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第三章 この国に来た頃まで戻って
68 出会うはずは無いのに
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7月になった。
季節は初夏から夏に移って、宿屋の制服シャツが半袖に変わった。
僕は6月末で18歳になってた。
学園の入学試験は受けてない。
「それじゃあ頼んだぞ。気を付けてな。」
「はい。行って来ます。」
昼食の混雑した時間を過ぎて。食堂の利用客もちょうどいなくなった辺り。
僕は噴水広場まで、お遣いを頼まれた。
広場の屋台で最近売られ始めた、ふわっふわのお菓子を買いに行くんだ。
宿屋があるのは、学園と同じ都内の、中心部から少しだけ離れた位置。
近くにある噴水広場や周辺の大通りでは、屋台の物売りが幾つも出てる。
夏場は数が増えるし、夜にも営業してる屋台もあったり。
貴族の人達が来るような高級さは無いけど、とても賑やかで活気のあるところ。
もちろん、食べ物屋さんもたくさんあって。今日のお昼は屋台で食べようって人が増えるから、宿屋の食堂で働く立場としては、単純にワクワクしてばかりもいられないんだけど。
厨房リーダーは、結構甘いものが好きなようで。屋台に何か新しいものが売られ始めたって話を耳にすると、すぐ買いに行きたくなるみたい。
そのときに厨房の皆の分をまとめて買ってくれるから、代表して買いに行く人をいつもじゃんけんで決めてるんだけど。
今日は、1番負けたのが僕だったんだ。
「ホゼ、人がいっぱいだから手を繋いで行こうね。」
「うんっ! ゆあと手って繋いでくっ!」
宿屋の外に出た僕は、ホゼと手を繋いだ。
1人で買いに行く予定が、急きょ、ホゼも一緒に行くことになったから。
ホゼは、買い物当番決めじゃんけんにカタチだけ参加してたんだよ。だって実際にホゼが1番負けても、ホゼを1人で広場まで買い物に行かせたりはしないからね。
でも僕が行くことになって、ホゼが「一緒に行きたい」って。
人で賑わってる広場に経営者の子供が……しかも一緒にいるのは弱そうな見た目の僕だから。最初は反対されたんだけど。
食堂のウェイター兼酒場の用心棒をやってる先輩が同行してくれる、ってことで。
「人にぶつかったりして危ないから、急に走らないこと。気になるものがあっても1人で行かないこと。それから…」
「…知らない人についてっちゃダメっ。だよね?」
僕が並べる注意事項の続きを、目をキラキラ輝かせたホゼが言う。
お出掛けするのが本当に楽しみで仕方ないようだ。
小さな子だから、すぐ忘れちゃうかも知れないけど。
言い付けをちゃんと守ろうとしてるのが可愛いな。
先輩と僕とでホゼを真ん中に挟んで。
宿屋の前の大通りを少し歩くと、すぐに噴水が見えて来た。
目当ての屋台は結構混んでて、買い物客が並んでる。
これから行列に並ぶのは、小さなホゼにはちょっとつらいかな。
「僕が並んで買って来るから、ホゼは…」
「やぁだっ、ホゼも並ぶっ、ゆあと一緒に並ぶもんっ。」
先輩と一緒に近くの、何処か座れる場所で待ってて貰おうとしたら、嫌がられた。
僕はしゃがんで、ホゼと目線の高さを合わせて、説得を試みる。
「ずっと立って待たなきゃいけないんだよ。ホゼ、いっぱい歩いて疲れたでしょ?」
「疲れてないもん、並べるもん。」
「帰りもいっぱい歩くから、ねっ? ほら、噴水の前にベンチがあるよ。」
「ゆあといるもん。」
体力的に厳しいだろうって思うのに、ホゼは譲らない。
絶対疲れちゃうって、分かってるんだから。
「ぅ~ん、でもね、ホゼ……。」
どうしたもんかと考えてる僕の視界に、小さな何かが入り込んだ。
それは猫だった。
こっちに向かって歩いて来る。
見覚えがあるような……。
でも物凄い特徴のある猫ってわけでもないし。似てる子かも。
「よ~し、じゃあ、全員で並ぶか。ホゼが疲れたら、俺がおんぶしてやるよ。」
「うん、みんなで並ぶっ。」
先輩がそう言いながらホゼの頭を撫でた。
ホゼが嬉しそうに笑ってる。
猫は真っ直ぐ一直線に、こっちに向かって歩いて来る。
その後を追い掛けるように早足で近付いて来る、見覚えのある人達。
「みゅーん!」
「わっ!」
「みゅっ、みゅみゅっ、みゅーん!」
猫は僕の足元まで来ると、膝の上に飛び乗って来た。
しかもテシテシって、僕に猫パンチをお見舞いして来る。
その様子を見たホゼが「ねこ、かわいーっ」って言って喜んでる、けど。
なんとなくだけど……。
この感じ……。
もしかして、なんだか、ちょっと怒ってる……のかな。
「っす……済まない。猫が急に……いや、俺の猫じゃないんだが……。」
「着ている物が汚れてしまいましたね。」
「いえ、あの、大丈夫です。」
猫を追って来たのは。
僕に声を掛けたのは。
こんなところに来るはずのない人。
今回の人生では初めて見る、ジェニ様と、リュエヌ様だった。
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