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第二章 入学試験を受ける前まで戻って

36 精霊神の祝福

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リュエヌ様は淡々とした声で続ける。

睨まれてるわけでもないのに、視線は僕の心の奥底を貫くみたい。


王子殿下は僕のことが好きなんじゃなかった。

それが分かってるのに、……分かってるから、今回は決して近寄らない。好きだなんて言わない。そう、心に決めてる僕を……。

結局はまた好きになっちゃうんだろうなって、何処か諦めのような、開き直りのような気持ちが、心の隅にある僕を見透かされてるようだ。

警告、なのかな。

想いを抱くこと自体が間違ってるのかな。



「ユアはこの国の、王族に降りかかる "精霊神の祝福" は知っていますか?」

「えっ? ぁ、あの、少しだけ……。」

急に話の雰囲気が変わったような気がして、僕は慌てて返事をした。


精霊神……隣国では馴染みの薄い言葉だけど一応、僕も知ってる。

と言っても、この国に来てから、それも孤児院での浅い知識だ。


隣国では、この世界の柱である大いなる神様がいて、大神様を補助する小神様が複数人。太陽の向こう側には神様達の領域があって、死んだ人の魂はそこに行くんだって……。それが一般的に信仰されてる宗教だった。

この国では、大神様の宗教もあるけど、もっと信仰されてるのが精霊神。

火や水、風や土、光や闇、氷に雷……色々な精霊達の頂点にいる大精霊を、神として祀ってるらしい。

リュエヌ様が言った "精霊神の祝福" は、確か……この国を作った最初の王族が精霊神の寵愛を受けて、今もなお国内が平穏なのはそのお陰である。って感じだったはず。

その話を聞いたときの僕は、大昔の人の功績が今もずっと続いてるなんて本当にあるのかな。って思った。


王族の血筋にまつわる権威を高める話だな、って思うんだけど。

今のリュエヌ様の言い方は何だか、少し迷惑がってるみたいにも聞こえた。

それとも僕が知らないだけで、そういう言い回しをするのが普通なの?


「エドゥアルド殿下はとても強い祝福を受けているのですよ。」

「……そう、ですか。……それは心強いですね。」


なるほどな、って思った。
そんな事情があるなら、妊娠した僕があれだけ丁寧に扱われたのも分かる。


いくら王子殿下の子とは言え、僕は孤児の平民。王子殿下にはちゃんとした婚約者もいるんだから、僕が産んだ子は後から火種になるかも知れない。

市井に王族のご落胤が……なんて状況にしないために、僕を囲い込むにしたって、ああまで高待遇じゃなくてもいいんだ。普通なら。

でも僕のお腹の子が王子殿下と同じように、精霊神の祝福を受けた子、だったら。

産みの親である僕の精神状況が、どう影響するか分からない。

だからみんな、僕を大事にしてくれたんだ。少なくとも、産むまでは……。


前回の最期で聞いたリュエヌ様の言葉……「王子との関係は必要」って意味も、これで何となくだけど分かった。想像が付いた。

リュエヌ様は、精霊神の祝福を受けた子を授かるために必要な行為だった、って言いたかったのかな。



「えぇ、そうです。お陰で……国は、平穏です。」

リュエヌ様はうんうんと頷く。


でも、やっぱり、何か……変だ。

僕は今、自分が思い当たったことに凄く、納得したはずなのに。

他の何かを忘れてしまったような。




「ねぇ? もう、王族の話はいいんじゃない?」

考え込みそうになる僕の意識を、ジェニ様の声が呼び戻した。


いつの間にかジェニ様は、僕の頭を撫でてくれてた。

でも顔にはハッキリと、もう飽きました、って書いてある。

今の話はこの国の人にとっては常識レベルだろうから、ジェニ様は退屈なのかな。


「さっきからリュエヌさぁ、一般常識の授業みたいになってるよ。」

「そうですか? まぁせっかくですから…」

「別に今日が最後、これっきり会わないってわけじゃないんだから。また今度、ユアが入学してからお茶会でも開いて、ちょっとずつ話せばいいじゃない。ユアもいっぺんに色々言われたってさ、頭がこんがらがっちゃうよ。……ねっ、ユア?」

「あっ……うん。」

ジェニ様が言ってくれるのを有難く頷いた。


与えられたばかりの情報を今あれこれ考えたって、きっといいことは無い。

ちょっと勉強ができても僕は、決して賢い子じゃないんだから。

本当に賢い子だったら、何度も酷い目に遭ってるのに、何度も好きにはならない。


だから僕は、忘れてしまってるような何かについて考えるのを止めた。



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