人形皇子は表情が乏しい自覚が無い

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劇場のこけら落としにて

こけら落としにて・8  ◇長男レオナルド視点

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「あくまでも私の、個人的な感想です。」

クリスティ殿下が口を開いた。
観劇を楽しんでる風には見えんだろうオレに、呆れてるような表情だ。

オレは後半部のシナリオを思えば気が沈んでるだけで、楽しんでないワケじゃねぇ。
こうやって絡まれてるオレよりも弟のレイの方がよっぽど、詰まらなさそうな顔をしてるんだがなぁ。


だがいくら後半の怒涛の展開が気になり過ぎてるとは言え。
第一皇子から話し掛けられて、それを聞かないってワケにも行かねぇ。
そう考えて仕方なく話半分に聞き流そうとしたオレは、続けられたクリスティ殿下の言葉に、今までで一番激しく動揺する事になる。



「父親を始めとした、唯一気取らずに本音を話せるハズの家族にさえ、自分の意思すら満足に伝えられない男主人公と。」
「………!」

一瞬、咽喉奥が張り付いた。
にわかに嫌な予感がする。

クリスティ殿下がオレを見て、ほんの僅かに口端を吊り上げる。
相変わらず目はちっとも笑ってねぇんだがそれより、だ。


………まさか……。



「好きな相手に何も伝えず誰にも気付かせず、それなのに相手の男との甘い時間を妄想するだけの女主人公。そんな…」

チラッ。

ほんの一瞬だけ言葉を切り。
その僅かな時間、クリスティ殿下はジェフリー殿下へと視線を滑らせた。


皇子殿下二人は並んで座ってる。
何となく視線が揺れたってだけじゃあ普通、隣にまでは行かねぇ。
同意を求めるなり、会話の反応を見るんなら、視線だけでなく顔を向けるだろう。
だがクリスティ殿下は瞳だけを動かした。

嫌な予感がする……。



「何もしない二人と、その周囲で様々な『努力』をしている人々との対比が、実に興味深く演じられていましたよね。……凄く、面白かった。」

言い切ったクリスティ殿下は、ようやく全員を見回した。
その口元から、あの微笑は消えてた。

オレは、相槌も打てねぇでいる。


これはアレ……か? まさか……いや、これは……。
クリスティ殿下にはオレの気持ちがバレてる、ってのか?
マズイだろ、それは。最も、一番、気付かれちゃ駄目な人だろよ……。

いやでも、待て、オレよ、早まるな。
焦って墓穴を掘るとか、最悪だからな?



「物語だから実に美しく描かれていますが。ああいった人物は実際にもいるのでしょうか……ねぇ?」

紅茶カップに落としてた視線を、わざわざオレに戻してから言うクリスティ殿下。
ついでとばかりに、「ねぇ?」と聞きながら小首を傾げる仕草付きだ。


あぁ居るさ、居るともさ。アンタの目の前にな。

……とでも言えば満足か?
待て、オレ。落ち着け、挑発に乗るな。
まだ……クリスティ殿下に、完全にバレてると決まったワケじゃねぇぞ。



「流石はクリスティ殿下。多くの作品を観て来たとあって、観劇の感想も常人とは随分、異なっているらしい。」

あぁレイよ、我が弟よ。
兄ちゃんはもう駄目だ。
こっから先はお前がクリスティ殿下の相手をしてくれ。

オレは頼もしい弟に丸投げする事にした。
これ以上はもう、下手に返事も出来ねぇと思ったからだ。


だが……。



「あぁ、こんな時間だ。もうすぐ後半が始まりますねぇ。……同じ物を。」

予想に反してクリスティ殿下は会話を終わらせた。
だがソファーから立ち上がらないまま。
従者に言って、紅茶をもう一杯、用意させる。

意外なのはレイもだ。
普段は喋り出したら長引くクセして、今はさっさと自分の観覧席へと戻って行く。


レイはよっぽど芝居が楽しみなのか?
そう言やぁ、出掛ける時もえらく急かされたっけか。


ジェフリー殿下も優雅な所作で観覧席へと戻った。
オレもどうにか席に着いたが……なかなかに気が重たい。

原因は言わずもがな。後半部の展開がツラ過ぎるからだ。
しかもさっきクリスティ殿下から揶揄された所為で、今まで以上に主役の令息と自分の姿を重ねちまう。
市場での、ある意味で山場のシーン。
恐らくオレはまた、目を逸らすだろうな。






   *   *   *






後半部の上演中、オレは密かに泣いた。
その上、溜息まで吐くような有り様だ。
いつもなら堪えられるんだが今日は特に駄目だった。


当たり前だが台本通りに主役二人は死を選び、物語は悲劇で幕を閉じる。


ツラい娯楽の時間が終わった。



「だらしがないぞ、レオ。……ほら。」

オレを叱りながらレイがハンカチを差し出して来る。
遠慮なく受け取って顔を拭かせて貰った。


有難いんだがレイ、どうしたんだ? 今日はやけに頼もしいな。
兄ちゃん、今日ほどお前が色々な意味で、頼もしかった事は無ぇぞ。


皇帝陛下と、宰相をしてる親父は芝居が終わり次第、支配人に挨拶を済ませて劇場を後にした。
将来の後援者となる皇子殿下はこの後、出演者達を労いに楽屋を訪れる予定だ。



「…楽屋には俺が行くから。ジェフは先に帰りなよ。」
「……えぇ。……そうします。」

急に冷たい声が聞こえ、反射的にオレはそっちを見た。
そこにあったのは驚きの光景だ。
ジェフリー殿下は冷ややかな怒りの表情でそっぽを向いてる。
対するクリスティ殿下は、こめかみをヒク付かせながら睨み付けてた。


……ぅん? オレが目を押さえてる間に何かあったのか?


だがオレは暢気に目を瞬かせてる場合じゃなかった。
クリスティ殿下がオレの方を向いて、口角を釣り上げたからだ。



「ねぇ、レオ。良かったら城まで、ジェフを送ってくれる?」
「えっ……!」

おい、いきなり何を言い出すんだ?
ジェフリー殿下もお困りだろぉが!


この時ばかりは、いつも以上に、整った微笑みが悪魔に見えた。
オレが何か言おうとする前に悪魔が言葉を続ける。



「皇族の馬車は俺が帰る時に使うから。よろしく頼むね?」
「………分かった。」

楽しまれてるのが分かってて、それでも頷くしか無かった。
オレがジェフリー殿下をお送りする。それがクリスティ殿下の中ではもう、決まってる事だろうからな。
下手に反論しようとしても藪蛇になるだけだ。

ジェフリー殿下から嫌がる声が出ねぇのが幸いだった。
これで本人から嫌がられてたらショック過ぎだろ。



「では僭越ながら、お送りさせていただこう。……ジェフリー殿下。」
「……よろしくお願いします。レオ…ナルド様。」

少し硬い声で、せっかく名を呼ばれたってのに、舞い上がる事は出来なかった。
オレを見るクリスティ殿下が何処か仄暗い笑顔だったからだ。


あぁ、クソ……やっぱり。オレの気持ちはバレてるようだ……。
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