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第一章 いつもと変わらないと思ってた
18 未だ決着せず
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静かな部屋で僕は目覚めた。
寝てるのは柔らかなベッド。
自分の身体から消毒薬の匂いがする。
今まで繰り返してきた人生の、始まりの場所と違う。
「ど…して……?」
愕然と呟いた。
これで終わるんだ、って思ったのに。
どうして、まだ生きてるの?
僕はまだ、あの人生の続きをしなくちゃいけないの?
馬車に轢かれても、階段から転げ落ちても僕が生きてるのは……王子殿下が結婚してない、から……?
「ユア様、気が…付かれましたか……。」
見覚えのある使用人さんが僕を見て涙ぐむ。
僕が意識を取り戻したことを、喜んで、ホッとしてくれてるんだ。
そんなに長い付き合いでもないし、僕なんか、リュエヌ様が急に連れて来た紛い物の婚約者なのに。こんなに心配してくれてた。
だけど僕は返事をしなかった。
あぁ、ここはオーウェン侯爵家の一室なんだなって認識するだけ。
胸が痛くなって、それから、じわじわと心が冷えて行く。
使用人さんは僕に、決して起き上がらないようにと言い含めると、僕が目覚めたことを知らせに、急ぎ足で部屋を出て行った。
しばらくしたら、リュエヌ様か、お医者さんか……誰か来るだろう。
会いたくないけど、会いたくないですって言葉にするのも嫌だ。
身体全体がズキズキして、ヒリヒリもする。ちょっと麻痺した感じもある。
寝返りも満足に出来ないのが分かって、仕方なく目を閉じた。
リュエヌ様が来るまでの間に、僕自身を守る鎧を作らないといけない。
そうじゃないと、この人生の終わりが訪れるまでが辛過ぎで。
休もう。これからは。生命が終わるまでずっと。
自分の気持ちに、お休みをあげよう。
勘違いしない。期待しない。悩むのも、申し訳なく思うのも、全部やめる。
どうせ逃げられないんだから。
お腹に王子殿下の子を宿した僕は、自分の意思で何処かに行けるはずも無い。
だから、せめて……生まれた子が酷い目に遭わされないように。
僕は精々、偉い人達の都合の良い人形でいよう。
何も聞かず、何も知らず、望まれるまま、逆らわずに。
大丈夫。だって、今までと何にも変わらないんだから。
王子殿下の心に僕がいない、ってことも。最初っから変わらないんだから。
目を瞑ってボンヤリしてたから、部屋に入って来る人に気付かなかった。
でも何だか、ねっとりした嫌な気配を感じて目蓋を上げる。
「……!」
「おはよ。」
見下ろしてる人物に、僕は声を失った。
「兄さまに取り入ってるな~、と思ってたら……リュエヌと婚約だって? ついこないだまで王子を追い掛け回してたのに、変わり身早いね。」
声だけは楽しそうに、アルファルファ様の義弟が僕を嘲笑う。
大きな声じゃないのに義弟の言葉は、やけにハッキリと聞こえた。
「でも、その様子じゃ……ちょっとは現実を知ったみたいだね。みんなが優しくしてくれてる夢からは、ちゃんと覚めたかい?」
「……何しに、来たの?」
「あっれぇ~? なんだよ、意外と元気じゃん。しぶといね~。」
義弟はわざとらしく目を見開く。
「キミの様子、見たかったのにさ。リュエヌったら、ちっとも会わせてくれないんだもん。友達の婚約をお祝いしてあげたかったのにな。……なんてね。」
「お祝いの言葉なら、……リュエヌ様に、言って。」
聞きたくなくて、僕は顔を背けた。
すると義弟が、僕の顎を掴んで、無理矢理に顔の向きを戻す。
力でねじ伏せるように、乱暴に押さえ付けられて。
「ぃた…いっ……。」
「ねぇ、キミさ……。」
義弟が食い入るように僕の顔を覗き込む。
口元だけを歪ませた義弟の笑顔に、言い知れない恐怖を感じた。
「転生者だろ?」
問い掛ける言葉だけど、義弟の表情は尋ねるものじゃない。
分かってることを口に出してるだけだ。
「……てん、せい…しゃ……。……僕が?」
他の国々ではどうだか知らないけど。この国や、僕が昔いた隣国では、おとぎ話の題材によく "生まれ変わり" が書かれてる。
物語では、生まれ変わることを転生って表現してた。
僕の知ってる "転生" は、死んだ人の魂が天国で休憩してからまた生まれるときに、死ぬ前の記憶や知識をうっかりして持ち込んじゃう……そういうもの。
だから僕は違う。僕は転生じゃない。
何度か繰り返してる人生だけど、それは全部、僕だから。
「僕は違うよ。」
「ほ~っら、わざとらしい。やっぱりね。」
僕の反応で義弟は、逆に確信を強めたみたい。
歪な口唇をますます吊り上げた。
……なんで? なんで、そう思うの?
「違う……って言う時点で、そうですって自白したようなもんだよ。それに気付かないとか、ほんっと、バカだね。」
「だって、本当に…」
「ど~りでね。死にそうなタイミングがあっても死なないワケだ。それどころか、逆に利用して兄さまやリュエヌをいいように利用してさ。」
「それは……。」
「身重の身体で、馬車に轢かれても、階段から転げ落ちても死なないし。しかも、赤ん坊も流れない、とか。今回のキミ、ちょっと……モチ過ぎ、じゃない?」
義弟の目が、僕の身体の方へと流れる。
不躾に注がれた視線から隠すように、僕は布団の中でお腹を庇った。
寝てるのは柔らかなベッド。
自分の身体から消毒薬の匂いがする。
今まで繰り返してきた人生の、始まりの場所と違う。
「ど…して……?」
愕然と呟いた。
これで終わるんだ、って思ったのに。
どうして、まだ生きてるの?
僕はまだ、あの人生の続きをしなくちゃいけないの?
馬車に轢かれても、階段から転げ落ちても僕が生きてるのは……王子殿下が結婚してない、から……?
「ユア様、気が…付かれましたか……。」
見覚えのある使用人さんが僕を見て涙ぐむ。
僕が意識を取り戻したことを、喜んで、ホッとしてくれてるんだ。
そんなに長い付き合いでもないし、僕なんか、リュエヌ様が急に連れて来た紛い物の婚約者なのに。こんなに心配してくれてた。
だけど僕は返事をしなかった。
あぁ、ここはオーウェン侯爵家の一室なんだなって認識するだけ。
胸が痛くなって、それから、じわじわと心が冷えて行く。
使用人さんは僕に、決して起き上がらないようにと言い含めると、僕が目覚めたことを知らせに、急ぎ足で部屋を出て行った。
しばらくしたら、リュエヌ様か、お医者さんか……誰か来るだろう。
会いたくないけど、会いたくないですって言葉にするのも嫌だ。
身体全体がズキズキして、ヒリヒリもする。ちょっと麻痺した感じもある。
寝返りも満足に出来ないのが分かって、仕方なく目を閉じた。
リュエヌ様が来るまでの間に、僕自身を守る鎧を作らないといけない。
そうじゃないと、この人生の終わりが訪れるまでが辛過ぎで。
休もう。これからは。生命が終わるまでずっと。
自分の気持ちに、お休みをあげよう。
勘違いしない。期待しない。悩むのも、申し訳なく思うのも、全部やめる。
どうせ逃げられないんだから。
お腹に王子殿下の子を宿した僕は、自分の意思で何処かに行けるはずも無い。
だから、せめて……生まれた子が酷い目に遭わされないように。
僕は精々、偉い人達の都合の良い人形でいよう。
何も聞かず、何も知らず、望まれるまま、逆らわずに。
大丈夫。だって、今までと何にも変わらないんだから。
王子殿下の心に僕がいない、ってことも。最初っから変わらないんだから。
目を瞑ってボンヤリしてたから、部屋に入って来る人に気付かなかった。
でも何だか、ねっとりした嫌な気配を感じて目蓋を上げる。
「……!」
「おはよ。」
見下ろしてる人物に、僕は声を失った。
「兄さまに取り入ってるな~、と思ってたら……リュエヌと婚約だって? ついこないだまで王子を追い掛け回してたのに、変わり身早いね。」
声だけは楽しそうに、アルファルファ様の義弟が僕を嘲笑う。
大きな声じゃないのに義弟の言葉は、やけにハッキリと聞こえた。
「でも、その様子じゃ……ちょっとは現実を知ったみたいだね。みんなが優しくしてくれてる夢からは、ちゃんと覚めたかい?」
「……何しに、来たの?」
「あっれぇ~? なんだよ、意外と元気じゃん。しぶといね~。」
義弟はわざとらしく目を見開く。
「キミの様子、見たかったのにさ。リュエヌったら、ちっとも会わせてくれないんだもん。友達の婚約をお祝いしてあげたかったのにな。……なんてね。」
「お祝いの言葉なら、……リュエヌ様に、言って。」
聞きたくなくて、僕は顔を背けた。
すると義弟が、僕の顎を掴んで、無理矢理に顔の向きを戻す。
力でねじ伏せるように、乱暴に押さえ付けられて。
「ぃた…いっ……。」
「ねぇ、キミさ……。」
義弟が食い入るように僕の顔を覗き込む。
口元だけを歪ませた義弟の笑顔に、言い知れない恐怖を感じた。
「転生者だろ?」
問い掛ける言葉だけど、義弟の表情は尋ねるものじゃない。
分かってることを口に出してるだけだ。
「……てん、せい…しゃ……。……僕が?」
他の国々ではどうだか知らないけど。この国や、僕が昔いた隣国では、おとぎ話の題材によく "生まれ変わり" が書かれてる。
物語では、生まれ変わることを転生って表現してた。
僕の知ってる "転生" は、死んだ人の魂が天国で休憩してからまた生まれるときに、死ぬ前の記憶や知識をうっかりして持ち込んじゃう……そういうもの。
だから僕は違う。僕は転生じゃない。
何度か繰り返してる人生だけど、それは全部、僕だから。
「僕は違うよ。」
「ほ~っら、わざとらしい。やっぱりね。」
僕の反応で義弟は、逆に確信を強めたみたい。
歪な口唇をますます吊り上げた。
……なんで? なんで、そう思うの?
「違う……って言う時点で、そうですって自白したようなもんだよ。それに気付かないとか、ほんっと、バカだね。」
「だって、本当に…」
「ど~りでね。死にそうなタイミングがあっても死なないワケだ。それどころか、逆に利用して兄さまやリュエヌをいいように利用してさ。」
「それは……。」
「身重の身体で、馬車に轢かれても、階段から転げ落ちても死なないし。しかも、赤ん坊も流れない、とか。今回のキミ、ちょっと……モチ過ぎ、じゃない?」
義弟の目が、僕の身体の方へと流れる。
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