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第二章 入学試験を受ける前まで戻って
31 恋愛小説
しおりを挟む「そりゃあね? 断罪し返される王子にも言いたいことはあるよ? 心変わりするのは仕方ないとしても、今の婚約者との関係はちゃんと綺麗に清算したらいいのに、とか? そんなやり方したら、新しく婚約者になる人の立場がツラくなるじゃない?」
「ぅ…うん、……そうだね。」
盛り上がってるジェニ様の邪魔をしないよう、僕は控えめに相槌を打つ。
それに、ちょっと耳が、痛い。
今、話題にしてる小説の内容は、かいつまんで話すと僕の状況に似てる。
婚約者のいる王子さま。冷たい態度の婚約者さま。横恋慕する男爵令息。
王子と男爵令息は恋仲になり、婚約者が男爵令息を虐めてることを知った王子は、夏のダンスパーティで大勢の前で婚約破棄を宣言する…。
…んだけど。そこで逆転劇が起こる。
隣国の皇太子と共に、婚約者からの逆襲の場面だ。
婚約者は男爵令息に多少の説教をしただけ。男爵令息への虐めは他の貴族令息達の仕業で、それを婚約者になすりつけてただけ。婚約者は普段から冷たく見える態度だったから、王子は婚約者が否定する言葉を信じてなかった。
しかも、虐められた男爵令息が泣き付いた相手は、王子だけじゃなかった。王子の周りにいる側近達や、他にも貴族令息が何人も。
国王陛下も登場して、王子はこれまでの、王族らしくない振る舞いを責められ。
王子と男爵令息は平民となった。大勢の前で特別な間柄にあるのを見せ付けてた2人は王命で結婚させられ、別れることは許されず、冷え切った貧しい結婚生活でお互いに傷付け合いながら生涯を終える。
王位は弟王子が継いだものの、国は衰退して行く。
婚約者は隣国に渡り、皇太子と結婚して幸せに優雅に暮らしましたとさ。
そんな内容の小説を進んで読むなんて、僕は趣味が悪いかな。
小説との違いは、僕は男爵令息じゃなくて平民だってこと。
それから断罪された後。
小説と違って僕は、王子殿下と暮らせたことは無い。
王子殿下が "ざまぁ" される側にいた場合でも、例え彼が王位継承権を失ったとしても、彼が平民になって市井で暮らすなんてことはなかった。僕と王子殿下は必ず引き離される。
作り物の恋愛小説の中でさえ、上手くは行かないんだ。
平民が王子に近付くなんて、現実で許されるわけが無いよね。
「……でもさ、婚約者の方もさ? 卒業してから王太子を交代させる、って……それだけの手腕があるなら、もっと早い内から穏便に、どうにか出来るじゃない。」
「王子のことが好きだから、ずっと我慢してたのかも。」
きっと今の僕は、ぎこちなく笑ってるだろう。
物語の感想にヒートアップしてるジェニ様が気付かなければいいんだけど。
「だったら婚約者として、王子の心を取り戻そうよっ。」
「人の感情は、なかなか思い通りに行かないものだからね……。」
それは僕が、嫌ってくらい、味わってる。
王子殿下に想いを寄せても幸せになれなくて、惨めな気持ちになるの知ってるのに。
分かってるのに、何度も好きになってたんだよね。
……でも今回は大丈夫。
だって……。僕がまた王子殿下を好きになっても。
彼の心は別な人を見てるって、分かったから。
どんなに優しくされても、僕は、リュエヌ様じゃないから。
リュエヌ様よりも先に、王子殿下と出会うことはできないから。
「もし、ジェニ様だったら…」
「ん~?」
僕がもし、ジェニ様だったら。
もっと早く出会えてたかな。王子殿下の心がリュエヌ様で埋まる前に。
……って、言おうとしてた。
その言葉がつい、無意識の内に声に出てた。
気付いて口を閉じたけど、ジェニ様の耳に入ってしまったからもう遅い。
「もしボクだったら、って……ボクが婚約者だったら? それとも男爵令息?」
「あ、ど……どっちでも。」
「ボクが婚約者だったら、別な人と交代する。男爵令息だったら、分かんない。」
「そ……そうなんだ……。」
「だって、王子がどれだけ魅力的に見えてるのか、実際に男爵令息になってみなきゃ分かんないでしょ? その人じゃなきゃ駄目ってほどかどうかは、感覚だからさ。」
「……確かに、そうだね。」
小説の話をしてるって、ジェニ様が思ってくれて良かった。
内心、ホッとした僕は窓の方へ視線を向ける。
何となくだけど、雰囲気が変わったような気がしたんだ。
「あっ、そろそろ着くよ。」
僕が窓の外を見たがってると思ったらしいジェニ様がカーテンを、必要な分だけ開けてくれる。
周囲の景色はいつの間にか、品格のある街並みに変わってた。
やがて馬車は高級そうなお店に到着した。
お店の前に、先客の馬車が停まってる。
「あっ……。」
それは、僕にも見覚えのある……オーウェン侯爵家のものだった。
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