってた……ほら、ブリガンデ公爵家が養子にする予定の子。アルフィに確認したけど、まだ8歳の子供だって言ってたよね。そこも違ってるじゃん。夢の中ではユアを傷付けたって話だけど、あんまり心配しなくても…」
「…油断は出来ないのですよ!」
「あ…っ、ごめん……。」
「……いえ、私の方こそ、強い口調で……すみません。」
夢の中で、病床で目覚めた後のリュエヌは明らかにおかしかった。
まるで自分とは異なる記憶があるかのようで。
アルファルファ・ブリガンデと婚約していたが、それは過去の話だ。現在は婚約者などいない。……そう言って説得されても聞かない。
完全に気が触れたと判断されて以降は、糸の切れた操り人形のように何もせずにいた。ただ時折、ブツブツと独り言を呟いていた。
ひょっとすると夢の中のリュエヌも、現実のリュエヌと同じように、不思議な夢を見たのかも知れない。
そうであれば、もしや……何の根拠も無いのだが……夢の中のリュエヌは、誰かに、何かを伝えようとしていたのではないだろうか。
例えば……そう、"次の自分" が同じように、夢を見る事を期待して……。
次の……………?
そう考えて、リュエヌは。
ジョージと話しながら、既に自分が、夢を、夢扱いしていない事に気が付いた。
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