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第二章 入学試験を受ける前まで戻って

27 同じような場面

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呼び方を決めるのに、いいだけ時間を使っちゃって。

そろそろ出掛けないとお店のランチ時間が終わっちゃう、ってジェニ様が気付いて。

2人とも立ち上がろうとしたとき。


「みゅーん。」

「あっ……。」

1匹の猫が鳴き声を上げて、僕の膝に乗って来た。

僕がここで最初に見た猫。

2匹連れ立って歩いてた内の、後ろにいた猫だ。


「みゅーんっ。」

青っぽい灰色の毛並みの猫は、僕の膝上で踏ん張りながらジェニ様を見上げてる。


何か訴えてるみたいだけど……。

まだお腹が空いてるのかな? 分からない。


「ぅん? どしたのかな?」

「みゅう、みゅーん。」

「うんうん、なるほど……? ……分かんないなぁ。」

ジェニ様にも分からないみたい。

そりゃそうだよね。猫が好きでも、会話出来るのとは違うもんね。


「猫ちゃんは、新しいオトモダチだよね。まだお腹、空いてる?」

「……みゅう。」

「なんか違うみたい。あっ、そう言えば……新しいオトモダチには、まだ名前を付けてなかったっけ?」

「みゅうっ。」

今のは僕にも何となく分かったよ。

そうだよ、って鳴いたみたいに聞こえた。


クシャっと破顔したジェニ様が、そっかそっか~って、猫を両手で掬い上げる。


「……! あ……。」

その様子を見て。

僕は前にもこんな光景を見たことがあるな、って。そんな気がして。

すぐに思い出したんだ。

今までこんな記憶、思い出したことなんか無かったのに。


青灰色の猫を、緑の多い屋外で優しく拾い上げるジェニ様。……じゃない。記憶にあるのはたぶん、ジンジェット様の方だ。


確か、ジンジェット様が猫を拾い上げたのと同時に、ユアがいるのに気付いて。

あぁそうだ……。

ジンジェット様は、自分の足元に纏わり付いて来る猫を、拾い上げたまでは良かったけど。実は小動物に触れるのはあんまり得意じゃなくて。

通り掛かったユア……僕が得意そうだからって、僕に抱っこさせたんだ。

それに、名前も僕に、決めてくれないかって……。



「じゃあさ、せっかくだからユア。名前、考えてよ。」

「えっ?」

思い出した記憶と、同じようなことが起こってる。

まるで、お前の人生なんか、何処から始めても結局は変わらないんだよって、言われてるみたい。


「っあ……。それじゃ……、ミィミィちゃんは、どうかな……?」

あのときと同じ名前だ。

変えよう、って思えるような元気を急に、失くしてしまった。


ジェニ様は優しく微笑んで、小さく頷いてくれる。

あのときの、ジンジェット様と同じ表情、同じ仕草。


そのまま猫を持ち上げて、猫の鼻先に自分の顔を寄せて……。



「やっぱりボクが名前付けるね。」

「えっ?」

「だってユアは、名付け方に捻りが無いんだもん。」

「そ、そう……?」

……あれっ? なんか、思ってた反応と違う?


「ユアってさぁ、見た目は可愛いけど、案外中身はおっさんのセンスじゃない?」

「お……っ、ひど…酷いよぉ。可愛い名前だって、思ったのに。」

「ごっ、ゴメン、ゴメン。だって、ちゃん付けとかぁ……ねぇ?」

クスクス笑ってるジェニ様は、ジンジェット様ではあまり見ないような、人を揶揄うような笑顔になってた。

どっちかと言えば、リュエヌ様の表情で見たことの方が……。


…………ああっ!


「ジェニ様、僕を揶揄ったのっ?」

「だぁから、ゴメンってば。」

「おっさんって言われたの、結構ショックだったんだよ?」

「ゴメン、ゴメン。おっさんぽいなって思ったのは、半分だけだから。」

「半分は思ってたの? ……って、また…揶揄ってる。もぉ……。」


一頻り笑ったジェニ様は、ちゃんと真面目な顔になった。


「ちょっとはボクに慣れた?」

「あっ、うん。」

「それはともかく、名前はボクが決めるね? ……そうだなぁ、せっかくユアが考えてくれた、ミィミィちゃんのミ…を使って…」

「もう、それは忘れて……。」

「…ミュシャ。……決めた、新しいオトモダチの猫ちゃんは、ミュシャだよっ。」

「みゅーっ。」


あんまり変わらないような気がするんだけど。

ジェニ様も、猫も嬉しそうに見えるから、いいかな。

それに……なんか、今の遣り取り。ちょっと楽しかった。


今までの経験から考えたら、ジェニ様が今回の "特別" な人の可能性がかなり高いのは分かってるけど。

仲良くなればなるだけ、楽しければ楽しいだけ。それが僕を "ざまぁ" するための演技だと言われたときに、悲しい思いをしちゃうんだけど。

それでも今、僕に気安く接してくれるのに、トゲのある態度を取れない。

予め分かってても、そこまで毅然とした選択が出来ないから。

だから僕は、何度も王子殿下を好きになって……後で傷付くんだよね。

分かってるのに、本当に、馬鹿……。



「ミュシャ……可愛いよね? ねぇ、ユア? ユアも呼んであげてよ。」

「うん。……名前を付けて貰って良かったね、ムぅシャ?」

「みゅーん。」

「ユ~アっ。ムぅシャじゃないよ、ミュ…シャ…だよ?」

「みゅーん。」

普通に言ったつもりだったけど、僕の発音はちょっと違ったみたい。

猫はどっちでもいいみたいで、どっちの名前にも元気良く返事する。


「み…ゆ、しゃ……?」

「惜しい、もうちょっと。……ミュ、シャ。あ、シャの方は大丈夫か。」

「ミぃュ…シャ……。」

「そうそう、そんな感じ。それっぽい発音になって来たから大丈夫。……ミュシャは別に、ミュシャでもムぅシャでも、どっちでもいいよねっ?」

「みゅーんっ。」

猫ちゃん……む……ミュシャは嬉しそうな鳴き声を上げたと思ったら。

身を捩ってジェニ様の手から飛び出した。

さっきミュシャを先導してた猫の方に走って行く。


もう用事は済んだ、って……言ってるみたい。



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