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第二章 入学試験を受ける前まで戻って

37 注意人物

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せっかく立ち上がってたついでに、って。

新しい飲み物を取りに行ったジェニ様が、炭酸水を注ぎながら振り返る。


「あっ、そう言えば。……入学する、と言えばさぁ。あの子も今年じゃない?」

「どの子ですか?」

「ホラ、あの……宰相のトコの。2人目の息子。リュエヌのこと、嫌ってる。」

「そうでしたね。」

意識的にだろう、ジェニ様は明るい調子で言う。

嫌われてるらしいリュエヌ様は、特に気に留めてない様子で相槌を打った。



僕は昔の人生の記憶から、宰相閣下のご子息を探り出す。

だってリュエヌ様を嫌ってるのを示す人なんて珍しいもの。

それに、精霊神とか王族とかじゃない話題なら、そっちに意識を向けたくて。


そしてさほどの時間は掛からずに、容姿をぼんやりと思い出した。

僕と同学年でもクラスは違って、話したことも、何かで関わったことも無い。

あんまり笑ったり怒ったりしない人。そんな印象が辛うじて残ってるだけ。

凄く優秀だ……って話を耳にしたような、そんな気もする。



「リュエヌさ、本当に何もしてないの~?」

「私の記憶にはありませんね。」

「もぉ~。案外、そういうトコなんじゃないの?」

「ぁの……怖い人、なんですか?」

2人の会話に、口を挟んでしまった。


僕が知らないだけで、もしかしたら特別な注意が必要な人なのかも知れない。

特に今回は僕、リュエヌ様から友人になりましょうって言われてるから。

ただでさえリュエヌ様を嫌ってるんなら、僕が何かやったことでリュエヌ様に文句を言ったりするかも知れないでしょ。


心配する僕に、ジェニ様は朗らかに笑う。

席に戻ってグラスを傾けながら。


「大丈夫だよ、ユア。小っちゃくて細いし、怖い子じゃないから。」

「なら、いいんだけど……。自分が何かしちゃわないか、心配で。」

「あんまり他人の喜怒哀楽を気にしないだけで、悪い子でもないし。よっぽどじゃなければ変な絡み方はして来ないから、安心して。」

「ぅん、分かった……。」

そんな子がどうして、リュエヌ様を嫌うんだろう。


つい、リュエヌ様を見てしまう。

リュエヌ様でさえ、理由に予測が付かないなんて、ちょっと不思議な感じ。


「それよりも、もっと注意すべき人物が他にいるでしょう。ねぇ、ジョージ?」

「あ~……いた、ねぇ。」

問い掛けられたジェニ様が微妙な表情になる。

ただ単に話題を変えたかった……ってわけでは無さそう。

2人が僕を見る視線は、今さっきとは違って少し心配そうに感じる。



「ブリガンデ公爵家の息子もね。入学するんだってさ。」

「……えっ。」

「養子ですが、ね。アルファルファ・ブリガンデの義弟です。」

「義…弟……。」


僕は呆然と呟いた。

頭がわんわんする。

2人の声がとても遠くから聞こえるみたい。


「##…んか、嫌な感じが……###、自分の気に……###。」

「…なしい、という評判ですが……###……。」


どうして、また……、いるの……?

僕を殺そうとした。

リュエヌ様にナイフを。

あぁでも……! また同じ、あの人だとは。

まだ決まってないよね? そうでしょ?


「……##、…ユアみたいな子を……##。」

「流石にそこまで言い切るには……##。」


大丈夫……。うん、大丈夫だよ。

だって今回の僕は王子殿下に近寄らないから。

アルファルファ様に牙を剥くことなんて、一切無いはずだから。


「…同じクラスにでもならなければ、……##。」

「でもユア、特待生だから……##。」


僕がアルファルファ様に恥を描かせたり、その立場を蔑ろにするような振る舞いさえしなければ……何も、仕返しなんて何も無いはずだよね?

まさか、いくらあの義弟だって、僕が何もしてないのに……あれ?


……待って。

名前、は……? 何だった?

友人だと思ってた頃、義弟を名前で呼んでた時期もあったはず。

確かに僕は今まで繰り返した人生の、全部が記憶にあるわけじゃない。

でもこんなにポッカリ、抜け落ちたみたいに、義弟の名前が思い出せないなんて。



「大丈夫だよ、ユア。」

ふっと暖かくなって、気付いた。

僕の背中を、肩を、ジェニ様がぽふぽふって、優しく触れてる。


「ユアを虐めたりしないよう、ボクがガツンって言ってやるから。……ねっ?」

「大変頼もしい発言ですが暴力はいけませんよ?」

暖かい紅茶を淹れて、リュエヌ様がカップを僕の前に置いてくれた。


リュエヌ様は覚えてないみたい。

もし記憶があったら、こんな風に苦笑では済まないもの。


「何かあったらさ、2年生のフロアに逃げておいでよ。もちろん何にも無くても、会いに来てくれたら嬉しいなっ。」

「いつでも、何でも、とは保証しかねますが……話ぐらいは聞きますよ?」

「……はい、ありがとうございます。」


2人の言葉が僕を、ほんのりと暖かい気持ちにさせてくれた。


最後の "ざまぁ" のときにはどうなるか、分からない。

だけどそれまでは……もしかしたら今回こそ最後まで……友人だって、信じたい。



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