人形皇子は表情が乏しい自覚が無い

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劇場のこけら落としにて

こけら落としにて・3  ◇俯瞰視点

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こけら落としで上演される演目は、数ある恋愛劇の中でも特に知名度の高い長編古典芝居だった。
昔から『五大悲劇』の一つと称され、今なお幅広い客層に根強い人気を博している。
本日の上演時間も長めな為、前半後半の二部構成になっており、合間には三十分間の休憩時間が設けられていた。
この間に観客達は休憩や軽い飲食を済ませるのだ。



貴賓室にいる皇帝陛下と宰相閣下、皇子二人、宰相の長男と次男も休憩がてら腹ごなしをしていた。
通常の観客席とは異なり、完全に貴賓室は部屋になっている。観劇する為の窓際席で飲食をした所で他の観客に迷惑を掛ける事は無いのだが、飲み物はともかく食事は流石に摂っていない。

劇場の係員は、軽食を用意した後は部屋から遠ざかっている。
皇帝と宰相の在室中、間違ってもその会話を聞かないようにする為、人払いのようになるのが通例だからだ。
しかし、そのように気遣われた皇帝と宰相は、このような場所でもまた釣りの話で盛り上がっている。


テーブルに並べられた軽食類を前に。
後半の観劇に差し支えぬよう、第二皇子はスコーンを一つ食べた後は、無言で紅茶を飲んでいる。
長男は食事には殆ど手を付けずにチビチビとカップを傾けており、次男は適当にサンドイッチなどを摘んだ程度に済ませていた。

そんな中で。
第一皇子は南瓜のスープを飲み、スコーンを摘み、サンドイッチを摘み、マリネを摘み、クリームチーズとメイプルシロップのクリスピーピザを摘み、チョコレートを摘み、紅茶を飲んで寛いでいる。
休憩中に出される食事が美味しいという事も、ウェンサバ劇場の特色だ。そういう点において、この場で最も劇場の楽しみを味わっているのは第一皇子だと言えよう。



「流石はウェンサバの看板作品だ。素晴らしい演技ですね、後半も楽しみです。」

感心したような台詞を発しながら、第一皇子は薄っすらと口角を上げてみせる。
第一皇子の視線を浴びているのは長男は、あまり楽しんでいるとは言い難い、微妙な表情で「……あぁ」とだけ返した。
その様子を見ている次男は、第一皇子が兄に今度はどんな言い掛かりをつけるのかと、警戒するような眼差しになっていた。


「レオナルド様も見た事がある作品ですが……あまりお気に召しませんでしたか?」
「……いや、そんな事は……。」

話を振られた長男はそう言うしか無いだろう。
目の前にいる相手は仮にも、未来の後援者なのだから。
その心中を知ってか知らずか、第一皇子は一応の満足を得たように瞳を細める。


「兄はなかなか表情に出辛いだけで、楽しんではいますよ?」

次男が兄に助け舟を出す。
第一皇子は次男に冷たく一瞥をくれる。


「それよりもクリスティ殿下? 前半部分を見終えての、殿下の感想なぞを是非……お話しいただけますでしょうか? 時間があれば後半部分の見どころなども、是非、ひとつ。」

楽しみ方の分からぬ自分達に教えてくれ、と。
そんな次男からの嫌味を感じてか、第一皇子は秀麗な眉を顰める。

チラリ、と。
第一皇子は隣に座っている第二皇子へと視線を向けた。


「ジェフから、何か無い?」
「……ふぅ。……黙って観ていれば良いでしょう。」


面倒そうに溜息を吐いた後、第二皇子は淡々と告げる。
いくら無作法者でも黙っているぐらいは出来るでしょう。あるいは。こちらの邪魔をしないように黙っていて貰えないか。
そうした感情が珍しく、表に滲んでいるようだった。


「あくまでも私の、個人的な感想です……。出演者全員が素晴らしい演技で、物語の中に引き込まれてしまいました。」

第二皇子のその様子を見て、第一皇子は、仕方がないというように口を開いた。
口を閉ざした次男が面白くもなさそうに耳を傾ける。


「父親を始めとした、唯一気取らずに本音を話せるハズの家族にさえ、自分の意思すら満足に伝えられない男主人公と。好きな相手に何も伝えず誰にも気付かせず、それなのに相手の男との甘い時間を妄想するだけの女主人公。そんな……何もしない二人と、その周囲で様々な『努力』をしている人々との対比が、実に興味深く演じられていましたよね。凄く面白かった。」

一気に長文を言い連ね、第一皇子は他の三人を見回す。
あまりの言いっぷりに第二皇子と長男は、相槌を打つ事が出来ないでいた。


「物語だから実に美しく描かれていますが。ああいった人物は実際にもいるのでしょうか……ねぇ?」
「流石はクリスティ殿下。多くの作品を観て来たとあって、観劇の感想も常人とは随分、異なっているらしい。」

言い返せるのは次男ぐらいなものだ。
もちろん、明らかにおかしい第一皇子の物言いに、嫌味を伝える事は忘れない。



「あぁ、こんな時間だ。もうすぐ後半が始まりますねぇ。」

休憩時間の終わりを確認した第一皇子はしかし、そう言いながらもソファーから立ち上がらないまま。
従者に言って、紅茶をもう一杯、用意させる。


話の切り方がわざとらしいが、次男はそこを更に突っつく気は無いようだ。
さっさと自分の観覧席へと戻って行く。
第二皇子もそそくさと席へ戻り、釈然としない表情の長男もソファーを立つ。

結局、第一皇子が観覧席に着いたのは、後半開演のブザーが鳴ってからだった。
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