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第二章 入学試験を受ける前まで戻って

64 転げ落ちる

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校舎の中に入ると、賑やかで浮足立った雰囲気はすぐに消えた。

生徒達がみんなパーティーに参加してるから、廊下には人影が見えない。


足早な義弟は、全然迷い無く職員室に向かう。


ズンズン進む、その後ろから。

僕は少しだけ距離を開けてついて行く。

まるで義弟の後をつけてるみたいでちょっと嫌だけど。

義弟の隣に並ぶのはもっと嫌だし、前を歩くのは怖いもの。




しばらく行った、廊下の先の方。

目的の人を見付けた。


今回の人生では、初めて見る、ジンジェット様だ。


見覚えのある精悍な背中が階段を上ってる。

だけどすぐに、ジンジェット様は踊り場から更に上へ。

階段の手すりフェンスの陰に隠れちゃって姿が見えなくなってしまった。


「あっ……。」

「え~っと、ジン……! じゃない、ジンジェット様ぁ~っ!」

どう言って声を掛けようか。

土壇場で迷ってしまった僕とは対照的に、義弟は積極的に呼び止めようと声を掛けながら走り出す。



僕も走ったんだけど、残念ながら運動神経に差があるみたい。

引き離されながら、頑張って階段を駆け上がる。

踊り場にたどり着いた頃にはもう、義弟は上のフロアにいた。

ちょうど階段を上りきった所でジンジェット様を呼び止めたみたい。


「ブリガンデ家の養子がよく俺に声を掛けようなんて思えたな。」

こちらの方に顔を向けてるジンジェット様は、厳しい表情だ。

眉間に深い皺を刻んで、鋭い眼差しは義弟を睨み付けてるようにも見える。

僕に背中を向けてるから、義弟の表情は分からないけど…


「あの、……すいません、あの…」

「一応…決着したとは言え、だ。当事者の家族同士、よっぽどの事が無い限りは、まだしばらくは接触しない方がいいと……そういう話になってるんじゃあ、なかったか?」

「そっ…ですよね……すいません。」

「俺に何の用だ?」

「すっすいません、ブリガンデ公爵家の養子なんか、か…顔も見たくないで…」

「そういう事を言ってるんじゃねぇよ。何か用事があるんだろ? 謝らなくていいから、さっさと用件を言え。」


…なんだか雰囲気が良くないように感じる。

というか、義弟の態度がおかしい。……なんでだろう。

どんな風に声を掛けたか知らないけど、今は、変に謝り続けてて。義弟が口を開くたびにジンジェット様の機嫌が悪くなってく。

こんなんじゃ話なんか、どんどんしづらくなるのに。


「すいません、ぁの……お元気ですか。」

「お前、ふざけてるのかっ!」

とうとう怒ったジンジェット様が壁に拳を叩き付けた。

重たそうな、結構凄い音がして。

関係無いのに。僕は一瞬、身が竦んでしまう。


やっぱり義弟の態度はおかしい。

まるでジンジェット様を怒らせようとしてる感じ。

アイツはすぐに怒鳴るし、カッとなる……って。

ジンジェット様を、義弟がそんな風に言ってたのを。

ふと、思い出した。


嫌な予感がする。


「用件が無いならわざわざ呼び止めるな! それとも文句でも言いたいのか、だったら聞くからさっさと言えっ!」

「あります、あります。実はユアに頼まれて。」

言いながら義弟が、チラッとだけ僕を振り返った。

促されたジンジェット様も、険しい表情のまま僕を見た。


「お前がユア、か……。」


僕が怒られてるんじゃなくても怖い。

だけど僕は少しずつ、1段ずつ、階段を上り始める。

さり気なく、2人に近付くために。


義弟がジンジェット様の神経を逆撫でしようとするのは。何故だろうって考えて。

その狙いは。

ひょっとしたら、だけど。

ジンジェット様をカッとさせて、わざと階段で突き飛ばされるように。王城で起きた事件と同じように。

そう仕向けてる可能性が、頭の中に浮かんじゃったんだ。


もし、そうだとしたら。

ちゃんと証言出来るように、僕が2人をしっかり見てようと思った。けど。

そもそも義弟が階段から落ちなければ良いんだって、思い直して。

転げ落ちる前に。支えてやれば、何とかなるんじゃないかって。

あぁでも、僕の腕力で、バランスを崩した義弟を支えられるかが心配かも。


「ユアが気にしてて。ジョルジェーニが死んだんじゃないか、って。」

「何だと……?」

「どうせ出来の悪い方なんだから、そんなに気にしなくたっていいのにね。そもそも双子の兄弟なんて、どっちか片方がいればいいんだから。」

「お前……っ!」 「やめなよ!」

堪忍袋の緒が切れたジンジェット様と、僕の声が重なった。


ジンジェット様の腕が義弟の肩口当たりへ伸びる。

たぶん襟とかを掴もうとしたんだろう、けど。

捕まらないように、義弟は上体を逸らした。

そのまま後ろに1歩下がって、ジンジェット様から距離を取る。


踵が、階段を踏み外した。



「危ないっ!」

わざと落ちるかもしれないって、分かってたのに。

僕は、階段に倒れそうになる義弟に手を伸ばした。


義弟が僕にしがみ付き、僕は手すりを必死に掴む。

それで、2人とも事なきを得た……はずだったんだ。


むしろ義弟は僕の胸に自ら飛び込むようにして、僕を抱き込んで階段を落ちる。僕を下敷きにしながら。

踊り場から更にその下まで。

転げ落ちた。



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