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劇場のこけら落としにて
こけら落としにて・12 ◇第二皇子ジェフリー視点
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上演は無事に終わりました。
この後は少し休憩を挟んでから、楽屋を訪ねて出演者達を労う予定です。
今日はこけら落とし公演という事で、ウェンサバ劇場の現・後援者である叔父上……父上の弟です……が来ていらっしゃるので、後援者の楽屋挨拶に同行させていただくのです。
叔父上は関係者席で観劇されていたので、公演が終わったばかりの今は恐らく、何処かの部屋で休まれているでしょう。
「今日も素晴らしい滑舌だった。流石は看板女優。声も良いから聞きやすいね。」
「……そうですね。」
観覧席から立ち上がったクリスがまた、少々変わった感想を口にしました。
滑舌の良し悪し以外に興味は無いのでしょうか。
近くにいるのが僕なので仕方なく返事をしました。
僕の口数が多くないのは、いつもの事でした。
素晴らしいお芝居を楽しんだ直後なのですよ。
本当なら、まだまだ物語の余韻に浸っていたいというのに。
クリスと一緒に観劇すると、いつもこう。すぐに現実世界に戻されてしまう。
ふと気が付くと、クリスが無言で僕を見つめていました。
一体どうしたのでしょうか?
レオ様やレイモンド様がいるのに、僕とお喋りをする気ですか?
そうだとしても、クリスが黙っているなんて……。
僕が違和感に戸惑っていると、黙ったままのクリスが視線を逸らしました。
「ダディ達、帰るみたいだね。」
「……そう、ですね。」
小声で言われて見れば、父上と宰相閣下が劇場支配人に挨拶を済ませた所でした。
僕はクリスの隣に並んで、貴賓室から立ち去る父上達を見送ります。
レオ様達は僕達と反対側で、やはり同じようにお見送りです。
「ジェフ……大丈夫?」
そっとクリスが囁いて来ました。
先程よりも更に小さな声で。
「何がです?」
「なんか……泣きそうに見えるんだけど。」
「えっ……。」
思わぬ指摘をされ、驚きと焦りで僕は固まってしまいました。
泣きそう、とまで言われるなんて……僕は今、どんな顔をしているのでしょうか。
「俺の気の所為かもだけど、……今日はレイ達もいるしさ。」
「え、えぇ……。」
僕は恐る恐る、ガラス窓の方に顔を向けてみました。
そこに映っている自分の顔は、あまり大きな変化は見当たらないものの。……言われてみれば確かに、目元が少し潤んでいる……ような?
これは間違いなく、お芝居に見入ってしまった所為ですね。
泣く程ではないと思っていたのに、自分でも気が付かない内に涙ぐんでいたのかも。
レオ様達がいるのに。
これから出演者達を労う為に楽屋へ行こうとしているのに。
こんな顔では居られないのに。
情けなさで震えそうでした。
「…楽屋には俺が行くから。ジェフは先に帰りなよ。」
「……えぇ。……そうします。」
クリスは実に微妙な顔をしています。
僕に釣られたのでしょうか。
何にせよ、それを注意する余裕が今の僕にはありません。
ここは大人しく、クリスの言葉に甘えさせて貰いましょう。
叔父上にはクリスが上手く説明してくれるでしょうから。
「ねぇ、レオ。良かったら城まで、ジェフを送ってくれる?」
「えっ……!」
つい、声が出てしまいました。
だってクリスが変な事を言い出すから。
え……? クリス、いきなり……そんな、どうして……?
突然の事に僕は対応出来ず、ただクリスとレオ様の顔を交互に見るだけでした。
レオ様は少々困っているようです。
決して困らせたいわけではないのに、そんな様子も素敵でドキドキしていまいます。
「皇族の馬車は俺が帰る時に使うから。よろしく頼むね?」
「分かった。」
……あぁ、なるほど、確かにクリスの言う通りですね。
先に帰る僕が馬車を使ってしまうと、クリスが帰りに困ります。
クリスの言葉に納得して、レオ様は力強く頷いてくれました。
頼もしい表情を目にした僕は、すっかり舞い上がってしまい。
「では僭越ながら、お送りさせていただこう。……ジェフリー殿下。」
「……よろしくお願いします。レオ…ナルド様。」
うっかり「レオ様」と呼んでしまう所でした。危ない所です。
急にそんな呼び方をしたら、馴れ馴れしいと嫌われてしまいますからね。
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