人形皇子は表情が乏しい自覚が無い

左側

文字の大きさ
上 下
52 / 60
劇場のこけら落としにて

こけら落としにて・12  ◇第二皇子ジェフリー視点

しおりを挟む
 
   *   *   *






上演は無事に終わりました。
この後は少し休憩を挟んでから、楽屋を訪ねて出演者達を労う予定です。

今日はこけら落とし公演という事で、ウェンサバ劇場の現・後援者である叔父上……父上の弟です……が来ていらっしゃるので、後援者の楽屋挨拶に同行させていただくのです。
叔父上は関係者席で観劇されていたので、公演が終わったばかりの今は恐らく、何処かの部屋で休まれているでしょう。



「今日も素晴らしい滑舌だった。流石は看板女優。声も良いから聞きやすいね。」
「……そうですね。」

観覧席から立ち上がったクリスがまた、少々変わった感想を口にしました。
滑舌の良し悪し以外に興味は無いのでしょうか。
近くにいるのが僕なので仕方なく返事をしました。
僕の口数が多くないのは、いつもの事でした。

素晴らしいお芝居を楽しんだ直後なのですよ。
本当なら、まだまだ物語の余韻に浸っていたいというのに。
クリスと一緒に観劇すると、いつもこう。すぐに現実世界に戻されてしまう。


ふと気が付くと、クリスが無言で僕を見つめていました。


一体どうしたのでしょうか?
レオ様やレイモンド様がいるのに、僕とお喋りをする気ですか?
そうだとしても、クリスが黙っているなんて……。


僕が違和感に戸惑っていると、黙ったままのクリスが視線を逸らしました。



「ダディ達、帰るみたいだね。」
「……そう、ですね。」

小声で言われて見れば、父上と宰相閣下が劇場支配人に挨拶を済ませた所でした。

僕はクリスの隣に並んで、貴賓室から立ち去る父上達を見送ります。
レオ様達は僕達と反対側で、やはり同じようにお見送りです。



「ジェフ……大丈夫?」

そっとクリスが囁いて来ました。
先程よりも更に小さな声で。



「何がです?」
「なんか……泣きそうに見えるんだけど。」
「えっ……。」

思わぬ指摘をされ、驚きと焦りで僕は固まってしまいました。
泣きそう、とまで言われるなんて……僕は今、どんな顔をしているのでしょうか。



「俺の気の所為かもだけど、……今日はレイ達もいるしさ。」
「え、えぇ……。」

僕は恐る恐る、ガラス窓の方に顔を向けてみました。
そこに映っている自分の顔は、あまり大きな変化は見当たらないものの。……言われてみれば確かに、目元が少し潤んでいる……ような?

これは間違いなく、お芝居に見入ってしまった所為ですね。
泣く程ではないと思っていたのに、自分でも気が付かない内に涙ぐんでいたのかも。


レオ様達がいるのに。
これから出演者達を労う為に楽屋へ行こうとしているのに。
こんな顔では居られないのに。

情けなさで震えそうでした。



「…楽屋には俺が行くから。ジェフは先に帰りなよ。」
「……えぇ。……そうします。」

クリスは実に微妙な顔をしています。
僕に釣られたのでしょうか。

何にせよ、それを注意する余裕が今の僕にはありません。
ここは大人しく、クリスの言葉に甘えさせて貰いましょう。
叔父上にはクリスが上手く説明してくれるでしょうから。



「ねぇ、レオ。良かったら城まで、ジェフを送ってくれる?」
「えっ……!」

つい、声が出てしまいました。
だってクリスが変な事を言い出すから。


え……? クリス、いきなり……そんな、どうして……?


突然の事に僕は対応出来ず、ただクリスとレオ様の顔を交互に見るだけでした。
レオ様は少々困っているようです。
決して困らせたいわけではないのに、そんな様子も素敵でドキドキしていまいます。



「皇族の馬車は俺が帰る時に使うから。よろしく頼むね?」
「分かった。」

……あぁ、なるほど、確かにクリスの言う通りですね。
先に帰る僕が馬車を使ってしまうと、クリスが帰りに困ります。


クリスの言葉に納得して、レオ様は力強く頷いてくれました。
頼もしい表情を目にした僕は、すっかり舞い上がってしまい。



「では僭越ながら、お送りさせていただこう。……ジェフリー殿下。」
「……よろしくお願いします。レオ…ナルド様。」

うっかり「レオ様」と呼んでしまう所でした。危ない所です。
急にそんな呼び方をしたら、馴れ馴れしいと嫌われてしまいますからね。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

物語なんかじゃない

mahiro
BL
あの日、俺は知った。 俺は彼等に良いように使われ、用が済んだら捨てられる存在であると。 それから数百年後。 俺は転生し、ひとり旅に出ていた。 あてもなくただ、村を点々とする毎日であったのだが、とある人物に遭遇しその日々が変わることとなり………?

【BL】どうやら精霊術師として召喚されたようですが5分でクビになりましたので、最高級クラスの精霊獣と駆け落ちしようと思います。

riy
BL
風呂でまったりしている時に突如異世界へ召喚された千颯(ちはや)。 召喚されたのはいいが、本物の聖女が現れたからもう必要ないと5分も経たない内にお役御免になってしまう。 しかも元の世界へも帰れず、あろう事か風呂のお湯で流されてしまった魔法陣を描ける人物を探して直せと無茶振りされる始末。 別邸へと通されたのはいいが、いかにも出そうな趣のありすぎる館であまりの待遇の悪さに愕然とする。 そんな時に一匹のホワイトタイガーが現れ? 最高級クラスの精霊獣(人型にもなれる)×精霊術師(本人は凡人だと思ってる) ※コメディよりのラブコメ。時にシリアス。

僕の王子様

くるむ
BL
鹿倉歩(かぐらあゆむ)は、クリスマスイブに出合った礼人のことが忘れられずに彼と同じ高校を受けることを決意。 無事に受かり礼人と同じ高校に通うことが出来たのだが、校内での礼人の人気があまりにもすさまじいことを知り、自分から近づけずにいた。 そんな中、やたらイケメンばかりがそろっている『読書同好会』の存在を知り、そこに礼人が在籍していることを聞きつけて……。 見た目が派手で性格も明るく、反面人の心の機微にも敏感で一目置かれる存在でもあるくせに、実は騒がれることが嫌いで他人が傍にいるだけで眠ることも出来ない神経質な礼人と、大人しくて素直なワンコのお話。 元々は、神経質なイケメンがただ一人のワンコに甘える話が書きたくて考えたお話です。 ※『近くにいるのに君が遠い』のスピンオフになっています。未読の方は読んでいただけたらより礼人のことが分かるかと思います。

皇帝の立役者

白鳩 唯斗
BL
 実の弟に毒を盛られた。 「全てあなた達が悪いんですよ」  ローウェル皇室第一子、ミハエル・ローウェルが死に際に聞いた言葉だった。  その意味を考える間もなく、意識を手放したミハエルだったが・・・。  目を開けると、数年前に回帰していた。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

それ以上近づかないでください。

ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」 地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。 まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。 転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。 ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。 「本当に可愛い。」 「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」 かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。 「お願いだから、僕にもう近づかないで」

幸せになりたかった話

幡谷ナツキ
BL
 このまま幸せでいたかった。  このまま幸せになりたかった。  このまま幸せにしたかった。  けれど、まあ、それと全部置いておいて。 「苦労もいつかは笑い話になるかもね」  そんな未来を想像して、一歩踏み出そうじゃないか。

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

処理中です...