上 下
35 / 91
第二章 入学試験を受ける前まで戻って

35 情報の押し付け

しおりを挟む
「……リュエヌ、で良いですよ?」

「っは、……はい? 何ですか?」

急に言われたもんだから、僕は驚いて聞き返してしまった。

オーウェン様は不快に思った様子も無い。それどころか、ちょっと愉快そうに口元に弧を描く。


「ジョージの事を名で呼んでいるのですから、私の事もオーウェン様ではなく、名で呼んでください。」

「そっ、そんな……畏れ多いです。平民の僕が、お会いしたばかりの方を…」

「構いません。良ければ、私とも友人になりましょう。年上の友人は嫌ですか?」

「そんなことは…」

「では、決まりですね。友人をオーウェン様と呼ぶものではありませんよ?」

「ぁ、はい。……リュエヌ様。」

まるで呼び方に気を良くしたように、リュエヌ様は目を細めた。

僕はすっかり困惑してる。

さっきの、年齢のことでの驚きが霞むくらい。


だって今日会ったばかりの僕を、リュエヌ様が友人にしたい理由が分からない。

前回の、王子殿下の子を宿した状態の僕なら、まだ利用価値があるから分かる。

でも今の僕は、まだ王子殿下と出会ってもいない、平民の特待生。

気安い名前呼びを許してくれるメリットなんか無いはずなのに。


「ジョージと違って私の場合、あだ名になりそうな呼び方が無いのが残念です。」

「そ、そう…ですか……?」

残念そうな口調のリュエヌ様は、何処となく僕を揶揄って遊んでるみたい。

やっぱり今回は前回よりも不思議な感じ。


確かにリュエヌ様は、意外と人を揶揄うのが好きなところがある。

でもそれは、親しい付き合いのある相手にだけ。

僕が良く見掛けたのは、ジンジェット様が揶揄われてる場面。ジンジェット様は1つ1つの言葉に真面目に返したり、ムキになったりするんだ。


「それとも何か特別に、呼び名を考えましょうかねぇ。」

「特別な呼び名、ですか……。」

「えぇ。……ジェニ様、みたいな?」

「あっ……!」

含み笑いで言われて、僕は慌てる。


いつ? ジェニ様って、いつ、呼んじゃったんだろう?

ジェニ様のこと、自分ではちゃんとジョルジェーニ様って呼んだつもり。

親しくし過ぎだって、言われるんじゃ……。


「りゅぬサマ~?」

「却下です、みっともない。」

「えぇ~? ボクがせっかく可愛いの、考えてあげたのに。残念っ。」

口を尖らせた後、ジェニ様はニヤニヤしてる。

きっぱり断ったリュエヌ様も涼しい顔。


僕がジェニ様って呼んじゃったことはとりあえず、問題にはならなさそう。

ひとまずはホッとした。

もう……さっきから、悪い意味でドキドキしたりオロオロしたり、しっぱなしだよ。



「私の呼び方はまぁ普通に名で呼んで貰うとして……。先程の質問ですが。学園入学の年齢制限は下限のみで、上限はありませんよ。現にユアは、18歳で新入生ですよね?」

「は、はい。」

「ユアの言う通り、私はこれから2年生になります。ジョージも、ジンも、エドゥアルド殿下も……、殿下の婚約者である、アルファルファ・ブリガンデも。」

リュエヌ様の口から、王子殿下の名前が出た。


胸の中が少し、ツキッと痛んだのは……まだ引きずってるからだね。

だけど前回までとは、きっと痛み方が違ってる。

婚約者のアルファルファ様に対する罪悪感じゃなくて、純粋に、きっと……他でもないリュエヌ様が王子殿下の名を呼んだからだ。


「殿下は19歳です。」

「あ、そうなんだ~。」


それは……知ってる。

誕生日は8月、なんだよね。

……今回はもう、僕がプレゼントを渡す予定は無いけど。


「ジョージは知っているべきですよ。つい先日、お祝いしたでしょう?」

「トシの話は気にしてなかったから。」

「ユアは知らないでしょうから話しておきますが、殿下がその年齢で2年生なのは、既に他の学校に入っていたからですよ。本来なら殿下は、この学園に通う予定が無かった。私は殿下に合わせて入学したので、この年齢です。」

「ちょ……っ、リュエヌっ?」

口調を少しも変えず、リュエヌ様は自然な感じで、大事そうなことを言い出した。

軽い調子で話してたジェニ様がちょっと驚いたみたい。

もちろん僕も。


「兄王子達が揃って亡くなったり、王位の継承が不可能だと判断されたので、エドゥアルド殿下が急きょ、学園に通う事になったんですよ。通常の入学とは異なりますが、これまでの王太子は全員、この学園を卒業していますから。」

「リュエヌ、今それ、言わなくたって…」

「別に秘密でもありませんよね。隣国から来たユアは知らないでしょうから、お知らせしておいた方が良いかと思いまして。」

「でもそんな話、ユアに関係ある?」

「分かりませんよ? 同じ学園にいるのですから、殿下と知り合って、親しくなるかも知れません。そうなった際に、間違っても "お兄さん" について聞かないように……私なりの配慮です。」


お兄さんがいたなんて……しかも、亡くなってるのも……、全然、知らなかった。

これまでの人生でも、そんな話は聞いた記憶が無い。

平民の僕には関係のない話、だけど……。

どんなに親しくなっても。自分達が愛し合ってると錯覚してたときでさえ、エドから聞いた覚えは無い。


「……いいけどさ、リュエヌが話そうって考えたなら止めないけど。知らないよ?」

「1人だけ、弟王子がいますが。その方は健康上の理由から、あまり表には出て来ません。ですから今のところ、エドゥアルド殿下が唯一の、子を成せる王子ですよ。」

「リュエヌ、言い方。」

さっきまでとは逆に、ジェニ様がリュエヌ様に注意してる。


リュエヌ様が話した内容は、国民が普通に知ってることなんだろう。

王子が亡くなった事実をいつまでも秘密にはしないだろうし。

エドが学園に通う予定じゃなかったことも、歴代の王太子が卒業してることも、きっと国民なら当たり前に知ってるんだろう。


でも今までの人生で、僕は知らなかった。

話してくれる人もいなかったし、噂でも聞いてなかった。


「年齢的に考えて、殿下は卒業後、1~2年で結婚なさるでしょう。」


まるで、僕に、覚えておきなさいって、言ってるみたい。


僕はただ、与えられた情報を受け止めるしかなかった。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

可愛い悪役令息(攻)はアリですか?~恥を知った元我儘令息は、超恥ずかしがり屋さんの陰キャイケメンに生まれ変わりました~

狼蝶
BL
――『恥を知れ!』 婚約者にそう言い放たれた瞬間に、前世の自分が超恥ずかしがり屋だった記憶を思い出した公爵家次男、リツカ・クラネット8歳。 小姓にはいびり倒したことで怯えられているし、実の弟からは馬鹿にされ見下される日々。婚約者には嫌われていて、専属家庭教師にも未来を諦められている。 おまけに自身の腹を摘まむと大量のお肉・・・。 「よしっ、ダイエットしよう!」と決意しても、人前でダイエットをするのが恥ずかしい! そんな『恥』を知った元悪役令息っぽい少年リツカが、彼を嫌っていた者たちを悩殺させてゆく(予定)のお話。

いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな? そして今日も何故かオレの服が脱げそうです? そんなある日、義弟の親友と出会って…。

【第1部完結】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~

ちくわぱん
BL
【11/28第1部完結・12/8幕間完結】(第2部開始は年明け後の予定です)ハルトライアは前世を思い出した。自分が物語の当て馬兼悪役で、王子と婚約するがのちに魔王になって結局王子と物語の主役に殺される未来を。死にたくないから婚約を回避しようと王子から逃げようとするが、なぜか好かれてしまう。とにかく悪役にならぬように魔法も武術も頑張って、自分のそばにいてくれる執事とメイドを守るんだ!と奮闘する日々。そんな毎日の中、困難は色々振ってくる。やはり当て馬として死ぬしかないのかと苦しみながらも少しずつ味方を増やし成長していくハルトライア。そして執事のカシルもまた、ハルトライアを守ろうと陰ながら行動する。そんな二人の努力と愛の記録。両片思い。じれじれ展開ですが、ハピエン。

謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません

柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。 父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。 あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない? 前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。 そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。 「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」 今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。 「おはようミーシャ、今日も元気だね」 あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない? 義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け 9/2以降不定期更新

BLゲームの世界でモブになったが、主人公とキャラのイベントがおきないバグに見舞われている

青緑三月
BL
主人公は、BLが好きな腐男子 ただ自分は、関わらずに見ているのが好きなだけ そんな主人公が、BLゲームの世界で モブになり主人公とキャラのイベントが起こるのを 楽しみにしていた。 だが攻略キャラはいるのに、かんじんの主人公があらわれない…… そんな中、主人公があらわれるのを、まちながら日々を送っているはなし BL要素は、軽めです。

人生やり直ししたと思ったらいじめっ子からの好感度が高くて困惑しています

だいふく丸
BL
念願の魔法学校に入学できたと思ったらまさかのいじめの日々。 そんな毎日に耐え切れなくなった主人公は校舎の屋上から飛び降り自殺を決行。 再び目を覚ましてみればまさかの入学式に戻っていた! 今度こそ平穏無事に…せめて卒業までは頑張るぞ! と意気込んでいたら入学式早々にいじめっ子達に絡まれてしまい…。 主人公の学園生活はどうなるのか!

転生したら乙女ゲームの攻略対象者!?攻略されるのが嫌なので女装をしたら、ヒロインそっちのけで口説かれてるんですけど…

リンゴリラ
BL
病弱だった男子高校生。 乙女ゲームあと一歩でクリアというところで寿命が尽きた。 (あぁ、死ぬんだ、自分。……せめて…ハッピーエンドを迎えたかった…) 次に目を開けたとき、そこにあるのは自分のではない体があり… 前世やっていた乙女ゲームの攻略対象者、『ジュン・テイジャー』に転生していた… そうして…攻略対象者=女の子口説く側という、前世入院ばかりしていた自分があの甘い言葉を吐けるわけもなく。 それならば、ただのモブになるために!!この顔面を隠すために女装をしちゃいましょう。 じゃあ、ヒロインは王子や暗殺者やらまぁ他の攻略対象者にお任せしちゃいましょう。 ん…?いや待って!!ヒロインは自分じゃないからね!? ※ただいま修正につき、全てを非公開にしてから1話ずつ投稿をしております

やめて抱っこしないで!過保護なメンズに囲まれる!?〜異世界転生した俺は死にそうな最弱プリンスだけど最強冒険者〜

ゆきぶた
BL
異世界転生したからハーレムだ!と、思ったら男のハーレムが出来上がるBLです。主人公総受ですがエロなしのギャグ寄りです。 短編用に登場人物紹介を追加します。 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎ あらすじ 前世を思い出した第5王子のイルレイン(通称イル)はある日、謎の呪いで倒れてしまう。 20歳までに死ぬと言われたイルは禁呪に手を出し、呪いを解く素材を集めるため、セイと名乗り冒険者になる。 そして気がつけば、最強の冒険者の一人になっていた。 普段は病弱ながらも執事(スライム)に甘やかされ、冒険者として仲間達に甘やかされ、たまに兄達にも甘やかされる。 そして思ったハーレムとは違うハーレムを作りつつも、最強冒険者なのにいつも抱っこされてしまうイルは、自分の呪いを解くことが出来るのか?? ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎ お相手は人外(人型スライム)、冒険者(鍛冶屋)、錬金術師、兄王子達など。なにより皆、過保護です。 前半はギャグ多め、後半は恋愛思考が始まりラストはシリアスになります。 文章能力が低いので読みにくかったらすみません。 ※一瞬でもhotランキング10位まで行けたのは皆様のおかげでございます。お気に入り1000嬉しいです。ありがとうございました! 本編は完結しましたが、暫く不定期ですがオマケを更新します!

処理中です...