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第二章 入学試験を受ける前まで戻って

30 背伸びと自己否定と弁え

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入学式を来週に控えた、ある日。

僕はジェニ様から食事に誘われた。

これまでにも時々図書館で出会ったら、一緒に猫と遊んだり、少し話したりして、そのまま食事をお供するんだけど。

今日は初めて、前もって約束してたんだ。


僕の入学祝いと、もう過ぎてるけど誕生日を祝ってくれるんだって。




待ち合わせ場所は図書館の裏手。馬車を止めてある辺り。

少し早めに来た僕は、図書館で数冊の本を借りて。

ドキドキしながらジェニ様が来るのを待ってる。


最近買った、友人と出掛けるときに着る用の服を、僕はさっそく着てみたんだ。

僕を連れてる所為でジェニ様が恥ずかしい思いをするのは嫌だから。

ジェニ様がお祝いのために連れて行ってくれるお店だから、きっとそれなり以上に凄いところだと思うんだ。

あんまり格式高い店にはしないよ、ってジェニ様は言ってたけど。伯爵家のご子息が言う「そうでもないよ」を、そのまま平民の感覚には当て嵌められないよね。



ハリス伯爵家の馬車が少し先に停まって、ジェニ様が姿を現した。

普段見掛けるジェニ様は、シンプルなシャツに棒タイだけとかの、割と飾り気の無いカジュアルな服装が多い感じなんだけど。

馬車を降りて来るジェニ様は、硬いシルエットのジャケットを羽織ってた。

黒にも見えるような濃い紺色の上着は布地も上等そうで、何より精悍な顔立ちのジェニ様の逞しさを引き立てて、とても似合ってる。


「ぉ……待たせたな、ユア。」

御者や従者がそばにいるからかな。

いつもなら「お待たせっ」と言うだろう挨拶も、外見に合わせた感じになってる。

口端の片端だけをちょっと吊り上げた笑みはたぶん、ジェニ様としては照れて恥ずかしがってる表情なんだろうけど……凄くサマになってて素敵だった。


自分なりに着飾って来たものの、こうして並べばやっぱり、僕はみすぼらしい。

そりゃあもちろん、ジェニ様は貴族で僕は平民なんだから、比べること自体がおこがましいって分かってるよ。

でも、もう少し真剣な場所に来て行けるような服も買っておけば良かったかも。

せっかく誘ってくれたのに、こんな格好で……申し訳ないな。

こんな風に思ったらジェニ様に怒られちゃうかな。



「本日はお誘い、ありがとうございます。……ジョルジェーニ様。」

僕は精一杯に畏まって言葉を返した。

呼び方も、他に人がいる場合の呼び方で。


擽ったそうなジェニ様が僕へと、掌を上に向けて差し出してくれる。

エスコートの手に、僕は慌てて自分の手を重ねた。


「……そのジレ、可愛いね。淡い色が似合ってる。ボク、その色、好き。」

馬車に乗り込むためのステップに、僕が足を掛けたとき。

距離が近くなったジェニ様が、コソッと僕に耳打ちする。


聞き慣れた可愛い口調。

猫とか、可愛いものを見たときみたいな、キラキラした眼差し。


心配してた服を褒められたら嬉しくなって、少しホッとして、自然に笑えた。




乗り込んだ馬車はゆっくり出発した。


馬車の窓には、レースのカーテンとシンプルなカーテンが二重に掛けられてた。

今はカーテンを2枚とも閉じて、外からは中の様子を窺えないようになってる。

ジェニ様が言うには、シンプルな方は遮音カーテンなんだって。叫び声はともかく、普通に話す分にはちょっとくらい声が大きくなっても外に漏れないって。

簡易なマジックアイテムなんだって。凄いよね、馬車にそんな物を備えるなんて。



「……大体さ? そんな見事に逆転出来るなら、もっと早く手を打てるでしょ?」

中に乗ってるのはジェニ様と僕、2人だけ。

御者や従者は外にいるから、ジェニ様は可愛い口調に戻ってる。


「だってそうでしょ? ここまでギリギリの状況になる前に、もっとお互いの傷が浅い内に、ちゃんとした手続きでなんとかしたらいいのに。そしたら引っ叩く程度の痛みで済むはずじゃない。自分がボロボロになるまで大人しく我慢してて、いきなり、相手を殺すような反撃しなくってもいいじゃないっ。」

ジェニ様が憤ってるのは、最近の流行になってる外国発の恋愛小説について。

本当に最近、僕も図書館で外国の恋愛小説を借りてるんだ。入学したら、同じクラスの友人達との話のネタにしようと思って。


それに、ジェニ様は凄く不満みたいだけど僕には……戒めとしても役に立つから。



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