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第二章 入学試験を受ける前まで戻って
59 遅れて来た婚約者
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ダンスは終わったのに。
近付いて来る王子殿下が何故か、少しだけ怖くて。
それでも後ずさるだなんて、平民の僕がそんな無礼をするわけにはいかなくて。
だって、踊り終わった他の人達も含め、大勢が見てる中で。王子殿下を明らかに拒むなんて……そんな辱めをすることは出来なくて。
ほんの1秒、2秒の間に。
そんな言い訳じみたことを考えてる間に。
僕の頬に、手を伸ばした王子殿下が指の背で触れる。
何かを確かめるようになぞってから、手のひら全体で包み込まれた。
「ぁの……っ……。」
王子殿下には婚約者が……アルファルファ様がいるんだよ。
忘れちゃいけない。
こんな風に近付いちゃ駄目だ。
そう思って口を開いたけど、ちゃんとした言葉にはならなかった。
僕へと向ける笑顔には、完璧な王族の仮面が張り付いてたから。
あぁ、そうだよね……僕が心配なんか、するまでもなく。
今の王子殿下はちゃんと、王子殿下なんだ。
ちょっと毛色の変わった平民と遊ぶのに夢中になったりなんか、しないんだ。
ステージ上にいる王子殿下と目が合ったように感じたときは、何かの欲望を抑え付けてるみたいな不穏な様子も見えたけど。
あれは恐らく、今はもうリュエヌ様が居ない所為なんだ。
何も言えないでいる僕の手を、恭しい所作で王子殿下が掬い上げて。
流れるように僕の指へと、口付けが落とされた。
まるでお芝居の一場面のようで、見守ってる周囲のあちこちから溜息が聞こえる。
「やはり、リュエヌが用意した物に間違いは無いな。」
王子殿下の唇から、僕にだけ聞こえる小さな囁き声。
ひょっとするとそれは独り言だったかも知れないけど。
「コレであれば抱くのも問題は無さそうだ。」
「………っ!」
反射的に手を引き抜いてた。
無礼だとか不敬だとか、そんなことに気を付けるのも忘れた。
王子殿下は気を悪くしたかも。
ご免なさい。
だけど。
今の……今回の、貴方は。…………僕が、好きになった、エドとは……全く違う人、じゃないか、って。
そう感じてしまったんだ。
「貴重なお時間でお相手いただき、ありがとうございました。王子殿下。」
片足を半歩、後ろに引いて。上体を深く倒して。
僕の視線は足元へ。
そのまま、王子殿下へと。ダンスをしていただいた、お礼を申し上げた。
後は王子殿下が応えてくれれば、僕は背を向けられる。
今日は急に、こんなに近付いてしまったから、僕の情緒がおかしい。
早く何処かで。人に迷惑を掛けなさそうな所へ行って、落ち着きたい。
「………。」
「………。」
なかなか返事が貰えない。
僕はホールから去れないし、次の曲も始まらない。
周囲にいる人達も静かで、ざわめきもしない。
当たり前と言えば当たり前だよね。王子殿下待ち、だもの。
改めて声を掛けようか、もう少し待つか。
迷いながら顔を上げると。
王子殿下の視線は、僕の背後に注がれていた。
つい、釣られて。
僕も後ろを振り返りたくなって。
でも王子殿下に背中を向けることになるから我慢した、ちょうどそのとき。
「遅くなってしまったが……タイミングとしては、寧ろ丁度良かったようだな。」
聞こえた声が、思ったよりもずっと近い。
ビックリして振り返ってしまった。
すぐ近くに、パーティー開始から姿の見えなかったアルファルファ様がいる。
青色と紺色を基調にした、品のあるドレススーツ。
真っ直ぐな銀髪が照明で輝いてて。
「……来たのか、アルファルファ。」
「婚約者に向かってその挨拶とは、素っ気無いのではないか? エドゥアルド?」
口元は笑みの形で緩やかに吊り上げた、こちらも微笑の仮面を被ったアルファルファ様が、軽口を言いながら僕達へと近付いて来る。
足取りは早くも遅くもなく堂々としてて、流石は婚約者様といった貫禄。
固唾を呑んで見守る衆目なんか歯牙にもかけてない。
「ユア、ご苦労だったな。」
アルファルファ様は僕の真横まで着くと、ポン…と僕の肩に軽く手を乗せた。
気の所為か、僕を見る眼差しが少し優しく感じるんだけど……前回の人生の記憶を引きずった願望、かな。
「王族の話し相手をするのは気が張って大変だったろう?」
「お気遣い、ありがとうございます。」
はい、そうです。……とは言えないもんね。
僕の返答にアルファルファ様は、心なしか苦笑い気味になる。
「せっかくのパーティーだ、友人達と楽しむといい。」
「はい。それでは……王子殿下、あ…ブリガンデ様。これにて失礼します。」
王子殿下の代わりにアルファルファ様が、この場を離れるお許しをくれた。
僕はうっかり「アルファルファ様」って呼びそうになって、ギリギリで取り繕う。
少し不満気になった王子殿下が動く前に、それを遮るようにアルファルファ様が足を踏み出した。
僕と王子殿下との間に、スッと入り込んで。
手の平を下向けにした片腕を、王子殿下へと伸ばし。
「せっかくの機会だ。私とも踊ってくれるんだろう? ……婚約者殿?」
「……………………もちろんだ。……婚約者殿。」
結構な間が空いてから、王子殿下はアルファルファ様の手を取った。
ここから何処かへ移動するんじゃないけど、こうやって一旦、エスコートするように手を重ねるのが形式だから。
ダンスに誘う側が差し出す手の平を上下どちらに向けるかで、踊るときの自分のポジションを表明するのが習わしで。相手がその手を取ることで、ダンスペアが成立するんだ。
近付いて来る王子殿下が何故か、少しだけ怖くて。
それでも後ずさるだなんて、平民の僕がそんな無礼をするわけにはいかなくて。
だって、踊り終わった他の人達も含め、大勢が見てる中で。王子殿下を明らかに拒むなんて……そんな辱めをすることは出来なくて。
ほんの1秒、2秒の間に。
そんな言い訳じみたことを考えてる間に。
僕の頬に、手を伸ばした王子殿下が指の背で触れる。
何かを確かめるようになぞってから、手のひら全体で包み込まれた。
「ぁの……っ……。」
王子殿下には婚約者が……アルファルファ様がいるんだよ。
忘れちゃいけない。
こんな風に近付いちゃ駄目だ。
そう思って口を開いたけど、ちゃんとした言葉にはならなかった。
僕へと向ける笑顔には、完璧な王族の仮面が張り付いてたから。
あぁ、そうだよね……僕が心配なんか、するまでもなく。
今の王子殿下はちゃんと、王子殿下なんだ。
ちょっと毛色の変わった平民と遊ぶのに夢中になったりなんか、しないんだ。
ステージ上にいる王子殿下と目が合ったように感じたときは、何かの欲望を抑え付けてるみたいな不穏な様子も見えたけど。
あれは恐らく、今はもうリュエヌ様が居ない所為なんだ。
何も言えないでいる僕の手を、恭しい所作で王子殿下が掬い上げて。
流れるように僕の指へと、口付けが落とされた。
まるでお芝居の一場面のようで、見守ってる周囲のあちこちから溜息が聞こえる。
「やはり、リュエヌが用意した物に間違いは無いな。」
王子殿下の唇から、僕にだけ聞こえる小さな囁き声。
ひょっとするとそれは独り言だったかも知れないけど。
「コレであれば抱くのも問題は無さそうだ。」
「………っ!」
反射的に手を引き抜いてた。
無礼だとか不敬だとか、そんなことに気を付けるのも忘れた。
王子殿下は気を悪くしたかも。
ご免なさい。
だけど。
今の……今回の、貴方は。…………僕が、好きになった、エドとは……全く違う人、じゃないか、って。
そう感じてしまったんだ。
「貴重なお時間でお相手いただき、ありがとうございました。王子殿下。」
片足を半歩、後ろに引いて。上体を深く倒して。
僕の視線は足元へ。
そのまま、王子殿下へと。ダンスをしていただいた、お礼を申し上げた。
後は王子殿下が応えてくれれば、僕は背を向けられる。
今日は急に、こんなに近付いてしまったから、僕の情緒がおかしい。
早く何処かで。人に迷惑を掛けなさそうな所へ行って、落ち着きたい。
「………。」
「………。」
なかなか返事が貰えない。
僕はホールから去れないし、次の曲も始まらない。
周囲にいる人達も静かで、ざわめきもしない。
当たり前と言えば当たり前だよね。王子殿下待ち、だもの。
改めて声を掛けようか、もう少し待つか。
迷いながら顔を上げると。
王子殿下の視線は、僕の背後に注がれていた。
つい、釣られて。
僕も後ろを振り返りたくなって。
でも王子殿下に背中を向けることになるから我慢した、ちょうどそのとき。
「遅くなってしまったが……タイミングとしては、寧ろ丁度良かったようだな。」
聞こえた声が、思ったよりもずっと近い。
ビックリして振り返ってしまった。
すぐ近くに、パーティー開始から姿の見えなかったアルファルファ様がいる。
青色と紺色を基調にした、品のあるドレススーツ。
真っ直ぐな銀髪が照明で輝いてて。
「……来たのか、アルファルファ。」
「婚約者に向かってその挨拶とは、素っ気無いのではないか? エドゥアルド?」
口元は笑みの形で緩やかに吊り上げた、こちらも微笑の仮面を被ったアルファルファ様が、軽口を言いながら僕達へと近付いて来る。
足取りは早くも遅くもなく堂々としてて、流石は婚約者様といった貫禄。
固唾を呑んで見守る衆目なんか歯牙にもかけてない。
「ユア、ご苦労だったな。」
アルファルファ様は僕の真横まで着くと、ポン…と僕の肩に軽く手を乗せた。
気の所為か、僕を見る眼差しが少し優しく感じるんだけど……前回の人生の記憶を引きずった願望、かな。
「王族の話し相手をするのは気が張って大変だったろう?」
「お気遣い、ありがとうございます。」
はい、そうです。……とは言えないもんね。
僕の返答にアルファルファ様は、心なしか苦笑い気味になる。
「せっかくのパーティーだ、友人達と楽しむといい。」
「はい。それでは……王子殿下、あ…ブリガンデ様。これにて失礼します。」
王子殿下の代わりにアルファルファ様が、この場を離れるお許しをくれた。
僕はうっかり「アルファルファ様」って呼びそうになって、ギリギリで取り繕う。
少し不満気になった王子殿下が動く前に、それを遮るようにアルファルファ様が足を踏み出した。
僕と王子殿下との間に、スッと入り込んで。
手の平を下向けにした片腕を、王子殿下へと伸ばし。
「せっかくの機会だ。私とも踊ってくれるんだろう? ……婚約者殿?」
「……………………もちろんだ。……婚約者殿。」
結構な間が空いてから、王子殿下はアルファルファ様の手を取った。
ここから何処かへ移動するんじゃないけど、こうやって一旦、エスコートするように手を重ねるのが形式だから。
ダンスに誘う側が差し出す手の平を上下どちらに向けるかで、踊るときの自分のポジションを表明するのが習わしで。相手がその手を取ることで、ダンスペアが成立するんだ。
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