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第二章 入学試験を受ける前まで戻って
56 知らされる
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王子殿下へ初対面の挨拶後、「そのような堅苦しい挨拶など、私達には必要無いだろう?」って言葉と共に手を引かれて。
着席した僕は周囲から、好奇の視線に晒された。
特待生とは言え、平民の僕が貴賓席に案内された上に、王子殿下と同じソファで、王子殿下の隣に座らされてるんだから当たり前だ。
あれは一体どういうことなのかと、大勢からの訝しむ視線が注がれてる。
もちろん、訝しむ、じゃ済まないような嫉妬や蔑みの視線も。
ひそひそと何かを囁き合ってる声までは、その内容までは流石に聞こえないけど。
「………。」
「………。」
視線、と言えば。
僕の割と間近からも、強い視線が2つ。
1つは僕をここに連れて来たランバルト様からのもの。
そしてもう1つは、王子を守るように隣にいた、体格の良い騎士風の人から。
騎士風の人からの視線には、僕が何者なのか、王子殿下を害することが無いのかを見極めようとしてるような、警戒心が滲んでるみたいだった。
僕に注目する2人に、王子殿下は苦笑を零して。
なのに、逆撫でするみたいに僕の肩に腕を回して、引き寄せてみせる。
バランスを崩した僕は、王子殿下の胸に縋り付く体勢になってしまった。
「ぁの……っ。」
「これがユアだ。先程も話した通り、私の大事なものだから覚えておくように。」
キッパリと言い放つ声は、僕だけが断罪されるときに聞くような冷たさだ。
まるで心の底からうんざりしてるような、そんな声。
しかも声を潜めてないから、貴賓席に注意を向けてた人達の耳にも届いたみたい。
元々あんまり賑やかじゃなかった会場が一瞬、更に静かになって、ざわざわと動揺が広がるみたいにさざめき出した。
「はい、そうですか。」
「しっ、しかし……、……いや、何でもありません。」
興味が無さそうに返事するランバルト様。
それと対照的に、騎士風の人は何かを言おうとして……にこやかな王子殿下の笑顔を前に、言うのを止めた。
「ところでエドゥアルド王子? 時間的に、そろそろファーストダンスを始めさせても良いんじゃないですか? スケジュールを遅らせるのは良くないですよ。」
「あぁ、そうだな。始めるよう、伝えてくれ。」
「……また、ぼくが行くんですか。はいはい。」
文句を言いたそうなランバルト様は、面倒そうにしながら、それでも立ち上がる。
さっき僕を呼びに来たように、王子殿下の言葉を伝えに行くんだろう。
生徒の身分に関係無く、学園には護衛や侍従を連れては来られないから。
ランバルト様が席を立ってから、程なくして。
これよりファーストダンスを始めると、アナウンスが響いた。
軽やかな曲の演奏が始まって、生徒会長と副会長が姿を見せる。
ある意味、ちょっと良くない空気の中に現れたのに、2人ともそれを物ともせず堂々と背筋を伸ばしてるのは流石だ。
ゆったりした歩調で中央へと向かう2人に、周囲の視線が自然と集まっていく。
それには少しホッとする僕だけど、王子殿下が一向に離してくれなくて。
僕は身じろぎして。
でも全然、身体が離れなくて。
「あの……は、離してください。ぉ、王子でん…」
「ユアにそう呼ばれるのは嫌だな。ユアには、名で呼ばれたい。」
「そんな……畏れ多い、です。」
「エドゥアルドだ。」
「……っ。」
名を聞いた瞬間、切なくなって。
思わず僕は息を呑む。
可笑しいよね。
自分の名を呼ばれたときより、エドゥアルドって……王子殿下の名を聞いたときの方が、こんなに胸がドキドキするなんて。
これまでの人生で。名を呼ぶ許しを与えられた、あのときの。
ちょっとした優越感と嬉しさを、知ってるからだ。
王子殿下の名を呼ぶと、幸せな気分になってたからだ。
「ユア?」
「ぁ……あの…」
「ユア、……呼んでくれないか? エドゥアルド、と。」
「……エドゥ…アル…ド……さま。」
とうとう僕は、口に出してしまった。
嬉しそうに綻んだ顔が僕を見下ろして、大事そうに「ユア」と返した。
王子殿下にとっての大事な人は、僕じゃないのに。
分かってるのに。
「離して、くれませんか……? この体勢は……恥ずかしい…ので。」
「逃げずに……何処にも行かないなら。」
「逃げませんよ、そんなことしません。」
窺うような王子殿下の声が、意外なくらいに弱くて。
僕を見る瞳に、不安そうな揺れが僅かに見えて。
それで少しだけ、楽になった。
ホールでは生徒会長と副会長ペアが素晴らしい踊りを披露してる、みたい。
まだ王子殿下の胸にいる僕からは、チラリチラリと部分的にしか見えないけど。
集まってる人達がそれなりに楽しんでるような、気配がしてる。
「ユアは……居なくなったりは、しないだろう?」
ダンスの為の音楽が鳴ってるし、踊る2人もステップや衣擦れで音を出してる。
だからきっと、僕達の小さな会話は聞こえない。誰にも。
「……誰か、みたいに?」
見上げながら僕は、無理をしてでも笑顔を作る。
王子殿下が目を見開いて、腕の力が緩んだタイミングで身体を起こした。
やっと普通に隣り合って座ってる距離になったけど、逆にこの隙に、王子殿下が僕の手を捕まえた。
「…………そうだ。リュエヌとは……違うだろう?」
「…………そうですね。僕はリュエヌ様じゃない。」
あぁ……、あぁ、言われてしまった。
リュエヌ様の名を、聞いてしまった。
僕が身代わりなんだと……ハッキリと、知らされてしまった……。
着席した僕は周囲から、好奇の視線に晒された。
特待生とは言え、平民の僕が貴賓席に案内された上に、王子殿下と同じソファで、王子殿下の隣に座らされてるんだから当たり前だ。
あれは一体どういうことなのかと、大勢からの訝しむ視線が注がれてる。
もちろん、訝しむ、じゃ済まないような嫉妬や蔑みの視線も。
ひそひそと何かを囁き合ってる声までは、その内容までは流石に聞こえないけど。
「………。」
「………。」
視線、と言えば。
僕の割と間近からも、強い視線が2つ。
1つは僕をここに連れて来たランバルト様からのもの。
そしてもう1つは、王子を守るように隣にいた、体格の良い騎士風の人から。
騎士風の人からの視線には、僕が何者なのか、王子殿下を害することが無いのかを見極めようとしてるような、警戒心が滲んでるみたいだった。
僕に注目する2人に、王子殿下は苦笑を零して。
なのに、逆撫でするみたいに僕の肩に腕を回して、引き寄せてみせる。
バランスを崩した僕は、王子殿下の胸に縋り付く体勢になってしまった。
「ぁの……っ。」
「これがユアだ。先程も話した通り、私の大事なものだから覚えておくように。」
キッパリと言い放つ声は、僕だけが断罪されるときに聞くような冷たさだ。
まるで心の底からうんざりしてるような、そんな声。
しかも声を潜めてないから、貴賓席に注意を向けてた人達の耳にも届いたみたい。
元々あんまり賑やかじゃなかった会場が一瞬、更に静かになって、ざわざわと動揺が広がるみたいにさざめき出した。
「はい、そうですか。」
「しっ、しかし……、……いや、何でもありません。」
興味が無さそうに返事するランバルト様。
それと対照的に、騎士風の人は何かを言おうとして……にこやかな王子殿下の笑顔を前に、言うのを止めた。
「ところでエドゥアルド王子? 時間的に、そろそろファーストダンスを始めさせても良いんじゃないですか? スケジュールを遅らせるのは良くないですよ。」
「あぁ、そうだな。始めるよう、伝えてくれ。」
「……また、ぼくが行くんですか。はいはい。」
文句を言いたそうなランバルト様は、面倒そうにしながら、それでも立ち上がる。
さっき僕を呼びに来たように、王子殿下の言葉を伝えに行くんだろう。
生徒の身分に関係無く、学園には護衛や侍従を連れては来られないから。
ランバルト様が席を立ってから、程なくして。
これよりファーストダンスを始めると、アナウンスが響いた。
軽やかな曲の演奏が始まって、生徒会長と副会長が姿を見せる。
ある意味、ちょっと良くない空気の中に現れたのに、2人ともそれを物ともせず堂々と背筋を伸ばしてるのは流石だ。
ゆったりした歩調で中央へと向かう2人に、周囲の視線が自然と集まっていく。
それには少しホッとする僕だけど、王子殿下が一向に離してくれなくて。
僕は身じろぎして。
でも全然、身体が離れなくて。
「あの……は、離してください。ぉ、王子でん…」
「ユアにそう呼ばれるのは嫌だな。ユアには、名で呼ばれたい。」
「そんな……畏れ多い、です。」
「エドゥアルドだ。」
「……っ。」
名を聞いた瞬間、切なくなって。
思わず僕は息を呑む。
可笑しいよね。
自分の名を呼ばれたときより、エドゥアルドって……王子殿下の名を聞いたときの方が、こんなに胸がドキドキするなんて。
これまでの人生で。名を呼ぶ許しを与えられた、あのときの。
ちょっとした優越感と嬉しさを、知ってるからだ。
王子殿下の名を呼ぶと、幸せな気分になってたからだ。
「ユア?」
「ぁ……あの…」
「ユア、……呼んでくれないか? エドゥアルド、と。」
「……エドゥ…アル…ド……さま。」
とうとう僕は、口に出してしまった。
嬉しそうに綻んだ顔が僕を見下ろして、大事そうに「ユア」と返した。
王子殿下にとっての大事な人は、僕じゃないのに。
分かってるのに。
「離して、くれませんか……? この体勢は……恥ずかしい…ので。」
「逃げずに……何処にも行かないなら。」
「逃げませんよ、そんなことしません。」
窺うような王子殿下の声が、意外なくらいに弱くて。
僕を見る瞳に、不安そうな揺れが僅かに見えて。
それで少しだけ、楽になった。
ホールでは生徒会長と副会長ペアが素晴らしい踊りを披露してる、みたい。
まだ王子殿下の胸にいる僕からは、チラリチラリと部分的にしか見えないけど。
集まってる人達がそれなりに楽しんでるような、気配がしてる。
「ユアは……居なくなったりは、しないだろう?」
ダンスの為の音楽が鳴ってるし、踊る2人もステップや衣擦れで音を出してる。
だからきっと、僕達の小さな会話は聞こえない。誰にも。
「……誰か、みたいに?」
見上げながら僕は、無理をしてでも笑顔を作る。
王子殿下が目を見開いて、腕の力が緩んだタイミングで身体を起こした。
やっと普通に隣り合って座ってる距離になったけど、逆にこの隙に、王子殿下が僕の手を捕まえた。
「…………そうだ。リュエヌとは……違うだろう?」
「…………そうですね。僕はリュエヌ様じゃない。」
あぁ……、あぁ、言われてしまった。
リュエヌ様の名を、聞いてしまった。
僕が身代わりなんだと……ハッキリと、知らされてしまった……。
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