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第二章 入学試験を受ける前まで戻って

26 呼び方

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お腹が重たいって言うか、キュウッと締め付けられるような……。


くきゅうぅ~っ。


「ぁっ……。」

「あはっ、今の音、かぁわい~っ。」

切ないな……って、感じてたのに。お腹が鳴っちゃった。

たぶん気拙くならないように、ハリス様が笑ってくれたけど……恥ずかしい。


「ねぇ、お昼ご飯、まだなんでしょ? 一緒に何処か、食べに行こうよ。」

「ご免なさい、僕……お金、持ってな…」

「お昼ご飯、奢らせてよ。これでも一応、ボクは伯爵家の息子なんだぞっ。」

ハリス様は自然な感じで食事に誘ってくれる。

人懐っこい態度に、僕は困惑した。


何も警戒なんかしないで、厚意を「ありがとう」って受け取れない。

嬉しかったり楽しかったりするほど、後で辛くなるって知ってるから。

……嫌な、僕だ。


「でも、初めて会ったのに…」

「大丈夫、大丈夫。この近くにね、あんまり高くなくて、結構美味しいお店があるって聞いて来たんだ~。ボク、初めて行くからさ……付き合ってよ。」

ねぇ? って小首を傾げて僕を覗き込む、僕より背が高いハリス様。

なんだか……可愛くってズルい。


「ところで、名前教えてよ。」

「ご免なさい。うっかりして……わざとじゃないんです。」

「いいよ、そんな怒ってないから。って言うか、敬語になってるよ?」

「…あっ、ご免なさい。つい……。」

「もぉ~。謝らなくていいんだけどなぁ。……まっ、口癖とかもあるだろうし、急に変えろって言われても困るよね。」


あまり気にしてない感じのハリス様は、ニッコリしながら僕の言葉を待ってる。

僕は、どう答えようか考えて……。


「…ぼ、僕は……ユア、って言いま……、…言うんだ。」


結局、本当の名前を伝えた。


僕がユアだって認識されない方がいいかな、とも思ったんだけど。

目の前にいる、双子の弟なハリス様もきっと、同じ学園に通ってるだろうから。

入学したらどうせ、簡単に分かっちゃう。

変な風に隠すよりは、いいかな……って。


「ユア、ね。分かった。……あ。ねぇ、ユアってアダ名? それとも名前?」

「あ、名前で…っだよ。」

「それじゃ、ユアって呼ぶね。ぼくのことは……、うーん……。」

「ハリス様?」

「なワケないでしょ。同じ顔のハリスが2人いるんだよ? 名前で呼んでよ。」

ハリス様はちょっと頬を膨らませてから苦笑する。

自信満々な表情が似合う顔立ちなのに、そんな子供っぽい表情をしても魅力的だ。


「なら……、ジョルジェーニ様?」

「それは長過ぎ。呼びにくくない? アダ名は一応……ジョージって呼ばれるんだけど……、なんかイマイチなんだよねぇ。他に何かいいの、無いかなぁ……。」

腕組みしたハリス様はウンウンと考え出した。

ユアも一緒に考えて、って言われたけど。僕がハリス様の新しいアダ名なんて、考え付いても気軽に言えるはずない。


それに僕は結構、ジョージ様って呼び名も格好良くていいと思う。

とても貴族っぽい響きに聞こえるから。


「そうだ、ジェニってどうかな? ジェニ……うん、可愛い。これにする。」

どうやら自分でも納得行く呼び名を、思い付いたみたい。

ワクワクと目を輝かせて、僕を覗き込んで。


「ユア、ちょっと試しに呼んでみてよ。」

「えっ……ジェ…ニ、様……?」

「ぁははっ、やっぱり可愛い。」

変にたどたどしい呼び方になっちゃった。

けど、ハリス様……じゃなくて、ジェニ様は満足そうに瞳を細める。

そういう表情だと、ジンジェット様と双子なだけあって、兄貴っぽい雰囲気。


「出来たら、様付けも無い方がいいけど……それは慣れてから、ね?」

「えっ……? ぁ…うん。」

慣れるくらい呼ぶってことは、ジェニ様の中では決まってるみたいだ。

同意も否定もしにくいけど。


それに、ちょっと気になることが……。


「よっし、お互いの呼び方も決まったし。ご飯、食べに行こうっ。」

「あ、待って、ぁの……。その、呼び方なん…だけど……。」

「なに? 呼びにくい?」

「ぇっと……ジェニ様、って呼ぶの……他にはいないん…だよね? なんかそれって、ちょっと……特別感が出ちゃうって、言うか……。」

他に誰も呼んでない呼び方はやっぱり、それを耳にした人を誤解させちゃう。

僕とジェニ様は特別な仲じゃないんだから、そこは避けたいんだ。


「僕だけ、他の人と違う呼び方するのって……良くないよ、きっと。」

「ん~、そっか。え~でも、それじゃ……ジョージか、……うーん。」

「ぼ…僕は、格好良いと思うよ? もしかして、ジョージ様って呼ばれるの、あんまり好きじゃない?」

「別に嫌いなワケじゃないけどね。……あ、それじゃあさ。他に人がいる場ではジョージ、近くに誰もいなかったらジェニ。それでどう? それならいいよねっ?」


圧倒的な、押しの強さ。

もう1回異論を唱えることは、僕には出来なかった。


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