人形皇子は表情が乏しい自覚が無い

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学園の感謝祭にて

学園の感謝祭にて・21  ◇第一皇子、次男寄り俯瞰視点・後

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第一皇子は今、次男の顔に微笑みが浮かぶのを見て、喜んでいる。
皇族たる者がヘラヘラせぬように我慢しており、分かり難いだろうが第一皇子の内心は喜色満面だった。
我慢しきれない表情筋が微妙に崩れた為、見下した表情に見えてしまっている。

数々の嫌味を言い放ったような第一皇子だが。
彼自身は次男に対して、意識的に嫌味の応酬をした事は一度も無かった。
次男と自分とは友好な関係を築いている。そんな風に思っているのだ。

サロンでは第二皇子がさっさと出て行ってしまったのと、自分が次男の姿に驚いてしまった所為ですぐに別れたが。
本当はもっと、いつものように次男と会話をしたかったのだ。
だからあの後すぐに次男のクラス教室を訪れ、同級生から次男の居場所を聞き出し、こうして追い掛けて来た。


凄い。自分にはとても出来ない。感心する。

これらは全て本当に悪気の無い、驚きの表現と誉め言葉だ。
次男の女装は、どちらかと言えば綺麗だが似合わないように見える。
それを「美しい」だとか「色っぽい」だとか表現するのは、次男に対する下心が明け透けになりそうで言えず、凄いと表現したのであり。
広い校舎内を、高さ十五センチもあるヒールで歩いただろう事に驚嘆したのだ。



「ところで……いつまで、その姿でいるのかな?」
「今日はこのままだ。……明日は、分からんが。」


第一皇子は、出来れば、の話だが。次男と一緒に感謝祭を見て回りたかった。
だから次男がピンヒールを脱げる自由時間があるのか、それを尋ねた。


女装を揶揄されていると感じた次男は悔しさから、低い声で短く答える。
それでも言葉を付け足したのは、もしかすると明日も会えないかと願ったからだ。
きっと明日は女装ではないはずだ。
足が痛む事を理由に、仮装をする場合でも別なものに替えて貰う予定でいた。



「……話をする気なら、座るか? こんなベンチで良ければ、だが。」

皇子殿下を立たせたままなのは良くない。
こんな簡易なベンチではなく、ちゃんとしたソファーへと誘うべきなのだろうが。しかし、足の痛む自分はサッと立ち上がれない。
例え第一皇子の口から出るのが自分への嫌味だとしても、せめて声を聞きたいので、もう少しだけでも同じ場にいたい。

そうした思惑から出た、次男の発言だった。



「気を遣わせちゃって悪いね。」

お喋りに誘われたと思った第一皇子は喜んで、次男の隣に腰掛ける。
今日の次男はずっとピンヒールを履いているなら、一緒に校舎内を回るのは難しいだろう。それでも、ベンチに座ってお喋りするだけでも、きっと楽しいだろうと思えた。



てっきり向かいか、隣のベンチに座るだろうと思っていたので、次男は驚いて第一皇子をまじまじと見た。
三人まで座れるとは言え、この距離は、余りにも近い。


「あ、……ちょっと、近かった、かも。」

近い位置からジッと見詰められ、第一皇子がふんわりと表情を崩した。
座ってみて、距離の近さに気が付き。
第一皇子は嬉しくなりながら、照れてしまったのだ。

この場に、第一皇子を叱る第二皇子が不在な事から、すっかり油断したらしい。



「ベンチだからな。」

思わず見入ってしまい、次男はそれだけ言うのが精一杯だった。
返事が出来ただけ上出来だろう。

自分が見る事はないと思っていた表情を目にした次男は、逆に表情を無くした。
その次男の態度から、第一皇子はハッと気が付いた。
すっかり表情が緩んでしまっていた、という事に。


気が付いてしまったら。
そこで羞恥が生まれる。


次男の目の前で、第一皇子は見る見る内に顔が赤くなって行く。
その姿を見る次男の機嫌はどんどん上がって行き、人の悪い笑みが勝手に浮かぶ。

自分でも熱が集まっていると感じたのだろう。
とうとう第一皇子は、自分の両手で頬を押さえてしまった。



「見るなよぉ……。」
「私の視界に入っているだけだ。」
「それを、見る、って言うんだよ……。」

こんな姿を弟に見られたら……と。
無表情の第二皇子から叱られる自分の姿を想像し、恐ろしさに第一皇子は震えた。

先に帰ったはずだから見られる事は無いだろうとは思うが。
こんなみっともない姿を誰かに見られるのもマズい。



「ジェフには、黙ってて……。」
「私が第二皇子殿下と話す機会は殆ど無い。」

声だけは冷静そうに淡々と。
話ながら次男は周囲に視線を向ける。
近付いて来る邪魔ものが居ないか、確認する為だ。



「第一皇子はもう少々、休憩が必要なようだな?」
「……うん。」

繊細に整った顔立ちと冷たい視線で『人形皇子』と称される第一皇子の、このように可愛らしい表情も仕草も。
誰にも見せないよう、この場に引き留める為の、次男の思惑たっぷりな発言だ。

今日は最悪の感謝祭だ、と思ったのは間違いだったらしい。



第一皇子には、次男の思惑を察する余裕は無かった。
急速に沸いた羞恥心と、だらしない表情になってしまった情けなさ。
その上、次男が気遣ってくれる事を……例え相手からは単なる友情でしかなかろうとも……嬉しく感じる気持ち。

そういった感情に振り回されて、それでも第一皇子は嫌な気持ちでは無かった。




せっかくの学園感謝祭を見て回るでもなく、屋上のベンチで休憩する。
何の余興でもない、ただそれだけの事が。

第一皇子と次男、それぞれにとって『悪くない時間』だった。
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