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劇場のこけら落としにて
こけら落としにて・13 ◇第二皇子ジェフリー視点
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レオ様は僕の隣に来てくれました。
エスコートして貰えると思い込んだ僕は、レオ様の腕を掴みました。
クリスから「泣きそう」と言われた顔を見られたくなくて、やや俯いたままで、レオ様の肘に自分の腕を絡ませていました。
舞い上がっていたからです。とても冷静ではなかった。
それに、学園祭の帰り、馬車まで送って貰えた……あの時の事を、何度も思い出していたのも影響していたと思います。
レオ様の腕に掴まって、その安定感にホッとしていました。
一瞬。
ほんの一瞬。
レオ様が固まったように感じて。
ハッとして顔を上げた僕は、自分の行動の過ちに気が付きました。
クリスが先程以上に微妙な顔で、こちらを見ているのです。
今の自分の体勢を。その時になって、冷静に考えて……もっと早く冷静になるべきでした……途端に、僕は恥ずかしくなりました。
学園祭の時と違って、今の僕は足を挫いてなどいません。だからレオ様の腕に掴まる必要は無いのでした。
ですが今、慌てて離れるのもおかしいと言うもの。
これはもう……このまま、何でもない風に押し切るしかありません。
特に何もおかしな事はない。
そういう感じでいくしかないでしょう。
「そうだ。……ねぇ、レイ? 良かったらさ…」
劇場関係者がこの場にいない事で、少し油断したクリスの口調が砕けています。
どんな時でもお喋りが出来る、クリスの強みです。
僕も何か、話題を探しました。
城まで送って貰うリカリオ侯爵家の馬車に、クリスは居ないのですから。
クリスに場を任せる事は出来ないのですから。
とても緊張するでしょうが僕も、馬車の中で何は話さなくては。
「……コホン。あー……、良かったら……その…」
「はい?」
頑張って考えていた僕は、レオ様の声でハッと我に返りました。
レオ様の目が真っ直ぐに僕を捉えています。
身体の奥がポッと暖かくなるような気がしました。
顔まで熱くなる気がしますが、僕は顔を逸らしたり俯いたりは出来ませんでした。
僕はきっと変な顔になっているでしょうに、それでも。僕を見るレオ様を、もっと見ていたくて。
レオ様に見つめられて。
こんな風にレオ様を正面から見られるなんて、以前の僕には考えられなかった。
「馬車で……今日の、芝居の…話、などを……。」
「……はい。」
今日の観劇の、感想会ですね! 何という幸せなお誘いでしょうか……!
これですよ、これ。お芝居を観た後に、僕がしたかったのは、これなんです。
まさかレオ様と、そんな事が出来るなんて……夢のようです。
クリスと話していたレイモンド様がこちらへ来ました。
レオ様に、自分はまだ劇場にいるので置いて行くようにと伝えています。
「では行こう。」
「……はいっ。」
レオ様が貴賓室の外へと、僕を連れ出してくれます。
知らずの内に声が力んでしまいました。
このぐらいは自分を許しましょう。
嬉しさ半分、緊張半分ですから。
レイモンド様が一緒に帰らないという事は、馬車の中で僕とレオ様の二人きり。
逃げ出したいぐらい緊張しますが、それと同じぐらい、この機会を逃したくない。
以前の僕には無かった、レオ様と話したい、という欲が。
叶うかも知れないと思えば、身体が震えそうです。
僕が密かに、こんな風に思っているなんて。レオ様はご存知無いでしょうね。
一方的に慕うだけで幸せだった僕は、自分の気持ちを表すなど、しなかったから。
* * *
リカリオ侯爵家の馬車内で。僕とレオ様は、今日のお芝居について話しました。
もっと緊張するかと思っていたのに、話した事で逆に落ち着いたみたいです。
殆ど僕が話していました。
あのシーンがハラハラした。このシーンが歯痒かった。……と話す僕に、レオ様が相槌を打ってくれるのが嬉しくて。
話している時に、つい何度か、「私もきっと同じように…」とか「もし私なら…」とか、そんな事を口に出してしまいました。
恐らくレオ様には、僕が自分を主役に投影していると、知られたでしょう。
今日の演目は『五大悲劇』の一つと呼ばれる恋愛劇です。
当然、主役二人の恋愛シーンも話題になりました。
「眼差しに想いを乗せるなんて素敵ですね……。」
僕の好きな場面は、仮面舞踏会後に主役二人が再会する所です。
とあるパーティのバルコニーで出逢い、熱く見つめ合った後、お互い何も言わずに抱き締め合うのが……もう、ね。
憧れる気持ちがあって、無意識に僕は呟いていました。
「…そう、……だな。」
同意してくれるレオ様の声が何だか擽ったいです。
固めていない横髪を耳へ掛ける仕草にドキッとして、目が離せなくなって。
お芝居の話をしていた、だけのはず……なのですが……。
まるで、僕の好きな場面を再現するかのように。
「………。」
「………。」
黙ったレオ様が僕を見るから。
僕も、何も言えなくて。
レオ様しか見えなくなって。
そして……。
「………!」
気が付いたら。
僕は……。
レオ様の腕の中に、いました。
「レオ……様……。」
カッ……と身体中が熱くなって。顔も熱くなって。
心臓が、今まで聞いた事も無いぐらい、騒がしく鳴り出しました。
レオ様の肩口に顔を埋めて、だらしなくなっているかも知れない表情を隠します。
恥ずかしくて堪らない。でも離れたくない。
どれだけの時間、そうしていたか分かりません。
扉をノックする音で、馬車が停まっている事に気が付いたぐらいです。
もう、城に着いてしまったようですね。
「今日は…楽しかった。それでは、また……ジェフリー殿下。」
「…ぁ、……えぇ。」
馬車を降りた僕はぎこちなく返事をしました。
自分の表情がおかしくなっているだろうに、それを整える事も出来ませんでした。
馬車が遠ざかるのを確認し、僕は真っ直ぐ自室へと戻ります。
気が急いて、走ってしまいました。
従者を下がらせ、人払いもした寝室で。
僕はベッドに飛び込みました。
その勢いでゴロゴロと転がっても、一向に気持ちが落ち着きません。
「レオ様……。どうして……?」
主役二人の抱擁する場面が好きだと、言ったからですか?
僕がお芝居の主役になった気分に、させてくれたのですか?
どうして抱き締めてくれたのか。
聞いてみたいような……聞きたくないような。
次に会った時。僕はどうしたら良いのでしょうか……。
エスコートして貰えると思い込んだ僕は、レオ様の腕を掴みました。
クリスから「泣きそう」と言われた顔を見られたくなくて、やや俯いたままで、レオ様の肘に自分の腕を絡ませていました。
舞い上がっていたからです。とても冷静ではなかった。
それに、学園祭の帰り、馬車まで送って貰えた……あの時の事を、何度も思い出していたのも影響していたと思います。
レオ様の腕に掴まって、その安定感にホッとしていました。
一瞬。
ほんの一瞬。
レオ様が固まったように感じて。
ハッとして顔を上げた僕は、自分の行動の過ちに気が付きました。
クリスが先程以上に微妙な顔で、こちらを見ているのです。
今の自分の体勢を。その時になって、冷静に考えて……もっと早く冷静になるべきでした……途端に、僕は恥ずかしくなりました。
学園祭の時と違って、今の僕は足を挫いてなどいません。だからレオ様の腕に掴まる必要は無いのでした。
ですが今、慌てて離れるのもおかしいと言うもの。
これはもう……このまま、何でもない風に押し切るしかありません。
特に何もおかしな事はない。
そういう感じでいくしかないでしょう。
「そうだ。……ねぇ、レイ? 良かったらさ…」
劇場関係者がこの場にいない事で、少し油断したクリスの口調が砕けています。
どんな時でもお喋りが出来る、クリスの強みです。
僕も何か、話題を探しました。
城まで送って貰うリカリオ侯爵家の馬車に、クリスは居ないのですから。
クリスに場を任せる事は出来ないのですから。
とても緊張するでしょうが僕も、馬車の中で何は話さなくては。
「……コホン。あー……、良かったら……その…」
「はい?」
頑張って考えていた僕は、レオ様の声でハッと我に返りました。
レオ様の目が真っ直ぐに僕を捉えています。
身体の奥がポッと暖かくなるような気がしました。
顔まで熱くなる気がしますが、僕は顔を逸らしたり俯いたりは出来ませんでした。
僕はきっと変な顔になっているでしょうに、それでも。僕を見るレオ様を、もっと見ていたくて。
レオ様に見つめられて。
こんな風にレオ様を正面から見られるなんて、以前の僕には考えられなかった。
「馬車で……今日の、芝居の…話、などを……。」
「……はい。」
今日の観劇の、感想会ですね! 何という幸せなお誘いでしょうか……!
これですよ、これ。お芝居を観た後に、僕がしたかったのは、これなんです。
まさかレオ様と、そんな事が出来るなんて……夢のようです。
クリスと話していたレイモンド様がこちらへ来ました。
レオ様に、自分はまだ劇場にいるので置いて行くようにと伝えています。
「では行こう。」
「……はいっ。」
レオ様が貴賓室の外へと、僕を連れ出してくれます。
知らずの内に声が力んでしまいました。
このぐらいは自分を許しましょう。
嬉しさ半分、緊張半分ですから。
レイモンド様が一緒に帰らないという事は、馬車の中で僕とレオ様の二人きり。
逃げ出したいぐらい緊張しますが、それと同じぐらい、この機会を逃したくない。
以前の僕には無かった、レオ様と話したい、という欲が。
叶うかも知れないと思えば、身体が震えそうです。
僕が密かに、こんな風に思っているなんて。レオ様はご存知無いでしょうね。
一方的に慕うだけで幸せだった僕は、自分の気持ちを表すなど、しなかったから。
* * *
リカリオ侯爵家の馬車内で。僕とレオ様は、今日のお芝居について話しました。
もっと緊張するかと思っていたのに、話した事で逆に落ち着いたみたいです。
殆ど僕が話していました。
あのシーンがハラハラした。このシーンが歯痒かった。……と話す僕に、レオ様が相槌を打ってくれるのが嬉しくて。
話している時に、つい何度か、「私もきっと同じように…」とか「もし私なら…」とか、そんな事を口に出してしまいました。
恐らくレオ様には、僕が自分を主役に投影していると、知られたでしょう。
今日の演目は『五大悲劇』の一つと呼ばれる恋愛劇です。
当然、主役二人の恋愛シーンも話題になりました。
「眼差しに想いを乗せるなんて素敵ですね……。」
僕の好きな場面は、仮面舞踏会後に主役二人が再会する所です。
とあるパーティのバルコニーで出逢い、熱く見つめ合った後、お互い何も言わずに抱き締め合うのが……もう、ね。
憧れる気持ちがあって、無意識に僕は呟いていました。
「…そう、……だな。」
同意してくれるレオ様の声が何だか擽ったいです。
固めていない横髪を耳へ掛ける仕草にドキッとして、目が離せなくなって。
お芝居の話をしていた、だけのはず……なのですが……。
まるで、僕の好きな場面を再現するかのように。
「………。」
「………。」
黙ったレオ様が僕を見るから。
僕も、何も言えなくて。
レオ様しか見えなくなって。
そして……。
「………!」
気が付いたら。
僕は……。
レオ様の腕の中に、いました。
「レオ……様……。」
カッ……と身体中が熱くなって。顔も熱くなって。
心臓が、今まで聞いた事も無いぐらい、騒がしく鳴り出しました。
レオ様の肩口に顔を埋めて、だらしなくなっているかも知れない表情を隠します。
恥ずかしくて堪らない。でも離れたくない。
どれだけの時間、そうしていたか分かりません。
扉をノックする音で、馬車が停まっている事に気が付いたぐらいです。
もう、城に着いてしまったようですね。
「今日は…楽しかった。それでは、また……ジェフリー殿下。」
「…ぁ、……えぇ。」
馬車を降りた僕はぎこちなく返事をしました。
自分の表情がおかしくなっているだろうに、それを整える事も出来ませんでした。
馬車が遠ざかるのを確認し、僕は真っ直ぐ自室へと戻ります。
気が急いて、走ってしまいました。
従者を下がらせ、人払いもした寝室で。
僕はベッドに飛び込みました。
その勢いでゴロゴロと転がっても、一向に気持ちが落ち着きません。
「レオ様……。どうして……?」
主役二人の抱擁する場面が好きだと、言ったからですか?
僕がお芝居の主役になった気分に、させてくれたのですか?
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