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劇場のこけら落としにて
こけら落としにて・2 ◇俯瞰視点
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貴賓室は高級宿の一室のように広く、幕間などに寛げるように整えられている。
何種類もの飲み物や、摘まめるような食べ物も用意されており、演目が始まるまでの時間を楽しんで過ごせるように配慮されていた。
暖かい紅茶をいただきながら、第一皇子は向かいに座る長男へと視線を向ける。
劇場の出入口付近で出くわした時のような、凍り付いた表情ではないものの。その代わりに隠しきれない嘲りが滲んでいるような、人形めいた嫌な笑みが浮かんでいた。
貴賓室へと案内されてから、ややしばらくは静かな四人だった。
沈黙の時間を破るのは、やはり、第一皇子以外に居ない。
この場が老舗の大きな劇場である事を話の切っ掛けに、これまで観て来た過去の芸術作品について、雑談を始めたのだ。
話題自体は実に無難な選択だと言えるだろう。
……それを言い出したのが第一皇子でなければ。話し掛けられているのが宰相の長男と次男でなければ。
「レオナルド様は……私的にはあまり、劇場に足を運ばれないのでしたか。」
芸術への理解が乏しい男なのだなと、呆れるような口調で第一皇子は言い放つ。
長男が過去に観た作品として挙げた作品はどれも、宰相閣下の息子としての付き合い上、あるいは騎士としての職務上から劇場に足を運んで観たものだった。
つまり、長男が個人的に望んで観たものは一つも無いという事だ。
その事を指して第一皇子は『詰まらない男』と評したのだろう。
長男は言い返す代わりに、手元のカップを傾けた。
わざとらしい嫌味に対応するのも馬鹿馬鹿しい、という態度だ。
無言の長男に対し、第一皇子は更に言葉を重ねる。
「若くして隊長ともなれば、さぞやお忙しいのでしょうね。……あまり無理をなさっても良い事はありません。たまには休憩がてら、劇場で芸術に触れるひと時を楽しんでみてはいかがでしょうか。」
言葉だけを、文章に起こして読めば、さほど攻撃的ではなかろうが。
第一皇子の顔に張り付けたような嫌味な微笑の所為で、今の言葉はとても好意的には聞こえなかった。
貴族というものは社交の場で、どうという事の無い言葉の中に蔑みや当て擦りを混ぜて嫌味の応酬をする、という事も少なくはない。
傍から見ていれば。
若き隊長という立場は本人の実力を越えており、その肩書にしがみ付くにはそれなり以上に忙しい事だろう。しかしどうせ家柄で買った立場なのだから、下らない努力をしてみせた所で時間の無駄であるし、それならば遊んでいても大して変わらないぞ。
……という嫌味にも見えていた。
「……頭を使わず、気楽に見られる演目も沢山ありますよ? 恋愛劇など如何?」
「………くっ。」
最後の一言は間違いなく侮蔑だろう。
流石に長男も眉を寄せ、飲み進めていた手も止まった。
唇を引き結んで睨む長男の視線を、第一皇子は見下すように真っ向から受け止める。
「兄は身体を動かす方が性に合っているので、芝居などを観る機会はどうしても乏しくなるのですよ。恋愛劇というのも、なかなか……一人で観るには敷居が高いものでして、ね。」
ここで割って入るのは、やはり次男だった。
話を邪魔された第一皇子の片眉が跳ね上がる。
「私も、兄にいつも付き合えるわけでもない。かと言って、さほど趣味でもないものに、仲間の騎士を無理に連れて来る程の事でもありますまい?」
「ウェンサバ劇場は将来、私かジェフリー、あるいは二人ともが後援者となる予定の劇場。是非とも、日頃から芸術に慣れ親しんでいない人にも楽しんで貰いたい。そう考えているのですが……その辺りについて、ご理解頂ければ幸いです。」
どうせ芸術の分からない兄弟だ。……と卑下する事で、逆に嫌味を返す次男。
わざわざそこまでして観劇を嗜もうとは思わない、と言っているのだろう。
それに対して、全く気が付かない振りで流した第一皇子が、更に嫌味を重ねる。
この時、珍しく、第二皇子が薄っすらと微笑んだ。
長男はムッとした表情のまま、カップを持って立ち上がる。
劇場の係員を呼ばず、自分で飲み物を取りに行くという建前で、席から離れた。
しかし次男はへこたれない。
「では、未来の老舗劇場の後援者であるクリスティ殿下にお尋ねしましょうか。芝居を楽しむという趣味の無い我ら兄弟に、お勧め出来るような……殿下のお気に入りの演目をお教え願いたい。数多くの名作をご覧になって来たのでしょうから。」
「えぇ、それはもちろん……と言いたい所ですが。果たして、私の好みで、お気に召すでしょうかねぇ?」
それだけ偉そうに言うのなら面白いものを勧めてみろ、という態度の次男。
勧めてやった所でお前達に理解出来るのか、と言わんばかりの第一皇子。
第二皇子は小さくせせら笑うだけで止めようとはしない。
長男は飲み物を補充して戻っては来たものの、やはり口を開こうとしない。
幸いだったのは。
皇帝陛下と宰相閣下が予定よりも早く劇場入りして来た事だった。
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