上 下
54 / 91
第二章 入学試験を受ける前まで戻って

54 束の間の自由時間

しおりを挟む
ギュッと心臓を鷲掴みにされたみたい。

そんなの錯覚に決まってるって。

自分でも分かってるよ。


だけど……あの一瞬。

視線が合った王子殿下の目に、背中からゾクッとしたんだ。

何かが上って来るような、何かに絡み付かれたような、そんな気がして。

王子殿下のあんな瞳、見たこと無い。

今まで僕が向けられたことの無い感情、まるで、欲望を抱えたみたいな……。

……違う、そんなわけがない……でも。

今はリュエヌ様がいないから。



動けない僕はただ、離れた位置から王子殿下を見てるだけ。

そうしてる間に、挨拶が終わった王子殿下はステージを降りて行った。

入れ替わりに生徒会長が上がって来る。


結局、僕達の目が合ったのはあの1回きりだった。


王子殿下はこの後、貴賓席……高位貴族や騎士団の幹部が授業風景を見物しに来たときに使う席……に行くはず。

今までの人生ではそうだったんだ。

僕も使ったことがある。

王子殿下の隣に並んで座れて、舞い上がるような気分だった。




生徒会長が開宴を宣言する。

次に副会長が時間割と注意事項を告げて、一旦フリータイムになった。


ダンスが始まるまではもう少し時間がある。

思い思いに生徒達が動きだした。

貴族令息達はその前にご挨拶させてもらおうと、王子殿下の元へ寄って行く。

平民生徒の一部が雑談しながらそれを遠巻きに見てるけど、大部分は屋外運動場へ向かうみたい。

そっちには食べ物や飲み物がふんだんに用意されてるからね。

パーティーで振る舞われる料理はどれも、高位貴族が口にしても問題ないレベルの高級な品ばかりだから、それを味わうのも楽しみのひとつ。

踊る前に腹ごしらえしたり、グラス片手にお喋りしたりするんだ。


同じように僕も外へ出た。

美味しそうな料理に気を惹かれてる振りをして。

貴賓席に背を向けて。

そちらを見ないようにして。




屋外に出たからか。王子殿下の姿が見えなくなったからか。

皆と食事を軽くつまんでたら、少し気持ちが軽くなった。

美味しいものを食べたから、かもね。


「ねぇねぇちょっと~。さっきさぁ……、殿下と目、合っちゃったぁ~。」

ジュースのグラスを片手に、子爵令息が嬉しそうな声で話す。

後でダンスをする予定があるから、アルコールを控えてるみたい。


「そ、そうなんだぁ……。」

「はい、はい。」

「良かったな。」

「なんだよ~、みんな反応薄いなぁ~。王子とだよぉ~?」

相槌のぎこちない僕と違って、他の2人は軽く受け流してる。

子爵令息は詰まらなそうに口を尖らせた。


「それを言うなら、せっかく目が合った王子様に挨拶しなくて良かったのか?」

男爵令息が同じくらい詰まらなそうな口調で問い掛ける。

豪商の息子も頷いてるし、僕も同感だった。


王子殿下に挨拶するチャンス。

貴族令息達はここぞとばかりに王子殿下の元へ集まってる。

男爵とかの下位貴族だって、その周りで順番待ちしてるのに。


「えぇ~、いいよ~。うちは王子の誕生パーティーに呼ばれないような、底辺の貧乏貴族だしぃ~。」

「貧乏は関係無いだろう?」

「あるよぉ~。下手に気に入られても、隣に並べるような衣装、無いしぃ~。」

「そっか……そう、だよね……。」

「うっわ。真面目に聞いてた時間、返して。」

最後は豪商の息子が茶化して、この会話は終わり。

微妙な相槌ばかりな僕は密かに、これまでの人生での自分を思い返した。


そう言えば初めの頃は、王子殿下から沢山の贈り物を貰ってたなぁ。

値段とかも、贈られる物によっての意味合いとかも、何にも気にしないで。

それが……いつからだったっけ。

なるべく高価じゃない贈り物を望むように、なったのは。

それでも王子殿下が選ぶような品だから、安物にはならないんだけど。

近い内に味わう "ざまぁ" に備えて、取り上げられたり持ち出せなかったりしてもいいように……してたのに、なぁ。

前の人生では、リボンタイを追い掛けて馬車の前に飛び出したんだから、学習能力が低くて自分でも嫌になっちゃう。




そうしてしばらくの間、そこそこに遠慮もしながらお腹を満たして。

意外と美食家な豪商の息子が、今日の料理や材料について話すのを聞いたり。


「あ、そろそろ行こうかぁ~?」

「……まだ早いだろう。」

ダンスが始まるまで少し時間があるけど、子爵令息がソワソワし始めた。

面倒臭そうに言う男爵令息の手から、お皿を取り上げようとするくらいに。


学園のパーティーで、ファーストダンスを踊るのは生徒会長と副会長の役目。

子爵令息はそれを良い場所で見たがってるんだ。

だから早い内に屋内運動場へ移動したいんだけど、男爵令息は少し不満みたい。


でも結局は、流されるんだろうな。

そんな予想をして、豪商の息子と僕は苦笑いする。


だけど視界に、こっちへ近付いて来る人を見付けて。

何だか不穏な雰囲気を感じて。

僕達とあまり離れてない、周囲の人達も、その人の為に道を開ける。



「特待生のユアですね。」

僕の正面に立ったのは、セルゲイ・ランバルト侯爵令息だった。



しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

可愛い悪役令息(攻)はアリですか?~恥を知った元我儘令息は、超恥ずかしがり屋さんの陰キャイケメンに生まれ変わりました~

狼蝶
BL
――『恥を知れ!』 婚約者にそう言い放たれた瞬間に、前世の自分が超恥ずかしがり屋だった記憶を思い出した公爵家次男、リツカ・クラネット8歳。 小姓にはいびり倒したことで怯えられているし、実の弟からは馬鹿にされ見下される日々。婚約者には嫌われていて、専属家庭教師にも未来を諦められている。 おまけに自身の腹を摘まむと大量のお肉・・・。 「よしっ、ダイエットしよう!」と決意しても、人前でダイエットをするのが恥ずかしい! そんな『恥』を知った元悪役令息っぽい少年リツカが、彼を嫌っていた者たちを悩殺させてゆく(予定)のお話。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。

王家の影一族に転生した僕にはどうやら才能があるらしい。

薄明 喰
BL
アーバスノイヤー公爵家の次男として生誕した僕、ルナイス・アーバスノイヤーは日本という異世界で生きていた記憶を持って生まれてきた。 アーバスノイヤー公爵家は表向きは代々王家に仕える近衛騎士として名を挙げている一族であるが、実は陰で王家に牙を向ける者達の処分や面倒ごとを片付ける暗躍一族なのだ。 そんな公爵家に生まれた僕も将来は家業を熟さないといけないのだけど…前世でなんの才もなくぼんやりと生きてきた僕には無理ですよ!! え? 僕には暗躍一族としての才能に恵まれている!? ※すべてフィクションであり実在する物、人、言語とは異なることをご了承ください。  色んな国の言葉をMIXさせています。

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

耳の聞こえない僕があなたの声を聞くまでの物語

さばさん
BL
僕は生まれつき声が聞こえない。

迷子の僕の異世界生活

クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。 通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。 その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。 冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。 神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。 2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

兄たちが弟を可愛がりすぎです

クロユキ
BL
俺が風邪で寝ていた目が覚めたら異世界!? メイド、王子って、俺も王子!? おっと、俺の自己紹介忘れてた!俺の、名前は坂田春人高校二年、別世界にウィル王子の身体に入っていたんだ!兄王子に振り回されて、俺大丈夫か?! 涙脆く可愛い系に弱い春人の兄王子達に振り回され護衛騎士に迫って慌てていっもハラハラドキドキたまにはバカな事を言ったりとしている主人公春人の話を楽しんでくれたら嬉しいです。 1日の話しが長い物語です。 誤字脱字には気をつけてはいますが、余り気にしないよ~と言う方がいましたら嬉しいです。

処理中です...