人形皇子は表情が乏しい自覚が無い

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学園の感謝祭にて

学園の感謝祭にて・20  ◇第一皇子、次男寄り俯瞰視点・前

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校舎の正面玄関付近で兄と別れた後、次男は自分のクラス教室には戻らなかった。
同級生の肩を借りて屋上へ移動し、陽の当たらない壁際にあるベンチで一人、休憩を取っていた。

出し物の喫茶店を宣伝するという役目は一応果たした。
元々、料理は不得意な次男が喫茶店を手伝う予定も無い。今回の仮装がピンヒールを履く女装であるので、ウェイターのように注文を取ったり料理を運んだり、という仕事も割り振られていない。
お昼頃にもう一度、宣伝の為に校舎を練り歩くまでは、次男の役割は無かった。


屋上にいる人影はまばらだ。
数少ない姿も皆、学園の生徒達ばかり。日当たりの良い柵の近くに集まっている。

春や初夏の『花祭り』や『薔薇祭り』の事であれば、ここからの眺めを楽しむ見物客の人数はそれなりだっただろう。
しかし今日は学園感謝祭。
屋台が並ぶ広場や、食事や休憩用に丸テーブルが置かれた中庭などを、上から眺めた所で特に面白くもない。要所要所にテーブルと椅子、ベンチ、ソファーもある為、わざわざ屋上までやって来る者は少なかった。



「今年で最後だというのに……最悪の感謝祭だ。」

小さく呟いた声が聞こえそうな場所には誰も居ない。

軽く開いた両足を前方へと投げ出し、珍しく次男は、人に見られればだらしないと評されるような姿勢になっていた。
やはり足首とふくらはぎが痛い。
ずっと爪先立ちで歩くという事態に慣れない筋肉が強張っているのだ。

ふくらはぎを手で揉みながら、ヒマを持て余して下らない事を思い出してしまう。
第一皇子が自分の兄と良い雰囲気で微笑み合っていた光景を。
帰り際の、満更でもない表情を浮かべた兄の顔を。
不機嫌そうに眉を顰めた表情は、サイドから垂れ落ちる横髪に隠された。


どうせもう今日は、第一皇子と顔を会わせる事も無いだろう。
このまましばらくの間、ここで気持ちを落ち着けよう。それからクラスに戻ろう。
こんな不機嫌になっている顔を同級生に見せるわけにも行かないのだから。


次男には、自分の平常時の顔が既に充分、不機嫌に見えるという自覚が無かった。
その為、いつもの穏やかな表情を取り戻すまで、ここで時間を潰す気でいた。




「凄い格好だね。」
「……!」

第一皇子の声で話し掛けられた。


まさか、こんな所まで来るはずが無い。
頭がそう判断するよりも早く、反射的に次男は顔を上げた。
日陰にいるにも関わらず、仄かな光を放っているような白金色の細い縦ロール。薄水色の瞳が冷たく見下ろすその姿は、正真正銘の第一皇子だった。

第一皇子は何か面白いものを……ただし、とても下らないものを見るような、嘲りの微笑を浮かべている。
わざとらしく次男の姿を上から下まで眺めると、第一皇子は言葉を続けた。



「その恰好で、校舎内を歩いたんだって? そんな事が出来るなんて、凄いもんだね。俺にはとても出来ない事だな。……感心するよ。」

この場が学園内であるからか、周囲の人々が離れているからか、言葉遣いはあまり畏まってはいない。
しかしその内容は、次男の心にグサリと刺さるものだった。

黙っている次男を他所に、第一皇子は片手に乗せた肘で頬杖を付く。
第一皇子は小首を傾げ、何かを思い出すような表情をした。



「あぁ、でも……うん。レオなら出来そう、かも?」
「……お忙しい第一皇子がわざわざ、こんな所まで私を探して来たのか? 私の仮装を見に来たのであれば、既に目的は果たしただろう。」

長男を話題に出された事で、次男の機嫌が下降する。
今日はもう会う事は無いだろうと諦めていた所に、せっかく第一皇子が姿を見せてくれたのに、次男はつい嫌味のように言い返してしまった。



「今年は最後の感謝祭だろう? 晴れ姿を見に来る時間ぐらいは幾らでも作れるよ。今日はその甲斐があったと思ってる。……それにさっきは、何も話せなかったじゃないか。俺が驚いた所為もあるけど。」
「そうか、私如きの為にご苦労な事だ。」
「どう致しまして……ふふっ。」

次男が自嘲気味に、口端を吊り上げる。
その表情を見て第一皇子は、何か含んだものがあるように瞳を細める。


第一皇子から冷たい視線で見下ろされていても、そんな顔ですら美しいと感じる次男は、悔しく思いながらも視線を逸らせなかった。
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