逆ざまぁされ要員な僕でもいつか平穏に暮らせますか?

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第二章 入学試験を受ける前まで戻って

44 公爵家の令息が穏やかでいられない事情

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しばらく町中を走っていた馬車はやがて緩やかな広い坂道を上る。

既に王城を取り囲む城壁と、塀の上部には白の一部が見えていた。

城門を潜り抜ければ、何度も訪れているアルファルファには見慣れた風景が広がる。


馬車から降りるアルファルファを、いつもの侍従が出迎えた。

婚約者であるエドゥアルド王子の私室に近い応接室。

いつも通りにそこへ案内される。



暖かいローズティーと茶菓子を出し、召使いが部屋を下がった。

扉の外側には王城内を警備する兵士が立っているだろう。

王子の姿は、まだ、ない。


「……珍しい事もあるものだ。」

ティーカップの中身が半分以上も無くなり、それでもまだ王子が姿を現さない事に、アルファルファは少しだけ引っ掛かりを覚えた。

いつもならもうとっくに来ている頃だ。

城を訪れる目安として伝えてあった時間とも、さほどのズレは無いはずなのに。


部屋に向かう途中、目にする城内の様子は殆ど変わり無いように見えた。

8月の終わりにこの王城で起こった騒ぎを知らなければ、アルファルファも違和感を抱かなっただろう。

だが例の騒ぎを……その渦中となった人物を知るからこそ。

それに関連した何かがあったのではと勘繰らずにいられなかった。

騒ぎの件を思うと、どうしてもアルファルファの眉目に深い皺が刻まれる。




あれは学園の入学式が行われる3日前。

王城にあるガーデンで、エドゥアルド王子の誕生を祝うパーティが開かれていた。

王子の誕生日会は毎年、彼が生まれたその日に行われるのではない。生まれた日に近く、かつ、貴族達が登城するのにも都合が悪くない日に行われるのだ。

父親であるブリガンデ公爵は、息子のアルファルファはもちろん、侯爵家を継がせる者として引き取った双子の養子達を伴って参加していた。

王子の誕生を祝う事もさることながら、学園に入学する前に養子達を、他の貴族令息達と顔合わせさせるのも目的だったから。

ところがパーティの中盤過ぎ。挨拶などを終え、自由な歓談の時間になってから。

近衛兵長の息子であるジョルジェーニ・ハリスがブリガンデ公爵家の養子を、よりにもよって、王城の式典用大階段の上から突き落とすという事件が起きた。


式典用大階段は王城のかなり高い位置にあるテラスから下へと伸びる、幅の広い、とても大きな階段状の舞台だ。

途中にある大きな踊り場で騎士団の式典が行われたり、階段の両脇に音楽隊が並んで曲を奏でたりも出来る。

傾斜は決して緩やかではない。

その大階段の上から突き落としたのだから、殺意を疑われても仕方ない話だろう。

ジョルジェーニ・ハリスは否定しているが、大勢の目撃者がいたのだ。

場所は少し離れていたものの、軽食を摘みながら歓談や休憩をしていた令息達がその現場を目にしたのだから、ジョルジェーニを取り調べる騎士達に彼の言葉が届くわけも無い。


目撃した者達は言っていた。

兄の亡骸に縋って泣く弟がとても哀れでならなかった……と。



大勢の目撃者がいてもなお罪を認めず、その上、養子に対する暴言を吐き続けているジョルジェーニを、こちらも双子の兄であるジンジェットは殴り付けたらしい。

ジンジェットの怒りは激しかった。

自分達の父が近衛兵長だというのに、その息子が故意に人を死なせた事。そしてその後の態度についても、とても許せるものではなかったからだ。

彼等の父である近衛兵長……ハリス伯爵も息子に厳しい言葉を掛け、全てを騎士団の調査に、そしてその後の貴族裁判に委ねると宣言した。

つまり、ハリス伯爵家から恩情を求める願いは出さない、という意思表示だ。


養父となったブリガンヌ公爵はただ一言「然るべき調査と処罰を」とだけ告げ、その後は一切の動きを見せていない。

父がその一言で済ませたのだから、息子であり義兄であるアルファルファからは何も言わなかった。

2人の態度は、取り調べを担当する騎士団をホッとさせただろう。



……俺は随分と冷たい義兄のようだな。


ブリガンデ公爵家に引き取られるまでの間、共に過ごして来た双子の兄を無くしたのだから、遺された弟の悲しみや悔しさは想像を絶するもののはず。

それなのに何故か、顔を覆って震える義弟を見て、可哀想に思えなかった。


別に俺は、ブリガンデ公爵家を義弟達に継がせるのが嫌だとか、そんな風にまで思った事は無かった。

むしろそういった反感を感じている方が自然だっただろう。

ただ何故か、懐いてくる義弟を見ても何も感じなかった。

死んでしまった双子の兄の方がかなり生意気ではあったが、多少は可愛げもあったように感じる。……弟の方も、特に何かをしたわけではないのに。




……そんな事よりも。


思考は別なものに移る。

ここにはいない、リュエヌ・オーウェンの容態を案ずる方へ。



アルファルファの表情を曇らせるのは、その原因は義弟の犠牲では無い。

騒ぎの陰で。

その騒ぎの少し前に、城内の廊下でリュエヌが何者かに襲われたのだ。


彼は身体中を激しく殴打されて、意識不明の状態だった。

発見した使用人は、パーティ会場でも休憩所でも無い廊下に、ジョルジェーニが立ち尽くす姿を見て声を掛けたそうだ。

振り返ったジョルジェーニは焦ったように、誰か人を呼ぶように言い付けると、そのまま何処かへと走り去ったと言う話だ。


義弟の殺害容疑で連行されたジョルジェーニは取り調べる騎士に対して、リュエヌを襲ったのは義弟だ、と言ったらしい。

その事を問い詰めようとして、義弟の後を追い掛けたのだと主張している。

その主張はジョルジェーニの不利な方向に働いた。

近衛兵長の息子が公爵家の養子を突き飛ばす理由は見当たらないが、これがもしも、ジョルジェーニがリュエヌと揉めて思わず手を上げてしまった現場を見られて……という事であれば、義弟の件については辻褄が合う。

計画性の無い突発的なものだから、大勢の貴族令息達に目撃されたのだろう、と。



「なぜ、だ……?」

襲ったのがジョルジェーニだとしても、義弟の1人だとしても、全く別の第三者だとしても。どうしてリュエヌが襲われねばならない……?

なんでリュエヌが……っ。

意識が無くなるまで殴られたのだ。

痛かっただろう。どれだけ怖い思いをしただろうか。


……俺は絶対に、犯人を、許さない…………!



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