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劇場のこけら落としにて
こけら落としにて・6 ◇長男レオナルド視点
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案内された貴賓室で。
「レオナルド様は……私的にはあまり、劇場に足を運ばれないのでしたか。」
部屋に通されてからしばらくは静かだったんだが。
ちょっと落ち着いて、茶を飲み出すなり、さっそくクリスティ殿下からの嫌味攻撃が始まった。
だがこの程度は当然、想定の範囲内だ。
今日はクリスティ殿下と同室するって事は、元から分かってたからな。
むしろ何も無い方がよっぽど、薄ら恐ろしいってもんだろう。
どうせ皇帝陛下と親父が来るまで、こんな感じなんだろうなと、覚悟はしてた。
黙ってれば綺麗な皇子様なんだがなぁ、どうしても何か言わねぇと気が済まんのか。
まぁ、将来はウェンサバ劇場の後援者になる予定のクリスティ殿下からすれば、帝都に暮らしてるクセに、付き合い上や職務上でしか芝居を観ねぇなんて有り得ねぇんだろうな。
別にオレだって、観劇が嫌いなわけじゃねぇ。
だが……職場の仲間と一緒に行くようなモンでもねぇし、一人で観るのもなかなか寂しいだろう。かと言って、弟を誘うのもちょっと違う。そういう兄弟じゃねぇんだ。
そうなると、どうしても足が遠のいちまうんだよなぁ。
そんな事よりオレは、ジェフリー殿下の様子が気になって仕方がねぇ。
さっき劇場の入り口付近で出くわした時も、そうなんだが……。
どうも気の所為じゃあなく、オレはさり気なく、ジェフリー殿下から避けられてるようだ。偶然でもねぇ。
これまでジェフリー殿下は、オレと顔を合わせても全く気にならん、という態度だったのが。今は、出会った時に視線を伏せられるようになった。
同じ部屋にいる間中、ずっと顔を背けられてるって程じゃねぇんだが。
ひょっとしたら、オレが視界に入り込んでも以前は気にならなかったものの、今は不愉快に感じるようになった。……とかか?
思い当たる節は……ある。
恐らく、ヴェルデュール学園の学園感謝祭の後からだ。
初日の帰り際。馬車まで送る際にかなりくっ付いてしまったのが原因の一つだろう。
もう一つは、オレの緊張感が空回っちまって、馴れ馴れしく話し掛けもした事か。
あの時、なぁ……。ちょっとは打ち解けられたような気も、したんだがなぁ。
いっそあのまま、エスコートして芝居でも観に行ってりゃ良かったか?
それこそ今日のこけら落としで上演されるような、恋愛…
「…恋愛劇など如何?」
「………くっ。」
オレの心の内を読んだようなクリスティ殿下の言葉。
まさか独り言として声を漏らしてたのかと、焦った瞬間。
飲み掛けてた液体が咽喉の妙な位置に引っ掛かった。簡単に言えば、むせ掛けた。
クリスティ殿下は返事を待つように、オレの顔をジッと見てる。
まずいぞ、口を開けねぇ。
今、喋ったら、まず間違いなく。飲んでた物を噴き出しそうだ。
取り敢えず頷いておくか? いや、頷くだけの返答をクリスティ殿下が許すか?
痙攣しそうになってる咽喉と腹筋をどうにかしようと、オレが四苦八苦してると。
横からオレの代わりに答えてくれる、我が弟、レイの声が。
「兄は身体を動かす方が性に合っているので、芝居などを観る機会はどうしても乏しくなるのですよ。」
おぉ流石は捻くれてても我が弟。
兄ちゃん、今ほどお前が頼もしく思った事は無ぇぞ。
クリスティ殿下の注意がレイに向いた事で、オレは少し、気が楽になった。
口を開いたら長いって点に定評のあるレイは、言葉を更に続けるようだ。
「恋愛劇というのも、なかなか……一人で観るには敷居が高いものでしてね。私も、兄にいつも付き合えるわけでもない。かと言って、さほど趣味でもないものに、仲間の騎士を無理に連れて来る程の事でもありますまい?」
レイの言葉を聞いてオレは思わず、スタンディングオベーションしそうになった。
全くもって、その通りだ、レイ。
お前はオレか? いや、オレの心の代弁者か?
兄ちゃん、今ほどお前が頼もしく思った事は無ぇぞ。
この場はこのまま、レイに任せといて良さそうだ。
そう判断したオレは、ついつい習慣になった行動の一つとして、ジェフリー殿下の様子をコッソリと窺った。
窺って……盛大にむせそうになった。
何故かって、そりゃ……ジェフリー殿下が薄っすらと微笑んでたからだ。
このタイミングで何が面白かったのかは全く見当も付かねぇが眼福だった。
オレは慌てて、空になったカップを持って立ち上がる。
咽喉に引っ掛かってるモンを新たな茶で押し流そうにも、お代わりを要望する言葉を発する事すら出来ねぇからだ。
だから自分でやるしかねぇ。
まぁ……どうせ落ち着かねぇ事だしな。
飲み物を補充し、むせるのも動揺も落ち着いたハズだったんだが。
席に戻って来たものの、オレは一向に落ち着かなかった。
それどころか、気持ちがザワ付いて来る。
何か知らねぇが嫌味を言い合うレイとクリスティ殿下の会話を、ジェフリー殿下はまだ微笑みながら聞いてたからだ。
ハッキリと分かる楽し気な様子に、オレは、黙ってるしか出来なかった。
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