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学園の感謝祭にて
学園の感謝祭にて・6 ◇次男レイモンド視点
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「それなりの距離を歩くんだから、こうした方がバランスがいいだろ。」
兄が無造作に私の腕を引っ張った。
動かない私に業を煮やしての行動だろうが、初対面の『女性』にそのようなぞんざいな態度は如何なものだろうか。
只でさえバランスの悪い靴を履いている私は遠慮なく掴まらせて貰ったが、兄の行動には眉を顰めずにいられなかった。
もしや、周囲の者から「レオナルド様は女に媚びない硬派」、などと言われて、勘違いしているのではないだろうか。
硬派と乱暴、あるいは粗忽は違うのだと、弟である私が兄に教えてやるべきだな。
「おい……私だ。」
「……ぅん?」
「だから……私だ。お前の弟の、レイモンドだ。……男だっ。」
兄は、目の前にいる人物が弟の仮装だという確証を得てはいなさそうだったから、わざわざ私は自らの正体を明かした。
これから兄の言動の誤りを指摘してやるからには、兄には私がレイモンドだと、認識して貰わねばならん。
初対面の『女』が言った所で「お前に何が分かる」と一蹴されるのがオチだからな。
それによく考えてみると、このまま兄から『謎の美女』だと勘違いされたまま校舎内を練り歩いたとしても。喫茶店の宣伝をする為に私が口を開けば、一応は私の兄だ、自分がエスコートしているのが弟だと気が付くだろう。
そうなった時点で、私に騙されたと怒った兄から、その場に置き去りにされる危険性が生じかねない。
校舎内のどの辺りで置き去りにされるかは不明だが、もしそうなれば私は恐らく、ピンヒールを脱いで裸足にならねば戻って来る事は難しいだろう。それだけは避けたい。
宰相閣下の次男である私が校舎内を裸足で歩くなど、そんな姿を晒してはならん。
「……そうか、お前はレイモンドだったのか、気付かなかった。」
兄の顔は真顔だった。
余程に驚いたのだろう、声に感情が無い。
説教しようと準備していた言葉を、私は呑み込んだ。
そこまで兄を驚かせるつもりは無かったので、何だか申し訳なく感じたからだ。
「時間が勿体ねぇ。さっさと校内を周るぞ。」
「あっ……!」
私の予想より遥かに早く、驚きから回復した兄が身を翻した。
しかしまだ衝撃の余韻が残っていたのだろう。私が腕に掴まっている事を気に掛ける余裕までは戻っていなかったようで、私の身体が無理な方向に引っ張られる。
私の衣装は『ー殺し屋ー マーダー・ムヤン』が娼館で休憩している時の姿を再現したものだ。
足首までのロングスカートではあるものの、素材が柔らかく、左右の両側には深いスリットが太腿まで開いているので歩きやすい。
その為、私は油断していた。
兄に付いて行こうと歩幅が大きくなった私の足に、纏わり付いたのだ。
あっと思った時にはもう、私はサロンの床に蹲っていた。
……決して、転んだのではない。
「派手に転んだな。……立てるか?」
「少し目眩がしただけだ。問題は無い。」
……そう。目眩がしただけで、転んだのではない。
「オイ、こらっ。」
私の言い訳を真に受けた兄が、私を乱雑に抱き上げた。
サロンの壁際にあるソファーへと運んでくれようとしているのだが、抱き方にもう少しで良いから、気を配って貰いたいものだ。
身体の前面部分のスカートが捲れ上がって下着まで見えてしまったし、背面部分のスカートもかなりぎりぎり……尻のすぐ下辺りまでずり上がっているのが、見えなくとも感覚で分かる。
とりあえず下着だけは周囲から見えないように隠し、それ以上の所は諦めた。
女装はしていても私は男だからな。足ぐらい晒しても構わないだろう。
「横になって少し休め。……足の方は大丈夫か?」
「何を大袈裟な…」
「目眩を甘く見るんじゃねぇ。……ったく。いいから……大人しくしてろ。」
「こんな所で何をしているのですか?」
ソファーに寝かされた私の頭を兄が撫でていると、声を掛けられた。
程々に賑やかなサロンの雰囲気に似つかわしくないその声に、周囲の者達はシン……と静まり返る。
「何をしているのかと、私は聞きましたが……?」
逆に聞きたい。
第二皇子には我々がサロンのソファーで、何をしているように見えるのか、と。
「………。」
私は無言を貫く事に決めた。
他人に興味の無い第二皇子が、私の正体に気付く可能性は低いと思われるからだ。
「………。」
面倒がった兄も黙っている。
お前が説明しろ!
……と、私は声を大にして言いたくなった。
実際に声を出してしまうと、ソファーに寝転がっている女の正体が私だと分かってしまうので、黙っていたが。
少し膝を立てた太腿の陰で私は兄を叩いて、さっさと説明するよう催促した。
「こっ、……これは、転倒した…」
「行きましょう、クリス。不愉快です。」
兄が口を開くのと同時に、第二皇子が背中を向ける。
説明するのが少し遅かったようだが、これはこれで好都合。
「ま、待て……、違うっ…、……っ! 」
何故か第二皇子を呼び止めようとした兄の前に、クリスティ殿下が立ち塞がる。
私はなるべく自然な所作で殿下から目を逸らした。
実はずっと、第二皇子の隣に殿下がいる事には気が付いていた。
しかし殿下の事を意識してしまうと、私が『謎の美女』からレイモンドに戻ってしまう為、私は努めて殿下の事を意識の外に追いやっていたのだ。
だと言うのに、殿下はそうとも知らず、私の視界の中心に入って来た。
それだけでなく、不意に小首を傾げて覗き込んだ。
目が合ったような気がして、私がハッとしている間に。
殿下は兄へと視線を戻し、微笑みを深くする。
「お似合いですよ? ……とっても。」
短い言葉を残し、第一皇子は優雅な足取りでサロンから立ち去って行く。
あぁ…、また、だ………。
またもや、クリスティ殿下の微笑みは……兄に、……私の兄に、向けられた……。
兄が無造作に私の腕を引っ張った。
動かない私に業を煮やしての行動だろうが、初対面の『女性』にそのようなぞんざいな態度は如何なものだろうか。
只でさえバランスの悪い靴を履いている私は遠慮なく掴まらせて貰ったが、兄の行動には眉を顰めずにいられなかった。
もしや、周囲の者から「レオナルド様は女に媚びない硬派」、などと言われて、勘違いしているのではないだろうか。
硬派と乱暴、あるいは粗忽は違うのだと、弟である私が兄に教えてやるべきだな。
「おい……私だ。」
「……ぅん?」
「だから……私だ。お前の弟の、レイモンドだ。……男だっ。」
兄は、目の前にいる人物が弟の仮装だという確証を得てはいなさそうだったから、わざわざ私は自らの正体を明かした。
これから兄の言動の誤りを指摘してやるからには、兄には私がレイモンドだと、認識して貰わねばならん。
初対面の『女』が言った所で「お前に何が分かる」と一蹴されるのがオチだからな。
それによく考えてみると、このまま兄から『謎の美女』だと勘違いされたまま校舎内を練り歩いたとしても。喫茶店の宣伝をする為に私が口を開けば、一応は私の兄だ、自分がエスコートしているのが弟だと気が付くだろう。
そうなった時点で、私に騙されたと怒った兄から、その場に置き去りにされる危険性が生じかねない。
校舎内のどの辺りで置き去りにされるかは不明だが、もしそうなれば私は恐らく、ピンヒールを脱いで裸足にならねば戻って来る事は難しいだろう。それだけは避けたい。
宰相閣下の次男である私が校舎内を裸足で歩くなど、そんな姿を晒してはならん。
「……そうか、お前はレイモンドだったのか、気付かなかった。」
兄の顔は真顔だった。
余程に驚いたのだろう、声に感情が無い。
説教しようと準備していた言葉を、私は呑み込んだ。
そこまで兄を驚かせるつもりは無かったので、何だか申し訳なく感じたからだ。
「時間が勿体ねぇ。さっさと校内を周るぞ。」
「あっ……!」
私の予想より遥かに早く、驚きから回復した兄が身を翻した。
しかしまだ衝撃の余韻が残っていたのだろう。私が腕に掴まっている事を気に掛ける余裕までは戻っていなかったようで、私の身体が無理な方向に引っ張られる。
私の衣装は『ー殺し屋ー マーダー・ムヤン』が娼館で休憩している時の姿を再現したものだ。
足首までのロングスカートではあるものの、素材が柔らかく、左右の両側には深いスリットが太腿まで開いているので歩きやすい。
その為、私は油断していた。
兄に付いて行こうと歩幅が大きくなった私の足に、纏わり付いたのだ。
あっと思った時にはもう、私はサロンの床に蹲っていた。
……決して、転んだのではない。
「派手に転んだな。……立てるか?」
「少し目眩がしただけだ。問題は無い。」
……そう。目眩がしただけで、転んだのではない。
「オイ、こらっ。」
私の言い訳を真に受けた兄が、私を乱雑に抱き上げた。
サロンの壁際にあるソファーへと運んでくれようとしているのだが、抱き方にもう少しで良いから、気を配って貰いたいものだ。
身体の前面部分のスカートが捲れ上がって下着まで見えてしまったし、背面部分のスカートもかなりぎりぎり……尻のすぐ下辺りまでずり上がっているのが、見えなくとも感覚で分かる。
とりあえず下着だけは周囲から見えないように隠し、それ以上の所は諦めた。
女装はしていても私は男だからな。足ぐらい晒しても構わないだろう。
「横になって少し休め。……足の方は大丈夫か?」
「何を大袈裟な…」
「目眩を甘く見るんじゃねぇ。……ったく。いいから……大人しくしてろ。」
「こんな所で何をしているのですか?」
ソファーに寝かされた私の頭を兄が撫でていると、声を掛けられた。
程々に賑やかなサロンの雰囲気に似つかわしくないその声に、周囲の者達はシン……と静まり返る。
「何をしているのかと、私は聞きましたが……?」
逆に聞きたい。
第二皇子には我々がサロンのソファーで、何をしているように見えるのか、と。
「………。」
私は無言を貫く事に決めた。
他人に興味の無い第二皇子が、私の正体に気付く可能性は低いと思われるからだ。
「………。」
面倒がった兄も黙っている。
お前が説明しろ!
……と、私は声を大にして言いたくなった。
実際に声を出してしまうと、ソファーに寝転がっている女の正体が私だと分かってしまうので、黙っていたが。
少し膝を立てた太腿の陰で私は兄を叩いて、さっさと説明するよう催促した。
「こっ、……これは、転倒した…」
「行きましょう、クリス。不愉快です。」
兄が口を開くのと同時に、第二皇子が背中を向ける。
説明するのが少し遅かったようだが、これはこれで好都合。
「ま、待て……、違うっ…、……っ! 」
何故か第二皇子を呼び止めようとした兄の前に、クリスティ殿下が立ち塞がる。
私はなるべく自然な所作で殿下から目を逸らした。
実はずっと、第二皇子の隣に殿下がいる事には気が付いていた。
しかし殿下の事を意識してしまうと、私が『謎の美女』からレイモンドに戻ってしまう為、私は努めて殿下の事を意識の外に追いやっていたのだ。
だと言うのに、殿下はそうとも知らず、私の視界の中心に入って来た。
それだけでなく、不意に小首を傾げて覗き込んだ。
目が合ったような気がして、私がハッとしている間に。
殿下は兄へと視線を戻し、微笑みを深くする。
「お似合いですよ? ……とっても。」
短い言葉を残し、第一皇子は優雅な足取りでサロンから立ち去って行く。
あぁ…、また、だ………。
またもや、クリスティ殿下の微笑みは……兄に、……私の兄に、向けられた……。
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