11 / 91
第一章 いつもと変わらないと思ってた
11 王子の為に。王家の為に。
しおりを挟む◆ ◆ ◆
ユアより一足先に応接間へと向かうアルファルファ・ブリガンデの秀麗な眉目には、先程ユアと話していたよりも深い皺が刻まれていた。
彼の表情をこうさせているのは紛れも無く、リュエヌ・オーウェンの言動だった。
あの事故の翌々日。ユアが目覚める前のこと。
リュエヌから、ブリガンデ公爵家に手紙が届いた。
手紙の内容の大部分は問題無い。
事故に遭ったユアの心配と、様子を窺う言葉。ユアを助けた公爵家に対する、多大なる感謝の言葉が綴られていたのだから。
手紙の差出人が、パーティ会場でユアを断罪した側のリュエヌであるという点と。締めくくりに添えられた一文が問題なのだ。
「格別な気遣いを……か。」
確かに書いてあった。
今のユアは大事な時期ですので格別な気遣いを願います……と。
明らかにユアが妊娠していることを示唆する一文であり、事実、ユアの胎内には小さな生命が宿っていた。
それを知っていて、あのような場で大々的に、晒し者にしたというのか。
あの場面を思い出すと、アルファルファの腹の奥から苦いものが込み上げて来る。
やはり一言、あの場で発言するべきだった。
もはや単なる言い訳に過ぎないが、あの時、あの場では。2人を衆目の前で明確に決別させることが、最も後の禍根が無く、有効なものと考えていたのだ。
ユアが王子妃の責を果たせるとは思えなかった。
だから黙っていた。
都合の良過ぎる婚約者からの視線や、興味津々といった風の第三者からの視線を浴びても、黙っていたのだ。
今なら、あの方法は最良では無かったと言える。
別れさせる事は変わらないとしても、他にやりようは何かあったはずだ。
ようやく目覚めたユアは、自分が妊娠しているとは知らなかった。
目覚めた際の受け答えを見る限り、しらばっくれているようには見えなかった。そもそも妊娠の事実を知っていたならば、馬車の直前に駆け込むような無謀な真似はするまい。
そして赤ん坊の父親がエドゥアルド王子であることも間違いないだろう。
試しにカマを掛けてみたユアの反応から、自分の予測が当たっていると確信したアルファルファは、頭の痛い思いだった。
例え……手を出した時には、ユアを側室として迎えるつもりだったとしても。もう少しは節度と忍耐を持てなかったものか、と。
「なにが……、愛の結晶、だ……。」
今日、ブリガンデ公爵家を訪れたリュエヌは全く表情を変えずに言い放った。
ユアと……、自分とユアとの愛の結晶を、連れ帰りたいと。
「よくもぬけぬけと。」
アルファルファの声に苛立ちが滲む。
お腹の子の父親がリュエヌだなどと、微塵も信じる気がしない。
リュエヌも、そんな戯れ言が通用しないと分かっている。
だがそれでも、リュエヌはそれを押し通す自信があるのだろう。
リュエヌ・オーウェンという男は……王子の醜聞を片付ける為に、ユアとの親密な関係を無かった事にするような男だ。
多少以上の強引な方法を選んだが、王子の醜聞に関して、リュエヌの火消し策は上手く成果を出していた。
学園内で密かに囁かれていた、「エドゥアルド王子が孤児の平民ユアと親密な関係になっている」という王子に相応しくない噂。
噂を広める多くの生徒達は、王子ともユアとも無関係な者ばかり。噂を噂のまま、面白おかしく話していただけだった。
リュエヌはそこを逆手に取り、パーティでの断罪より前から、密かにじわじわと、秘密の子飼い達を使って新たな噂を広めていた。
新たな噂は「ユアの親し気な振る舞いを見て、誤解した者が誤った噂を広めた」というもの。誤解に尾ひれが付いて広まった不躾な噂を訂正するために、大勢の前での吊るし上げは、やむを得ずの苦肉の策だった……という内容も付け加えて。
パーティ会場でのあの出来事以降、王子とユアの噂は「王子から気に掛けて貰った特待生が勘違いし、勝手に王子に熱を上げていただけ」という内容に、ほぼ塗り換わったと言える状態になった。
平民なのに王子から可愛がられているユアへのやっかみが、新たな噂が広まる原動力となった、という点も否めない。
リュエヌが噂の火消しに動いてから、3週間程度だった。
多くの無関係な生徒達の記憶は、新しい噂の内容に上書きされた。
2人の関係はそんな風には見えなかった、と声を上げる者はいない。
オーウェン侯爵家の権力を前に、婚約者がいる王子殿下の不貞を指摘するなど、なかなか出来ることではないのだから。
「多少汚くとも王家の為、か……。」
流石はオーウェン侯爵家の跡取り候補、と。
国と王家に対する忠誠心だけは、アルファルファも認めるところであった。
56
お気に入りに追加
405
あなたにおすすめの小説

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく
藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。
目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり……
巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。
【感想のお返事について】
感想をくださりありがとうございます。
執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。
大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。
他サイトでも公開中

悪役令息の死ぬ前に
やぬい
BL
「あんたら全員最高の馬鹿だ」
ある日、高貴な血筋に生まれた公爵令息であるラインハルト・ニーチェ・デ・サヴォイアが突如として婚約者によって破棄されるという衝撃的な出来事が起こった。
彼が愛し、心から信じていた相手の裏切りに、しかもその新たな相手が自分の義弟だということに彼の心は深く傷ついた。
さらに冤罪をかけられたラインハルトは公爵家の自室に幽閉され、数日後、シーツで作った縄で首を吊っているのを発見された。
青年たちは、ラインハルトの遺体を抱きしめる男からその話を聞いた。その青年たちこそ、マークの元婚約者と義弟とその友人である。
「真実も分からないクセに分かった風になっているガキがいたからラインは死んだんだ」
男によって過去に戻された青年たちは「真実」を見つけられるのか。
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま


思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。

学園の俺様と、辺境地の僕
そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ?
【全12話になります。よろしくお願いします。】

嫌われ者の僕が学園を去る話
おこげ茶
BL
嫌われ者の男の子が学園を去って生活していく話です。
一旦ものすごく不幸にしたかったのですがあんまなってないかもです…。
最終的にはハピエンの予定です。
Rは書けるかわからなくて入れるか迷っているので今のところなしにしておきます。
↓↓↓
微妙なやつのタイトルに※つけておくので苦手な方は自衛お願いします。
設定ガバガバです。なんでも許せる方向け。
不定期更新です。(目標週1)
勝手もわかっていない超初心者が書いた拙い文章ですが、楽しんでいただければ幸いです。
誤字などがありましたらふわふわ言葉で教えて欲しいです。爆速で修正します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる