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劇場のこけら落としにて
こけら落としにて・9 ◇第二皇子ジェフリー視点
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僕とクリスがウェンサバ劇場に到着したのは、開演時刻である午後五時半より、およそ一時間以上も前でした。
馬車が速度を緩やかに落として、建物正面にある馬車寄せへと向かいます。
ウェンサバ劇場での公演は実に三か月振り。しかも今日は、新劇場のこけら落とし公演であるのと同時に、新しく設立された『組』の組長のお披露目も兼ねているのです。
公演チケットは貴族だけでなく、広く平民も、誰もが欲しいと願う物でした。
今日は皇帝である父上だけでなく、僕とクリスも招待されています。
この劇場は昔から皇帝の兄弟姉妹が後援者となって来ましたので、将来は僕かクリスのどちらか、あるいは二人で後援者となるのですから。
僕は心の底から、自分が皇族である事を感謝しました。
本を読む事が好きな僕は同じぐらい、お芝居を観る事も好きなので。
「結構早めに着いたね。」
「そうですね。」
新しい建物が視界に入って来ただけで、期待に胸をときめかせている僕と違い。
今日のクリスは弟の僕から見ても、とても涼し気で感情の波が見えません。
その理由を、僕は知っています。
表情筋の制御が上手くなった……という事ではなく。
ただ単純にクリスがあまり、今日の観劇を楽しみにしていない、からです。
本人は否定していますが。将来は老舗劇場の後援者になるかも知れないのに、クリスはそもそも、お芝居を観る事自体が好きではないようです。
そういう意味では実に分かりやすい人ですね、クリスは。
「あぁそうだ。もう来てるのかなぁ……、……レオとレイは。」
「ええっ!」
思わず馬車の中で立ち上がってしまい。
羞恥心と動揺と共に、僕は座り直しました。
そ、そんな……レオ様が今日、……そんな!
どうしようっ、こんな格好……。あぁいえ、ちゃんとした、いつもよりも着飾ってはいるつもりですが、それでも……ああぁっ。
「あれ? 知らない? ダディと宰相も一緒なんだから分かってると思ってた。」
「そんな……っ、きっ、……聞いてませんよっ!」
いつでしょうっ? 僕はいつ、言われていたのでしょうかっ?
そんな大変な情報、一度でも耳にしていれば絶対に忘れないはずですよ?
レオ様に見られると分かっていれば衣装だって、小物だってもう少し、気合を入れて考えたのに!
「あれぇ~? …………あ。ゴメン、伝えるの忘れてたぁ~。」
「くっ…クリスぅっ……!」
キィ~………、ガタン。
コンコン。
「到着致しました。」
「ありがとう、開けて構わない。」
クリスを詰ろうとしたタイミングで停車してしまいました。
扉越しに御者から声を掛けられ、クリスが第一皇子らしく返事をしています。
劇場内に一歩入れば恐らく、支配人が待ち構えているでしょう。
色々とクリスに言いたい事もありますが後にします。
僕も、第二皇子らしい仮面を被る事にしましょう。
* * *
支配人からの歓迎を受け、僕達が貴賓室へと案内されようとしていた時です。
馬車寄せに、新たな馬車が停まりました。
施されたリカリオ侯爵家の紋章に、僕の心臓が跳ね上がります。
レオ様があの馬車に……!
あぁ、どうしよう、まだ何の心の準備も出来てはいないのに。
馬車から降りて来たのは紛れも無く、僕の期待通り、格好良いレオ様でした!
観劇しやすいようにか、前髪をしっかりと上げられて。少しラフな感じで横髪は撫で付けられています。
レオ様が動くと、フワリと揺れるのが男らしい色気に溢れていてドキドキしました。
襟元を飾るスカーフも似合っています。深い緑色に明るいオレンジ色の線が入っているのは、恐らくは国花ヒマワリでしょうね。
お洒落の中にも国への忠義を示すなんて素敵です。
レオ様に続いて、レイモンド様も姿を馬車を降りたようです。
兄弟二人揃ってこちらへと向かって来ます。
僕とクリスは瞬時に、お互いに視線を向け。
チェックし合いながら顔面を整えました。
クリスはちょっとした事ですぐに表情が緩んでしまうし、僕も公演が楽しみで緩んでいるでしょうから。
顔を整えるのも、いつも以上に気合を入れねばなりません。
「あと五分、……いや、十分。遅く来るべきだったか……。」
「お前があんなに、急かすからだ。……失敗したな。」
兄弟でボソボソ話しています。
開演よりまだ一時間も早いという事に気が付いたのでしょう。
レオ様の口振りからすると、どうやらレオ様が急かされたようですね。
その光景を想像し、つい口元が緩んでしまう所でした。
これではクリスの事を注意出来ませんね、気を付けなくては。
「……ご機嫌よう。……リカリオ侯爵家のお二人。」
クリスが気取った声を出しています。
表情も百点満点の第一皇子の微笑です。
偉いですよ、クリス。よく頑張れていますね。
「………。」
喋るのはクリスに任せて。
僕はレオ様に、そっと、目礼しました。
皆さん、聞いてください。
レオ様を見るとあんなに緊張して、視界に入れるだけで精一杯だった僕が。公式の場でも無いのに。話し掛けているのではない、とは言え。
こうして挨拶が出来るようになりました。
あの、ヴェルデュール学園の学園感謝祭の後から、です。
初日のあの、帰り際。
……あの時の事は今でも思い出しますし。じっくりと思い出してしまうと後ろが疼くので、滅多に軽々しく思い出せないのですが……。
レオ様と急接近した、あれ以来。
僕は交流食事会を含め。レオ様を見掛けた際には目礼をするようになりました。
レオ様も同じように目礼を返してくれている。そんな気配も感じています。
レオ様の視界に入るだけで良い。姿が目に映るだけで良い。
そう考えていたのに。
ほんの僅かに距離が縮まったように感じたら。
僕は欲が出てしまいました。
話し掛けたい……と。
今日は無理でも、いつか。
……そんな風に思うように、なっていたのです。
馬車が速度を緩やかに落として、建物正面にある馬車寄せへと向かいます。
ウェンサバ劇場での公演は実に三か月振り。しかも今日は、新劇場のこけら落とし公演であるのと同時に、新しく設立された『組』の組長のお披露目も兼ねているのです。
公演チケットは貴族だけでなく、広く平民も、誰もが欲しいと願う物でした。
今日は皇帝である父上だけでなく、僕とクリスも招待されています。
この劇場は昔から皇帝の兄弟姉妹が後援者となって来ましたので、将来は僕かクリスのどちらか、あるいは二人で後援者となるのですから。
僕は心の底から、自分が皇族である事を感謝しました。
本を読む事が好きな僕は同じぐらい、お芝居を観る事も好きなので。
「結構早めに着いたね。」
「そうですね。」
新しい建物が視界に入って来ただけで、期待に胸をときめかせている僕と違い。
今日のクリスは弟の僕から見ても、とても涼し気で感情の波が見えません。
その理由を、僕は知っています。
表情筋の制御が上手くなった……という事ではなく。
ただ単純にクリスがあまり、今日の観劇を楽しみにしていない、からです。
本人は否定していますが。将来は老舗劇場の後援者になるかも知れないのに、クリスはそもそも、お芝居を観る事自体が好きではないようです。
そういう意味では実に分かりやすい人ですね、クリスは。
「あぁそうだ。もう来てるのかなぁ……、……レオとレイは。」
「ええっ!」
思わず馬車の中で立ち上がってしまい。
羞恥心と動揺と共に、僕は座り直しました。
そ、そんな……レオ様が今日、……そんな!
どうしようっ、こんな格好……。あぁいえ、ちゃんとした、いつもよりも着飾ってはいるつもりですが、それでも……ああぁっ。
「あれ? 知らない? ダディと宰相も一緒なんだから分かってると思ってた。」
「そんな……っ、きっ、……聞いてませんよっ!」
いつでしょうっ? 僕はいつ、言われていたのでしょうかっ?
そんな大変な情報、一度でも耳にしていれば絶対に忘れないはずですよ?
レオ様に見られると分かっていれば衣装だって、小物だってもう少し、気合を入れて考えたのに!
「あれぇ~? …………あ。ゴメン、伝えるの忘れてたぁ~。」
「くっ…クリスぅっ……!」
キィ~………、ガタン。
コンコン。
「到着致しました。」
「ありがとう、開けて構わない。」
クリスを詰ろうとしたタイミングで停車してしまいました。
扉越しに御者から声を掛けられ、クリスが第一皇子らしく返事をしています。
劇場内に一歩入れば恐らく、支配人が待ち構えているでしょう。
色々とクリスに言いたい事もありますが後にします。
僕も、第二皇子らしい仮面を被る事にしましょう。
* * *
支配人からの歓迎を受け、僕達が貴賓室へと案内されようとしていた時です。
馬車寄せに、新たな馬車が停まりました。
施されたリカリオ侯爵家の紋章に、僕の心臓が跳ね上がります。
レオ様があの馬車に……!
あぁ、どうしよう、まだ何の心の準備も出来てはいないのに。
馬車から降りて来たのは紛れも無く、僕の期待通り、格好良いレオ様でした!
観劇しやすいようにか、前髪をしっかりと上げられて。少しラフな感じで横髪は撫で付けられています。
レオ様が動くと、フワリと揺れるのが男らしい色気に溢れていてドキドキしました。
襟元を飾るスカーフも似合っています。深い緑色に明るいオレンジ色の線が入っているのは、恐らくは国花ヒマワリでしょうね。
お洒落の中にも国への忠義を示すなんて素敵です。
レオ様に続いて、レイモンド様も姿を馬車を降りたようです。
兄弟二人揃ってこちらへと向かって来ます。
僕とクリスは瞬時に、お互いに視線を向け。
チェックし合いながら顔面を整えました。
クリスはちょっとした事ですぐに表情が緩んでしまうし、僕も公演が楽しみで緩んでいるでしょうから。
顔を整えるのも、いつも以上に気合を入れねばなりません。
「あと五分、……いや、十分。遅く来るべきだったか……。」
「お前があんなに、急かすからだ。……失敗したな。」
兄弟でボソボソ話しています。
開演よりまだ一時間も早いという事に気が付いたのでしょう。
レオ様の口振りからすると、どうやらレオ様が急かされたようですね。
その光景を想像し、つい口元が緩んでしまう所でした。
これではクリスの事を注意出来ませんね、気を付けなくては。
「……ご機嫌よう。……リカリオ侯爵家のお二人。」
クリスが気取った声を出しています。
表情も百点満点の第一皇子の微笑です。
偉いですよ、クリス。よく頑張れていますね。
「………。」
喋るのはクリスに任せて。
僕はレオ様に、そっと、目礼しました。
皆さん、聞いてください。
レオ様を見るとあんなに緊張して、視界に入れるだけで精一杯だった僕が。公式の場でも無いのに。話し掛けているのではない、とは言え。
こうして挨拶が出来るようになりました。
あの、ヴェルデュール学園の学園感謝祭の後から、です。
初日のあの、帰り際。
……あの時の事は今でも思い出しますし。じっくりと思い出してしまうと後ろが疼くので、滅多に軽々しく思い出せないのですが……。
レオ様と急接近した、あれ以来。
僕は交流食事会を含め。レオ様を見掛けた際には目礼をするようになりました。
レオ様も同じように目礼を返してくれている。そんな気配も感じています。
レオ様の視界に入るだけで良い。姿が目に映るだけで良い。
そう考えていたのに。
ほんの僅かに距離が縮まったように感じたら。
僕は欲が出てしまいました。
話し掛けたい……と。
今日は無理でも、いつか。
……そんな風に思うように、なっていたのです。
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